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「お兄ちゃん」


ふと思い立ってそう呼んでみたら浅尾さんは大きな目をまん丸にして固まってしまった。


「……え?」

「お兄ちゃんって、呼んでみても良いですか」

「……どうぞ」

「お兄ちゃん」


そう、もう一度呼んでみる。

ぎこちない発音なのは仕方ない。
誰に対してもそんな風に呼んだことはないから。
でも意外としっくりくる呼び方に満足していたらくいくいと手招きをされた。
近寄ると足の間に座らされ後ろからふわりと抱き締められる。


「どうしたの。急に」

「今日、浅尾さんに色々して貰ってたら、お兄ちゃんがいたらこんな感じだったのかなーって思って」

「…成る程ね。それで、呼んでみたくなったんだ?」


こくんと頷くと首元で穏やかに空気が揺れた。
拙い説明でも直ぐに理解してくれて、突っ込みもせず馬鹿にしたりもしないで受け入れてくれる彼に嬉しくも擽ったい気持ちになる。


「俺、他人に甘えるのとか慣れてなくて」

「うん」

「でも浅尾さんには自然と甘えられるから、何でだろうって思って。そう言うの、無条件に出来るのって兄弟とか家族とかって関係なのかなって」

「兄弟はこう言うこと、しないよ」


そう言って、首筋にちゅっと口付けられた。
思わず身じろぐとくすくす笑いながら悪戯するように何度も繰り返される。


「ん…浅尾、さん」

「お兄ちゃん、じゃないの」

「っ……何そのプレイ…変態っぽい…」

「ふふ。プレイ、だって。紘夢くんこそどうなの?」

「うっ…」


確かに今のは失言だった、かも知れない。

恥ずかしくなって膝を抱えると横から顔を覗き込まれた。
思っていたより優しい瞳にとくんと心臓が脈打つ。
顔を上げて振り返ると額同士がこつんと触れ、羽のような柔らかいキスを一つ受けた。

ふわりと微笑む彼の笑顔が眩しい。


「でも、ホントにお兄ちゃんみたいだと思われてたらそれはそれでショックだけどね」

「それは思ってない、よ。でももし、浅尾さんが俺のお兄ちゃんだったら、今みたいに甘えてたんだろうなーって、思う」

「そう?」

「うん。多分、ベタベタしてた。周りにブラコンって言われそうなくらい」

「それは俺の方かな。もし紘夢くんが弟だったら絶対一日中構いまくってたよ。彼女が出来た、なんて聞いた日には寝込むと思うし」

「それこそ俺が思う方だよ。浅尾さんモテるから。絶対ヤキモチ妬いてた」

「今は?」

「今は……、今の方が、妬く」


ぼそっと答えると浅尾さんは嬉しそうに笑ってもう一度俺にキスをした。
そのまま二人で微笑み合いながら数回口付けを交わす。


「ん、やっぱり兄弟は嫌だなあ」

「こう言うこと、出来ないもんね」

「うん。まあ紘夢くんとなら一線越えてた気がしなくもないけど」

「ええ。流石にそれは駄目でしょ」

「だって分かんないじゃん?好きになっちゃったらどうしようもないし」

「…………」


浅尾さんが言うと妙な説得力があった。
そうだね、と頷くと俺を抱き締める力が強まった。


「結局さ、紘夢くんが横にいてくれるなら関係なんて何でも良いんだよ」

「…ふーん。俺は今みたいな、ちゃんとした恋人が良いけどなあ」

「あ、ずるい。やっぱ俺も今の関係が良い」

「えー?ふふ。どっちなんですか」

「んー。んー」


真剣に考えているのか唸り始めた彼に思わず笑ってしまう。

もし今とは違う関係だったら、なんて一生分からないことなんだからどれだけ考えてみても仕方ない。
想像するのは自由だし、ああだったかもこうだったかもって話すのも楽しいけどね。
でも、今以上の関係ってないと思うんだ。

これ以上の幸せなんて、どの世界を探したってないんだよ。きっと。


「浅尾さん」

「うん?」

「…何でもない。それよりそっち向いて良いですか?前からぎゅってして欲しい」

「え、もう。そんなの良いに決まってるよ」


その返事を聞いてにやけながら腰を上げると両手を広げてくれたから直ぐにその胸に抱き着いた。
彼の腕の中はいつも、泣きそうになるくらい温かい。


「浅尾さん。俺と猫、どっちが好き?」

「うん?紘夢くん」

「じゃあ、どっちが可愛い?」

「紘夢くん」


じゃあ、と他のことを言おうとしたらすかさず「紘夢くん」と答えられた。


「まだ何も言ってないのに」

「うん、そうだね。でも次もそう答えると思って」

「それは、どうかな」

「じゃあ、何て言おうとしてたの?」

「うーん……俺のこと、好き?」

「好き」


少しの間も置かずに返ってくる答えに頬が緩む。
分かってて聞いた癖に嬉しくて、ぎゅっと抱き締めながら「ほら、違った」と言うと「そうだね」と優しい声。


「可愛いなあ、紘夢くん。ホント可愛い」

「…でも、今のはちょっとずるかった」

「ちょっと考えてる時間あったもんね。いいよ、可愛いから」

「…可愛いより、好きの方が良いです」

「それも可愛い」

「えー」


もう言われ慣れたから嫌ではないけど。
拗ねたフリをしていたら耳元で優しく「ごめん。好きだよ」と囁かれた。

自然と込み上げてくる笑い。
馬鹿みたいなやり取りだなと思ってそのままを口にしたら彼も同じことを思っていたらしい。
それにすら笑えて、ホント俺達何やってんだろうって思うけど、それでもこの時間に幸せを感じずにはいられなかった。


「浅尾さん。10回好きって言ってくれたら1回キスするって言ったら何回言ってくれる?」

「うん?そんなのキスがなくても何回でも言うよ」

「え。もう。浅尾さん俺に甘過ぎ」





あきゅろす。
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