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「紘夢くんって怖いの平気?」


あまりにも唐突な投げ掛けにぽかんとしてしまった。
そんな俺の反応を見て岡本さんは薄く笑うと「コレ、一緒に観よう」と言って俺の目の前にとあるDVDを差し出した。


―――こわくなんてないさ


パッケージには某有名ホラー映画のタイトル。
そう言う類のものに全く興味がない俺でも耳にしたことがあるくらいだから多分有名なヤツ。

それを見て俺の身体が強張ったことに気付いた岡本さんが嬉しそうに口角を上げる。


「やっぱり苦手なんだ」

「っ、苦手じゃないっ!好きじゃないだけ!」

「それって一緒じゃない?」

「一緒じゃない!観たくないんじゃなくて敢えてそんなモノ観たいと思わないってだけ!そこには大きな差があるんです!」


誤解をされては困るからバシっと言い切る。

だってそう言うのって人を怖がらせるないし驚かせる為に作られてるモンだろ?
何を好き好んで自分からそんな思いをしにいかなきゃいけないんだ。
それこそ製作者の策略にまんまと嵌められているだけで…


「って、何笑ってるんですか」

「ふっ……いや、……必死だなと思って…そんなに怖い?」

「なっ!そんなんじゃっ……っ、あーそうですか。そう言うこと言うんですね。分かりましたよ。観ましょう。今直ぐ観ましょう。全然怖くなんてないですからねっ!」


最早やけくそだった。

叫んだ俺に対して岡本さんは含みのある笑みを見せた後、立ち上がってテレビの元へ向かう。
この時ばかりは、滅多に使わない癖に所持だけはしているDVDプレイヤーの存在を憎まずにはいられなかった。


長い広告の後に画面が真っ暗になる。
勿論部屋の電気は消されてて、その瞬間だけ部屋から明かりが消えた状態になり無駄に鼓動が跳ねた。

いやいや、別にそんなん怖くなんかないし。ちょっと吃驚しただけじゃん?

と、強がってはいるものの、それだけで吃驚するような俺にはこの映画は到底太刀打ち出来ない代物だったと言うことを俺はこの後思い知ることになる。


「うわっ……!」

「ひっ……!」

「ッ!?」


起承転結の起の部分で驚いて、承の部分で怯えて、転の部分で言葉を失った。

逃げるように体育座りの状態の膝に顔を埋めて映像をシャットアウトする。
けれど空いた耳が不愉快な音をキャッチして脳内で勝手に映像が流れ初め、結果的には余計に恐怖を煽られることになってしまった。

耳を塞ごうとした時にタイミング悪くこの映画特有の携帯の着信音が鳴って身体が大袈裟な程に跳ね上がる。

こんな状況でも理解不能なのが、こんな状況だからこそ抱いてしまう”怖いもの見たさ”と言うヤツで。
そろりと顔を上げてTV画面を伺ったら主人公の女性が所謂幽霊と対峙している場面だった。

もう絶対何か起きるって…と再び目を伏せようとしたら。


「紘夢くん」

「っうわあああっ!」


名前を呼ばれると共にぽんと肩に手を置かれて吃驚し過ぎて絶叫してしまった。
それによって張り詰めていたものが爆発してしまい、勢い良く岡本さんに抱きつく。


「紘夢く…」

「もうやだもう観たくないっ!ううううっ岡本さぁん!」


ぎゅうぎゅうと押し潰さんばかりの力を込めて抱きついていたらそんな俺の背中にそっと彼の腕が回った。
とん、とん、と背中を一定のリズムで叩かれ優しい抱擁に少しだけ安堵する。
彼の胸板に顔を擦り付けた状態で僅かに腕の力を抜いたら、代わりに俺を抱き締める彼の腕の力が強まった。


「本当は怖いのに、我慢して観てたんだ?」

「っ……う、ん……」

「どうして強がったの?」

「っ……だって……男の子なのに……怖いとか、言えない……」

「男の子だから?男の子だったら怖がったら駄目なの?」


こくん、と取り敢えず頷いてはみたものの、岡本さんに訊かれるがままに答える内に段々とこの状況が恥ずかしくなってきた。

冷静に判断した結果、彼との間に距離をとろうと思ってそっと身体を離そうと試みたらそれを悟ったのか何なのか腕の拘束がより強まってしまった。


「っ…岡本さん……俺、もう大丈夫だから…」

「本当に?」

「…え……」

「まだ怖いの流れてるけど」


そう言われた次の瞬間、見計らったかのようなタイミングでTVから耳を劈くような叫び声が聞こえた。

声にならない悲鳴を上げて岡本さんにしがみ付く。


「ほら、ね」

「ううう……もう消して…っ」

「消すの?もう少しで終わるから、どうせなら最後まで観ない?」

「いいっ…どうでも良いからはやく…っ」

「…クス。分かった」


リモコンを手にした岡本さんを見てやっと恐怖から解放される…と安心していたらDVDではなくTV自体の電源が落とされた。
真っ暗になった部屋にエアコンの作動音だけが響く。


「おっ岡本さんっ?」


暗闇に不安を煽られ、焦って彼の名前を呼ぶけど返答がない。
何でどうして、と混乱しながら必死に目を凝らして直ぐ側にいる筈の岡本さんに触れようと手を伸ばす。
手の先が彼の着ているシャツに触れ、存在が確認出来たことに安心してそのまま抱き付こうとした時。

直ぐ近くでさっきまで観ていた映画で使われていたあの着信音が流れ始めた。

!?!?

う、うそ……何でこの音楽が……何で……だってこれって……死の着信……ッ!!


「うあああっ!!岡本さっ死んじゃうっ…!岡本さんっ!」


混乱がピークに達した結果、電話が掛かってきたら死ぬと言う映画上の設定と現実が混同し涙目で絶望しかけている俺。
この時の俺は顔面蒼白だったと思う。

掴んだシャツを引っ張って岡本さんの名前を呼び続けていたらパタリと音楽が止んだ。
代わりに聞こえて来たのは、押し殺したような岡本さんの笑い声で。

え?えっ?と一人混乱している間に電気が点き、目の前には口を押さえて笑う岡本さんがいた。


「な、なに…何で笑ってるん、ですか…?」

「…ごめん…紘夢くん……紘夢くんが予想以上に可愛いから…意地悪したくなって…」

「意地悪…?えっ?どう言うことですか…!?」

「うん、ごめん。今のは音源流しただけ」


音源?音源って?となっている俺に岡本さんが見せてくれた携帯の画面には停止状態の動画。
「怖がってる紘夢くんが可愛くて、つい…」と若干申し訳なさそうな表情で謝ってくる岡本さんを見て抱いたのは、怒りではなく安堵だった。


「もう……ホントに……焦った……」

「……ごめん。ちょっとやり過ぎたね」


俯いて気の抜けた声を出す俺の頭を岡本さんがあやすように優しく撫でてくれる。
顔を上げたら、岡本さんは困ったように苦笑していた。


「ごめんね。やり過ぎたお詫びに、何か紘夢くんの言うことを一つ聞いてあげる」

「………何でも?」

「うん」

「じゃあ……今日、泊まっていってくれませんか…?」


控え目にお願いしたら、岡本さんは俺を見つめたまま驚いたように数回瞬きを繰り返した。


「勿論、良いけど……逆にそんなので良いの?」

「はい…だって、一人で寝るの…怖い……」


あんなの見た後で落ち着いて寝られるとは思えないし、トイレとかお風呂とか…考えただけでもぞっとする。


「だから、一緒に寝て欲しい…です。その…同じベッドで…」

「っ……紘夢くんにそんなこと頼まれて断る訳がないよ……分かった。紘夢くんが眠れるまでずっと背中を撫でててあげる」

「ありがとうございます。あと…嫌かも知れないけど……お風呂、一緒に入って貰えませんか…?」

「勿論。全然嫌じゃないし寧ろ一緒に入りたい。何ならトイレだって付いて行くし。紘夢くんが怖いなんて思わないように今日はずっと、俺が側にいるよ」


怖がる俺を茶化すことなく真剣に応えてくれたことが嬉しくて、自然と浮かんだ笑みを彼に向けて大きく頷いた。


それからは本当に朝までずっと岡本さんにくっ付いて過ごした。
意地悪されたんだから良いよね、と思って必要以上に密着する俺を優しい岡本さんはとことん甘やかしてくれた。


「眠い?」


ベッドの中、俺の頭を撫でながら囁くように訊ねてきた彼の胸に頬をすり寄せこくんと頷く。


「良いよ、寝ても。でもその前に…」


顔を上げて、と言われて眠気でとろんとした顔を彼に向ける。
ふわりと微笑む彼を見て綺麗だなあと思っていたら唇に彼のそれが優しく触れた。


「良い夢が見られますように」


離れていった唇が紡いだ言葉を聞いてスーっと胸が軽くなる。
安心し切った表情で「ありがとう、ございます…」と呟いて、彼の優しい表情を脳裏に焼き付けながらそっと目を閉じた。




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あきゅろす。
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