※またもや死ネタ


.さよなら、運命.





そのときの彼女の表情がどうだったのか、なんてわからなかった。
視神経は正常に働いているはずだから、単に血液不足だろう、かすむ世界はもはや目の前で自分を見下ろす少女でさえまともに見ることは不可能だった。

なぜ人というものは最初に視力がつぶれるのだろう。
ああ、それだけ繊細な器官だからか。

「――― 、」

彼女の名前を呼んだはずだけれどその前に肺か胃かはわからないが口に鉄の味が広がって声にはならなかった。
痛みすらもうないのはそこらの神経がすでにイカれている証拠、か。

「どう、して」

少女の声が耳に届いた。まだ聴覚は生きているらしい。
左手は飛んだ記憶があるから残っている右手を上に上げた、気づいた彼女はあわててその手を握ったけれど、残念ながらぬくもりは感じなかった。ああだけどかすかに息を呑む気配があったから、たぶん。
この手はもう冷たくなってきているのだろう。
感じることができたなら少女のその手はさぞ暖かかっただろうに、残念だ。


「なんで、こんな…っ」

震える彼女の声が聞こえる。
なんでこんなことに?
言われて瞳を閉じる。その動作に彼女がびくりと体を凍らせたから柄にもなく、手を握ってやった。



変わってしまったものはなんだろうと思って、はじめから何も変わっていなかったことを思い出した。



はじめからこの世界は狂っていた。
はじめから自分と彼女は敵同士だった。
はじめから彼女にかなうわけがなかった。
はじめから。

自分は死ぬ運命にあったのだ。

全ては決められていたこと、予定調和。それに足掻こうとして、抗おうとして、結局。

(しぬのか)



声の出ない口が動くと同時に彼女が自分の手を握る力を強めたのがわかった。ぬくもりもいたみも感じないのに、なぜだかそれがわかるのが不思議だった。
ぱたり、顔になにか滴るのを感じながら、彼女の表情が見えなくてよかった。と思った。

泣き顔は苦手なのだ。扱いに困るから。

(なくな)

握られた。手が。ぎゅう、と、強く。
彼女の白と青の服が、赤く染まる。

世界より、この少女の笑顔を取ればよかったのだろうか。
せめてこの狂った世界が滅びるまで一緒にいればよかったのだろうか。

「アルル」

鉄の味がする赤い液体しか出なかった割に彼女の名前が呼べたのは奇跡に近かった。
彼女が、顔を上げた。

「    、」

その後に何を告げたのか、自分でもわからないけれど。
終わりに向けた表情がどうかうまく笑えていますように。










(運命に勝てなかった脆弱な自分を、赦して、下さい)



...





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