今日のシンラは朝から騒がしかった。
「ショウ君の学生服姿マジ似合うんだけど!」
 弟自慢が一つ増えたぜ、と一人でぶつくさ言うくらい騒がしい。よくもまあ、制服を着ただけでテンションを上げられるものだ。
「兄上、もうすぐ登校時間だからこれ以上は相手できん」
「そうか!せっかくの初登校に俺も付き添いたかったけど、火縄中隊長が許可してくれなかったしなぁ」
(付いてくる気だった!?)
 ショウは内心で驚いた。そして恥ずかしくなった。兄の付き添いで学校へ行くなんて聞いたことがない。もし付いて来たら目立つ。一般人らしい振る舞いをしたい身に衆目を浴びることはしたくない。
(中隊長殿が止めてくれて良かった……)
 桜備とミーティング中でこの場にいない火縄へ、あなたがいてくれて良かった、と内心で敬礼した。帰ったらちゃんとお礼しなくては。
「念のため確認しとこう。今日の分の教科書にノート、筆入れには一式ちゃんと揃ってる」
 今一度、鞄の中身を点検する。初日から忘れ物があってはいけない。
「学生手帳は?」
「制服の内ポケットに入ってる」
「ハンカチとティッシュは?」
「こっちに入ってる」
「緊急連絡用のトランシーバーはも持っとけ」
 ほらヴァルカンお手製だ、と差し出してきた。ヴァルカンらしい何かの動物を模している。だけどそれを差し出されて受け取るかといえば、残念ながら難しい。
「鞄に入らないし、ポケットにも入らない」
 形状的に鞄の隙間や制服のポケットに入らない作りをしている。
「というか、トランシーバーを持つ学生っているのか?」
「訓練校なら機械好きの奴が持ってたけど」
「訓練校だから持って行けるんだろう。俺の通う学校は普通のところだし、トランシーバーは不要と見なされて没収されるかも」
「あ、それもあり得るな」
 シンラは盲点だといわんばかりに頷き、トランシーバーはやむなくシンラの懐に戻された。
「ショウ君のお弁当できましたよー」
 そこへマキ小隊長がやってくる。お弁当をトートバックに入れて渡してきた。
「朝の残りを詰めただけで申し訳ないですが」
「いえ、用意してくれてありがとうございます」
 これで準備は万端。あとは学校へ向かうのみ。
「いいか、ショウ。友達は一人くらい見つけとくんだぞ。まあ、お前ならクラス全員と友達になれるけどな!」
 なんてったって美少年だしー、と誇らしげにしている。
「初日からラブレターを貰ったりしてね」
 マキも乙女みたいな顔で言ってくる。彼女らしい発想であった。
「転入生っていうワードは女子のハートをくすぐりましてね、モテやすいんですよ」
「そうなんですか!?ショウ、ラブレターを貰ったらお兄ちゃんに言うんだぞ!どんな子が彼女になるか俺も確認したい!」
(過保護すぎないか?)
 学生間のやり取りに肉親がぐいぐいと介入してくるのは如何なものか。だけどシンラがとても真剣な目をしているから、それくらいショウを案じているのは解る。過去が過去だけに不安なのが伝わってきている。
「マキさんが転入生はモテやすいって言うのは、物珍しいからって理由があるからではないのか?」
 その不安を減らそうとショウなりにテレビや小説から得た知識でもって宥めた。
「一理ありますね。ラブレターを貰っても舞い上がらない様子だし、シンラが身構える必要はないでしょう。心配なのは分かりますが、ショウ君なら大丈夫ですって」
「分かってますけど……」
 割りきれないシンラは歯噛みしている。
「ほら、早く行かせないと遅刻させちゃいますよ」
「それは困ります。ショウ、気をつけて行けよ。道路交通法はちゃんと守るんだぞ!それから挨拶はしっかりと−」
「行ってきます」
 長くなりそうだから言葉を被せて遮り、いそいそと教会を出ていく。空は晴天で、真新しい靴がピカピカと光った。
「ショウ!友達できたら連れてきていいからー!いつでもウエルカムだぞ!」
 ショウの背中にシンラの声が追いかける。見送りのために出てきたのは良いが、大声で呼び掛けられると絶対に近隣に聞かれているから恥ずかしい。
「朝っぱらから大声とは元気がいいなシンラ」
「ひ、火縄中隊長!?これはアレです、ショウの初登校の見送りをしていただけでっ」
「よほど午前からぶっシゴきられたいらしい」
「ギャー!!」
 火縄の淡々とした声とシンラの悲鳴が耳に届く。
「……これが俺の“日常”になるのか」
 兄や仲間のいる教会が帰る所。普通の人間みたく“日常”を生きるために必要なことは、彼らが教えてくれる。
 普通の少年の平穏な日常を送れるように導いてくれる。
 とても有り難く、感謝してもし足りない。
「兄さんの過保護だけは何とかしてほしいところだが」
 ショウはうっすらと笑いながら呟いた。朝のやり取りや今の言葉は、ごく普通の少年が行っている“日常”の一部、とショウは思っている。そこに一歩だけ近づけたと考えると胸が躍るようで、自然な笑みが出た。

20200329
(ショウ君がちょっとずつ日常を取り戻す、がメインテーマです。そんでもってシンラは超が付くほどのブラコンになるに一票。)



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