「…あれぇ?」

天気がいいから外に出かけて、そこで。
木陰で珍しいものを見かけてアルルは足を止めた。
足を止めた拍子に背中からの風が髪をふわりと撫でていく。

呼びかけようと大きく息を吸い込んだら、草のにおいがくすぐったくて、心の中で笑った。

そのくらい、気持ちのいい日だったのだ。




.acculturation.





「デーウス!!」

空気が弾むように少女が呼びかけると、木陰に腰を下ろして本を見ていた彼、デウスが顔を上げた。
そして彼女に軽く手を振ってから、人差し指を立ててシィ、と、小さな音を出す。
その動作に走りよってきた少女がたたらを踏み、少し驚いたように眼を丸くしてから、ぺろりと可愛らしく舌を出した。

デウスはやわらかく微笑んで、視線を移す。
アルルから、隣で規則正しい息遣いを繰り返し眠る、闇の魔導師に。

「珍しいね」

どうしたの、と、声のトーンを落として(銀の彼を起こさないように)アルルはデウスに話しかける。
別にデウスが木陰で本を読んでいることも、シェゾが木の下で寝ていることもそれ自体は珍しいことではなかった。
ただ、珍しいのはこの組み合わせと。

シェゾが人前で無防備に寝息を立てていること。

何せ彼は警戒心が強いので、人の気配が近づいてくるとそれだけで眼を覚ます。
アルルは何度かこの木の下でシェゾを見かけたが、脅かしてやろうとした企みが成功したためしは無い。
コレは寧ろ、寝ているときより起きているときの方が警戒心が緩かったりする。

のだが。

「…なんか、あったの?」
「……疲れてるんでぅすよ、きっと」

デウスを挟んで覗き込んだアルルが小さく呟く。
デウスはその問いに答えるときに一瞬、困ったような表情を浮かべたのだが、シェゾを見ていたアルルがそれに気づくことはなかった。



シェゾとデウスという奇妙な組み合わせも、シェゾが人前で寝ている理由も、至極単純なことだった。

デウス、正確には、魔人アスモデウスである彼が、シェゾの修行に付き合ってやっていただけだ。
修行と言っても中身は命の削りあいである。
シェゾの、人間としては桁外れでも、アスモデウスには遠く及ばない実力。
その差から、精神と肉体を酷使したシェゾが、結果魔力の消費しすぎで寝ているだけなのだ。

寝ているというよりは実際、昏睡に近い。

アルルが来るまでは戦闘の生傷も放置だったのだが、さすがにそれはまずいだろうと判断したアスモデウスが治療だけは施しておいた。
だが、浪費したシェゾの魔力自身はどうしようもなかったので、結局こういう形に落ち着いているだけだ。

とは言え、どうあっても言い訳は困難なのだ。

デウスが「サタンに並ぶ魔界の実力者魔人アスモデウス」だと知っているのは、シェゾと、サタンぐらいなもので、あとの面々は彼をただの「少し変わっていて頼りないが知識豊富な考古学者デウス」としか認識していない。

そんな魔力もない考古学者と、闇の魔導師が仲良く木陰でのんびりしている理由が何処にあろうか。
確かにお互い面識はあれど、仲がいいという感覚は誰の中にも存在していない。



「私が本を読んでいたら、彼が来たんでぅす」

結局デウスは差し障り無い嘘をさらりと告げることにした。

「彼、此処が好きみたいで。それで、此処で寝るから起こすなって、それだけ言って寝ちゃったんでぅすよ」

人を疑うことを知らない少女だ。変な言い訳をするよりは此方の方がいいだろう。
どうせ、『珍しい』という以外にこの少女の興味を引くような事象はないだろうから。
今更珍しさが重なったところで彼女はこれ以上追及はしないだろう。

「ふぅん…」

彼女はやはり珍しげにシェゾを覗き込んでいたが(それは彼の貴重な寝顔が見られるという一種の好奇心もあったのだろう)、予想通りそれ以上の追求はしてこなかった。



「シェゾって、黙ってればいい男なのにね」

そしてデウスに振り返り、話の矛先が彼女の興味のある内容に移る。
デウスにとってはその話題は微妙なものなのだったが、興味の対象がずれたことはありがたいのであわせることにした。

「そうでぅすね、男の私が言うのもなんですが」

合わせてもう一度、デウスは静かな寝息を立てるシェゾに視線を移す。

男にしては長い睫だと思う。さらりと流れる銀髪も、いっそ病的といえる白い肌も、女性が見たら羨む程だろう。体格から女性と間違われることは無いが、贔屓目に見なくても容姿だけなら勝ち組なのは言うまでもない。

全うな人生でも歩んでいれば、己の身を削らなくとも不自由はしなかったろう。それは彼の不運のなせる業だ。

だがその反面、闇の魔導師として生きてきた彼の数奇な運命がなければ、デウスと彼が出会うことも無かったのだが。

デウスはさらりと、その髪を掬った。
無意識だった。

「不思議な人でぅすよね」

言って、細く、分厚い眼鏡の奥の瞳が一瞬切なげに揺れたことに、アルルは気づいただろうか。
きょとんとしたようにデウスを見送って、その瞳と、髪を掬う手が妙に暖かく、優しいことに気づいて首を傾げる。そんなデウスから見たことの無い雰囲気を感じ取り、アルルは無音で息を呑んだ。

「デウス、なんか、」
「…はい?」

変わった?と言い掛けた言葉をアルルは飲み込む。
やさしくなった、と、言いかけて、デウスがもとから優しいことに気づいて言葉が行き場を無くしたのだ。
確かに暖かくなったとは思うのだが、元々暖かい人に、伝えるべき言葉なのかどうかは迷うところだ。

もっとも彼女の直感は正しいのだろう。
彼はデウスでありアスモデでありアスモデウスである。
変わったのはきっと、「魔」としての部分だ。

魔神であり人であるアスモデウスが、人の身でありながら限りなく魔に近い闇の魔導師と、直接触れ合うことで少しずつ、変容したのだということに、アスモデウス本人も気づいていた。

だがそれを知らないアルルは続く言葉を見つけられないまま、まぁいいかと思考をやめ。
相変わらず不釣合いな二人組みを見比べてから、やがてその場を後にした。

優しい風が彼女の後ろ髪をなびかせる。
デウスはそれをどこか楽しそうに見つめていた。






「…何が、不思議な人だ、狸が」

やがてアルルの気配が完全に消えたことを確認してから、シェゾがゆっくり瞳と、口とを開く。
いつから起きていたのかは知らないが、どうやら先ほどの話の後半部分は本人に聞かれていたようだ。

「それはお前だろう、我の前で狸寝入りとはいい身分だ」
「…よくもまぁそんなに人格と性質を使い分けられるもんだ」

シェゾの言葉に合わせてか、デウスは、内包する性質をデウスからアスモデに変容させる。

瞬間変質した波動に、シェゾが小さく呻いた。

「本調子でないその身体に我の波動は堪えるか?」
「分かってんなら少しくらい抑えろ」

楽しそうに笑ったアスモデを、シェゾは寝たまま睨みあげた。
先ほどまで少女と談笑していた彼とは思えないほどの変わり身に内心で毒づく。
もっとも、シェゾとしてはあのふざけた妙な口調より此方の方が会話しやすいのでいいのだが。

常人なら竦み上がりそうなシェゾの殺気の篭った視線を軽く受け流し、デウスの格好をしたアスモデは笑う。
くつくつと、しかし不快ではない笑いだった。

「不思議な奴だとは、我の本心だよ。シェゾ・ウィグィィ」

我が気に入るほどなのだから。
言ってもう一度その髪を掬う。
シェゾはただじっとその動作を見送り、何事か言いかけて、アスモデの視線を感じて口を閉じた。

勝手にしろ、そう言ってもう一度長い睫に影を落とす。
まだ消費した力が本調子ではないので、身体がまだ睡眠を欲している。
アスモデが傍にいる以上、危険は絶対に傍に寄ってこないと知っているからこそ、シェゾは人前と知っていながら寝続けるのだ。
それが信頼というものだということに、この闇の魔導師が気づいているかどうかは定かではなかったが。

「…また余計な物音で起こすなよ」

物音とはおそらく先ほどの少女との談笑を指しているのだろう。
勝手にしているのはどちらだ、と一瞬思いもしたが、アスモデは素直にその行動を了承した。

しかしまぁ、魔人である自分を信頼しきっている闇の魔導師もどうかと思ったのだが、同時にそれに付き合って昼下がりにぼんやりしている自分もどっちもどっちだなと、アスモデウスは視線をもう一度本に移した。
所詮、苦痛でなければそれでいいのだ。



己にとって、そのくらい、彼は気持ちのいい存在にまでなっていたのだから。
アスモデは小さなやわらかい微笑みを、シェゾにひとつ、落とした。



(願わくば、貴方も変容の享受が出来ますように)
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.BACK.
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勢いって怖い。
ということで勢いで書き上げたデウシェ。色々詰め込んだら妙な長さになりました。
アスモデさんもシェゾさんもお互い影響を受けてるんですよという話。もっというならお互いアルルの影響も受けてるんですよ。
個人的には今までに無いくらい精一杯甘いつもり。

ちなみに題名、アカルチュレーションの正式な意味は「異なった文化をもった人びとの集団どうしが互いに持続的な直接的接触をした結果、その一方または両方の集団のもともとの文化型に変化を起こす現象」だそうです。


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