あなたは冷淡ゆえに美しく。
つかめない魂に気高さを潜ませたまるで。



.紫陽花月光.
(花言葉 A)





文字の羅列を目で追いかける。
決して逃げなどしない活字を頭に送り込んで少年の身体を借りた魔物は静かに息を吐いた。

また、いい加減なことを。

真実とは異なる内容の書かれている歴史書に嘆息を表して本を閉じた。
眼にかかる硝子を外し瞳を押さえる。
ちらと隣を見上げれば、あちらもちょうど本を読み終えたところらしかった。

「面白くないものでも書いてあったか」
「表情を読むな、若造が」

鼻をならして語りかけてきた相手に、苦い顔で悪態をつく。
永らく生き続けている己だからこそ抱ける感想だが、それを他人に指摘されるのも面白くないのである。
生きているとはいえ何もできずにただ歴史を見送った、空白の時間があるからなおさらだ。

「貴様の方こそどうなのだ、闇の」

言って視線だけでそれを見上げれば、それもまた退屈そうに息を吐いた。

「特にめぼしいもんはねぇな」
「いたし方あるまい、私の本があったこと自体が不思議なくらいだ」

魔物は先程まで読んでいたそれを傍らに放り投げてゆっくりと立ち上がった。

あくまが所有しているとはいえ所詮ここは公の図書館である。
結局のところ、表より裏の世界に縁があるような二人にとって大した本などない。
それでも頻繁に此処でこの闇の魔導師と顔を合わせることになるのは、単純にお互い本を読むことが好きだから、それだけだろう。

自分と彼との共通点などそんなものだ。
ただ人より永く生き、ただ人より暗い世界を歩き、ただ人より本に興味があるだけ。

それでも何故か自分がこの目の前の魔導師に惹かれる理由など。

「…古代魔導、か」
「あ?」
「貴様の使うそれだよ」

興味深い。言ってその闇に手を伸ばす。

実際のところ自分は彼よりも長い年月を過ごしてきているはずなのだが、(彼のことを若造と呼べる人物は実は本当に限られている)自分の使う魔導は古代のそれではない。
恐ろしい魔物と謳われた(褒め言葉では決してないが)自分ですらあそこまで純粋に闇の魔導を扱えなどしないというのに。

再度興味深いと言ってその頬をなぞった。

彼のこの美しい容姿は生まれつきらしい、とある文献によると闇の魔導師は代々銀の髪にこの世のものとは思えない美貌を備えているという話だから、(自分はこの世のものとは思えない恐ろしさだったけれど)彼はもう生まれながらその素質を持っていたのだろう。

闇に静かに、しかし確かに光る月光のように。

思って軽く視線を落とし、指で頬をなぞり、唇に触れ、顎に添える。

「古代に興味があるのなら、私が力を貸してやろうか?」

人より古い知識を持つ私なら貴様の求めるものにも当たるかもしれないぞ、と、含みを持たせて笑えば、他人の魔力に大層興味を示す彼の瞳は確かに揺れ動いたけれど。

「……なめんな」

だけど同時に、それ故同時に、プライドも高い彼には大して魅力はなかったか、彼は淡々とそう呟くと魔物の手を取り瞳を細めた。
魔物はその反応にしかし気を悪くすることもなく、逆にくつりと楽しそうに笑う。

「お前の力なんて、借りるくらいなら奪い取る」
「…よく言う」
「……それが、」
「闇の魔導師、か」

せいぜい頑張ることだ、標的はあちらこちらにいるのだろうから。
笑う魔物をにらみつけて、闇の魔導師は図書館を後にする。

彼は他人の力を奪い取ることを公言しているが、気づいているのだろうか。
彼の月にすら似た闇の魔力を狙っている者も同時に存在するという事を。

魔物はかの背中を視線で追いかけると、静かに静かに呟いた。

それは、何処かの国の古代の、謳。

「あぢさゐの花のよひらにもる月を影もさながら折る身ともがな」




(紫陽花の繁みを洩れた月の光が、池の面に四ひらの花のように映じている。
その月の影をさながら折り取ることができたなら)





(2007.6.16)
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花言葉 A 心移り、冷淡
参考和歌 俊頼『散木奇 歌集』
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紫陽花誕生日フリーでした。月光→シェゾ、紫陽花→怪というはなし。これとシグの紫陽花のひにはお持ち帰り自由です。





あきゅろす。
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