眩しい、だなんて。それは遠い昔のはなし。なりたかった、だ、なんて。

思い返しても無駄な過去。



.未熟な憧憬.







『特集!!彗星の魔導師レムレス!!』

この世界に来てからというもの知らない事が多くて、割りと頻繁に通うようになっていた本屋で、そんな記事を見掛けてふいに雑誌を手にとった。
よくある一般的な魔導雑誌のひとつらしい。

ぺらりと捲ればレムレスの記事。プロフィールから功績、顔写真。それらを流し見するだけでも、レムレスがどういう活躍を見せているかわかるものだ。

(あいつ…結構凄かったんだな)

そう言えば最初にあれの後輩がレムレスを知らないなんてモグリだどうだ言っていたことを思い出す。

人々の憧れ。彗星の2つ名。脚光と。

(無縁な話だ)

シェゾは無音で開いていた雑誌を閉じた。自分がコレをひらくのは大抵獲物をチェックするときだけだ。決して憧れの魔導師を見るためではない。

憧れなんて抱いたところで。



「こんにち、は」

特徴のあるアクセントに声をかけられて振り返った。見なくても気配で分かる、独特の。

「何を読んでいたの?」
「お前の記事だ」

それだけ答えてシェゾはその場を離れて歩きだす。ばさり、闇色のマントが翻った。レムレスはふわりと、笑って箒に跨がりシェゾを追う。

「それで、感想は?」
「別に」
「それだけ?」

短い、何の評価も感情もない言葉に残念そうに首をかしげる。少し速度を速めて前に回り込むと、にこり、笑った。

「君の評価が聞きたいな」

シェゾはぴたりとその場にとまる。動かない。じっとレムレスを見上げれば、閉じられた眼が、細く、薄ぅく、開いた気がした。

「……世間から大分評価を受けてる、充分だろ」
「でも僕は、貴方の方が優れてると思う」

だから君の意見を聞きたい。そう甘ったるい声で囁かれる。シェゾは視線をそらさない。

世間の評価があって、それ以上に何を望む?世間が称賛する、それに皆が憧れる、それに。

(評価を下すのは個人ではない)

シェゾは出かけた言葉を呑み下す。違う、論点がずれている。評価について問われているのだ。こんなことが言いたいのではない。レムレスという魔導師についてどう思うかだ。こんな。こんな。

(羨む、みたいなこと)

シェゾは視線を下げた。臥せられた眼に薄く動揺がはしる。
羨んでなどいない、羨望も憧憬もない。憧れたところで、なれるはずなどないのだから。

闇の魔導師が世間から評価をうけることは、死して後以外にはあり得ない。

自分は既に道を違えている。

「おれは、」
「……まだ、間に合うよ」

口を開くと同時に、不意に上から、そう、言われた。

予想外の言葉にぎくりとシェゾは視線を戻す。見ればレムレスが優しく笑っていて。彼の緩やかに弧を描く口が、嫌に、目についた。

「この世界で、君が闇の魔導師だと知っているのは一握りだけ。だから僕が一言、どこかで君を認める発言をすれば、君も、」

そしてこちらに手をのばす。見上げた彼の背中から差す光が、眩しい。シェゾは緩く瞳を閉じた。

「……思考を読むな」

苦々しく言い捨てて、もう一度身体を翻す。光を背にして歩きだした。

光に、憧れなんてない。世間の評価など、他人の評価など、脚光も何も14の時に捨てたのだ。

いまさら。

シェゾは一度歩みを止めると、ああそうだ、と、振り返ってレムレスに告げた。

「…お前の魔力が欲しいと思うくらいには評価しておいてやる」

いまさら生き方を変えるのは、何もかもが遅すぎるのだ。

言って、もう振り返ることのないシェゾを、レムレスは静かに見送った。




間を置いてから、レムレスがつい、と箒の高度を上げる。レムレスの影がシェゾに当たる光を、遮った。

「勿体無いけど…、それが君かな」

呟いて、他人の魔力を奪って生きてきた彼と、反対方向に飛んでいった。



(例えば光を浴びていたら)(君は)

(全てが今さらだったとしても)



..

どっちもどっちに憧れる。





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