.世界はだって.



世界はそんなに綺麗じゃないこと、残念ながら知ってしまっているのだけれど。



空に手を伸ばして彼女は力を抜いた。肩の上のカーバンクルは楽しげに肩から飛び降りると、視界を右に走っていく。

「あんまり遠くにいくとあぶないよ」

言いながらなんて白々しい言葉だろうと思った。この辺りに危険などないのだ。森のそれこそ人間でない生き物だって危ない要素はない。トモダチだ。

ああそれでも自分が知らないだけなのかもしれないと、彼女は金の目を細める。

自分は幸いなことにこんな幸せな道を進んできたけれど。

それでもライバルを称するしかし親しい格闘お嬢様は知らないところで泣いているかもしれないし、求婚激しい魔王様なんて長生き過ぎて知らない過去に何があったかなんて想像すらできないし、銀の髪が綺麗な彼が実は人を殺してきたことは、事実なのだ。

いつも一緒にいるわけじゃない。知らないところでそんなことが行われていても、それこそ何も知らない。
だが知らないからと、世界は綺麗なんだって夢見てられないことはアルルもよく知っていた。

ちくり。

自分の知らないところで血に濡れて他人の力を奪っている彼を想像して、胸が痛んだ。自分の周りにいる人はみんなが純真無垢じゃないって。ああそれでも、世界は、そんなに綺麗じゃないけれど。

それでも。

「おい」

頭上からの一言で意識を引き戻される。声に見上げれば太陽を背にしてきらきらと光る、銀。闇の魔導士様。
それはそれは綺麗に光っていて、まったく彼の持つ白いローブなんか着た日には、見る人が見れば光の勇者様だよなぁ、なんて。

「……あ、シェゾ」

なんて思ってたら反応が遅れた。間抜けに返した返事に彼は呆れたように、だけど微かに、そして確かに、微笑んだのだ。

「なにぼーっとしてやがる」
「あ、ごめん」

つい君に見とれて、と出かけた言葉を寸でで呑み込む。
だって世界はそんなに綺麗じゃないけれど。

(君はこんなに綺麗なんだ。)

アルルは微笑む。

「久しぶり、何してた?」
「……別に」

それに照れたように視線を反らした彼がおかしくて。アルルは久しぶりに見た彼から薫る血の匂いを黙殺した。
彼が語らないなら追及しない。決めていた。それが彼の無意識の優しさなんだって思っていた。

だって彼はアルルの前ではそんな素振りは見せないし。死臭も何も見当たらなかったから。

見えることが全てではないと知っていたけれど、目の前の温もりも幸せも真実であることは確かだから。

「今日はいつもの、やらないの」

だから。

「なんだいきなり」
「いいから、ほら」

だから、ほら、世界はこんなに。

「……お前が欲しい」
「わーい、いつものシェゾだー」
「……なんなんだよ」




優しい。




.世界はそんなに綺麗じゃないけれど、こんなに優しい。.
と言いたかったらしい。うちのシェゾ様は紛れもなく首だけでも生きられる闇の魔導士です(何)





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