彼はついに腹を括って、混乱する浅草をひとつにまとめた。
 紺炉の望んでいた姿があり、言い様のない達成感に満たされた。
しかし、翌日になって紅丸はとぼけた様子でこう語る。
「あの場を収めるのにひと芝居打っただけで。今までどおり紺炉が大隊長な」
「……は?」
 思いもよらない告白に、紺炉は理解できずに突っ立っている。告白した当人は言いたいことは言ったと立ち去ろうとし、
「お前は!破壊王は俺の望みを壊すのが!どんだけ得意なんだ!」
 紺炉は悲愴な面持ちで膝から崩れ落ち、項垂れた。
 悲愴感が漂う姿に紅丸は罪悪感を抱くも、事実を言ったまでなので、どうしようもない。だけど立ち去りかけた足はその場に留まっていた。
「うぅ〜、紅ぃ、うおぉん……」
 ついには涙声で呼ばれるから、さらに罪悪感が湧いていく。
「あー、やけ酒なら、付き合うぞ」
 かける言葉が見つからず、今の紅丸が口にできるのはこれくらい。
「うぅ、言ったからには、ぐすっ、とことん付き合えよっ」
 紺炉は項垂れたまま、恨めしさを含んだ涙声で応じた。

「なにが、どうして、こうなった……」
 紅丸が呆然と呟く。暑苦しい抱擁を受けながら。
 時は宵の口。詰所の内外から賑やかな笑声が聞こえるが、紅丸はそこへ参じることが叶わない。
 ひとり用の敷布団に二人で横たわっているせいだ。互いに酒臭いし、暑苦しいことこの上ない。
 紺炉のやけ酒に付き合っていたら、なぜかこうなった。紅丸以外にも人がいたけど、「紺さんの面倒は紅に任せたぜ!」と押し付けられてこうなった。
「紅ぃ。なんで継がねェんだよぅ」
 紺炉の悲痛な声が耳元に届く。正面にある顔は赤みを差していて、彼が酔っている証拠。身動きが取れないくらいに抱き込んでくるのも、だ。
 抜け出したいが、原因が自分にあるので紺炉の好きにさせるほかない。
「でも櫓で檄を飛ばす姿はカッコ良かったぞ!」
 一転してデレデレと頬を弛ませ、頬擦りしてくる。
「い、痛いっ、頬骨がゴリゴリ当たって痛い!」
 皮が剥けかねない強さに抗議の声を上げる。紅丸が痛みを訴えるので紺炉は僅かに顔を離す。デレデレしたまま。
 殆ど見たことのない表情。酒に深く酔わないとここまで表情筋が弛まないだろう。それほどの酒量を呑んだのだ。
(見慣れてねェからゾワゾワするっ)
 普段は冷静な顔に微笑みを浮かべるくらいだ。これほどの弛みは年に一回あるか。そういう理由により背中や腕に鳥肌が立つが、面に出さない。
 紅丸の言動で紺炉がどんな反応をするか予測がつかないので。
「まったく、お前ってヤツは俺を振り回してよぅ」
 紺炉は表情を弛ませたまま器用に呆れてみせる。
(今は紺炉が振り回してるがな!)
 胸中で突っ込む。口に出したらどうなるか判らないので内に留める。
(口に出せないってのはもどかしいな)
 紺炉の反応を窺って満足に話せない状態は、とてもストレスを溜める。非がこちらにあるから仕方ないけども。
(腕を解くくらいの希望はしても良いんじゃないのか?)
 暑苦しいから離してほしい。
「紺炉、そろそろ離してくれ」
「なんでだ?」
「なんでって、すげェ暑いし、誰か来たら妙な誤解を生むし」
 双方にとって不利益になる言葉も足せば、いくら酔っている紺炉も解ってくれる、はずだった。
「そうしたら、俺の後を継ぐのか?」
 至極真面目な顔で見つめてくる。射抜くほどの強い眼光で見つめられ、紅丸はそっと息を詰める。
「……それを訊くためにこんな手の込んだことをしたのかよ?」
「こればっかりは譲れねェ話だからな」
 そう言ってコツっと紅丸の額へ自分の額を押し当てる。曖昧な返答は要らないとばかりに注視してくる。
「そうか……紺炉は諦めが悪いのな」
 紅丸は目を逸らさないまま面倒そうにふうと息を吐く。
 紺炉は無言で見つめるばかり。触れる吐息ごと、一語一句を聞き漏らさないよう、静かに耳を傾けている。
「あのな紺炉。俺は後継に推されてるのは有り難ぇよ。そんだけ期待されちゃあ、俺もその辺のこと考えとって思う……」
 ぽつぽつと話す紅丸に、紺炉の目元が僅かに弛む。
 光明が差したかのように、この時を待っていたかのように、押し当てた額に力が入った。
「だが、紺炉がアタマでも第7は十分に機能するし、ひと芝居を打つ分にはかまわねェが、俺はまだその気はないっ」
 気持ち良いくらいにスッパリとお断りしてきた。
「……は?」
 紺炉は呆気に取られた。望みを壊すのが上手い紅丸の言葉は、紺炉の思考を止めるのに十分な威力を持つ。
「……え、それって、する気は無いと?」
 聞き違いかと思って、そう願って訊く。
「しないぞ。全く、ないぞ」
 願い虚しくバッサリとお断りしてきた。
「……嘘だろ。せっかくここまで誘導したってのに……」
 紺炉は唖然とし、脱力しながら顔を紅丸の肩へ押しつけた。
 信頼されているのは有り難いけど、頭としての器量は紅丸に分があると判じているのに、相も変わらず承諾してくれない。
 だから紺炉もひと芝居を打った。その結果拒まれて脱力せざるを得ない。
 ここまで頑張ったのに、報われないのはどういうことか。もう腹を括ってもいいだろうに、なぜ拒むのか。
 そう思うと腹が立ってくる。望みを目前にして取り上げられて腹が立つ。
「俺のぬか喜びってことかー!」
「ぬぎゃ!?」
 紺炉は胸中を吐き出すように叫び、小柄な破壊王を抱きこんだ。
「い、痛いっ、痛ェよ!」
 ミシっと骨が軋むくらい力強く抱きしめる。紅丸が痛みに呻いてもお構いなく抱きしめる。
「く……ぬ、抜け、出せねェっ」
 脱出できないくらい強く拘束する。ぬか喜びさせてばかりの紅丸を諌めるよう、しっかり抱きこむ。
「このままふて寝すっぞ!付き合えよ!」
「ちょ、待てって!変な誤解されー」
「静かにしろ、大隊長命令だ」
「お、横暴だろ。……あークソ、分かったよっ」
 紅丸は抵抗したかったが、一連の原因は全てこちらにあり、紺炉が怒るのも無理はない。命令を下された以上、それに従うしかないと、嫌々ながら体から力を抜く。
「いい加減に世代交代しろよ」
 紺炉が脱力する紅丸をしっかり抱きながら言う。後進は育ちきったのだし、自分は頭から退きたいと。
「考えとく。いつになるか分からんけど」
 だけど紅丸の返答は投げやり。今夜はこれで終いと瞼を下ろしている。
「まったく。お前はいつもそうやって逃げる」
 頑なに拒む彼に紺炉は肩を竦めた。
(次は、次こそ首を縦に振らせてやるっ)
 何度へし折られてもめげる訳にはいかない。瞼を閉じながら新たな策を練った。

20200426
(割りと狡賢くて強情な二人なのでした。)



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