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***






鳥がたどりついたのは、なつかしいお父さんの家でした。
へやの中では、かぞくがしょくじをしているさいちゅうです。
鳥は、ふたたび高らかにうたいだしました。



母さんが
ぼくをころした



そのうたを聞いて、お母さんははっとしたように顔色を変えました。



父さんが
ぼくを食べた



そうしてうたは、次にお父さんの耳に。



妹のマリアが
ぼくのほねを集めて
きぬの布につつんで
ネズの木のしたに置いた


妹の、マリアの耳にとどきました。



キーヴィット
キーヴィット
ぼくは
なんてすてきな小鳥!!



「ああ、なんてすてきなうたごえなんだろう!!」



そう言って家の外にとび出してきたお父さんの首に、鳥は金のくさりを落としました。
お父さんは大よろこびで、家に入って言いました。



「見てごらん!なんてしんせつな鳥だろう。わたしにこんな金のくさりをくれたよ」



それをきいて、こんどは妹のマリアが外にとび出しました。
すると鳥は、うたいながらマリアに赤いくつをなげ落としました。
マリアは大よろこびでそのくつをはいて、家に入って言いました。



「あのしんせつな鳥が、わたしにこんな赤いくつをくれたわ!」



それを聞いて、お母さんは青いかおをしながらふらふらと立ち上がりました。



「ああ、わたしも外に出てみよう。もしかしたらこのしずんだ気持ちがよくなるかもしれないわ」



ところが、お母さんが外に出たとたん、鳥は石うすをなげ落としました。
お母さんは、その石うすの下じきになって、たたきつぶされてしまいました。
お父さんとマリアがその音におどろいて外に出てみると、なぜかお母さんのすがたはありませんでした。
そして、そのかわりに、死んだとおもっていたお兄ちゃんが立っていたのです。
お兄ちゃんはお父さんとマリアの手をとり、三人はよろこびながら家に入っていきました。
その日の夜はスープでした。



「このかたくてまずいのは、なんの肉だい?」

「古い肉だよ、これしかなかったんだ」

「お母さんはどこへ行ったんだい?」

「しんせきの所へ行ってしまったよ」



二人の子どもたちは明るくこたえました。
それからというもの、いじわるなお母さんはいなくなり、三人の親子はなかよくしあわせにくらしたということです。



めでたしめでたし






***






「…で?俺達を集めたって事は…謎が解けたって事かい、ボウズ」



眉を寄せ訝しげな視線を送る中年刑事に、政宗は小さく頷く。
再び訪れた現場は、遺体や証拠品の搬出作業も終わり、わりとすっきり片付いていた。
とは言っても、至る所にこびりついた、錆のように赤い血の跡は、この空間が日常とは掛け離れた存在である事を知らせている。
事件の真相を知りたいと自ら訪れた老婦人は、今にも卒倒しそうな程に青ざめていた。
これは、早く蹴りをつけてしまった方が良さそうだ。
政宗は大きく息を吸うと、稟然と語り始めた。



「今回の事件はまず、新沼医師の裏事業から始まった。新沼さんは以前、大病院に勤めていた頃から自分の医師という立場を医療以外でも利用していた」



カルテの改ざんに始まり、薬品の横流しや架空の執刀、終いには臓器売買まで、自分の立場を使って出来るあらゆる犯罪に手を染め、大金を得ていた。
その情報を得たマスコミや、訴訟を起こそうとした人間は、統べて金と、繋がっている裏組織に揉み消させたのだ。
無論、病院側も気付いてはいた。
だが、しかるべき対象をすれば、その分事は公の場に曝される事となる。
例え一個人の行動だとしても、その責任を取るとなると、信頼を失う事は目に見えていた。
つまり、全てが新沼という男の掌中に完全に収められていたのである。



「But...情報なんて必ずしも何処かから漏れるもんだ。結局、揉み消していた筈の噂が徐々に広まり、その病院は信頼を失った。医者なんてのは患者との信頼関係を失くせばそれで終わりだ…落ちぶれるのは、あっという間だったろうな」



政宗が一度口を閉ざすと、その瞬間痛い程の沈黙が場を支配する。
耳が、ぴりぴりと痺れる。
灰色に閉鎖された空間は、酷く居心地が悪い無音の牢獄と化していた。
政宗はちらりと、院長婦人を盗み見る。
彼女の顔は蒼白だったが、それでも、その瞳は強い意思を秘めていた。
どうやら、思った程やわな女性ではないようだ。
それに、彼は少しばかり安堵した。
しかしそれとほぼ同時に、長すぎる前置きに痺れを切らしたのか、吉崎の苛立った声が飛んでくる。



「それで、結局それが今回の事件とどんな繋がりがあるってんだ?確かに恨まれても仕方ねぇようなクズ医者だったのかも知れねぇがよ、だからってその関係者全員が怪しいっつったらきりがねぇじゃねぇか」



半ば吐き捨てるようにそう宣った男に、元親は眉間に皺を寄せる。
幾ら正論だからとは言え、遺族の前でその発言はあまりにも不謹慎だ。



「吉崎さん、口を謹めや。死者に対する冒涜だぜ、そいつァ」

「だがそこの探偵サマもそう言ってるじゃねぇか。あの医者は殺されて当然だったってな」



「──…吉崎さん」



今にも掴みかかろうとする吉崎を、低い声が制した。
中年刑事はぎろりと敵意も露わに睨みつけたが、それを上回る政宗の威圧感に思わずたじろぐ。
常は定まらぬ不可思議な色の瞳は、今は一色に染まり静かに炎を揺らしている。
黄金の独眼は、貫くようにただ一点だけを見据えていた。
再び、静寂が訪れた。
呼吸の音さえも聞こえぬ、真の静寂。
それを破ったのは、感情を押し殺した、酷く無機質な声だった。



「だから、アンタはそうしたのか?」

「な……ッ」



硝子が砕け散ったように、今まで堅くなに静を守り続けていた空間が破裂し、どよめく。
彼の部下である刑事達は驚嘆の色を浮かべ、中には政宗に罵声を浴びせる者もいたが、その中において、当事者である吉崎は、至極冷静で在った。
男は口元を歪めると、やれやれと謂った様子で頭を降る。



「幾ら苦し紛れだからってよぉ、そりゃあねぇだろ。確かに新沼は悪い野郎だったかも知れねぇが、俺は正義のためだの何だので人殺す程馬鹿じゃあねぇんだぜ」

「それは、そうだろうな」

「オイオイ…勘弁してくれよ。悪ふざけにしちゃあ度が過ぎてんぞ、ボウズ」



再び、空気がざわめく。
不謹慎なのはそっちだ、謝れといった野太い野次が飛び交う。
流石に、現場を任される刑事を告発したともなると、それだけの反動は伴う事はわかっていた。
特にこの男は、部下からの人望が厚いのであろう。
張り詰めたそれ等は、今にも些細なきっかけで政宗に襲い掛かりそうだ。
元親は、ちらりと心配そうに隣の青年を盗み見る。
しかし、政宗の態度は先程と変わらない。
どうやらこれは悪ふざけでも、ましてや狂言でもないらしかった。



「確かに、アンタは正義の名の元に人の命を奪うようなinnocentじゃねぇ。だが、アンタは新沼さんを殺した。それはつまり、アンタのconvictionである正義すら捨てさせるような何かが、アンタを衝き動かしたって事だ」

「…何が言いてぇんだ」

「吉崎治彦…アンタの亡くなった息子さんだろ?」

「……!!」



初めて、男が動揺の色を滲ませた。
その件について触れられるとは、予測していなかったのか。
此処でしらを切り通せば良かったのかも知れない。
が、明らかに吉崎の表情は凍りついていた。
此では、下手な言い逃れをすればする程、窮地に追い込まれる事になる。
つまりは、認めざるを選ない情況なのだ。
吉崎は参ったと両手を上げると、苦笑した。



「まさかそこまで調べが済んでるとはなぁ…驚いたぜ。まあ、確かに黙ってたのは悪かったがよ」

「アンタの息子さんはこの病院の、この病室で亡くなった。そうだよな?」

「…嗚呼、そうさ」



吉崎の肯定は、確かに些細な事だが、しかし全てを変えるきっかけだと、政宗は思う。
この事件と吉崎を繋ぐ事が出来れば、後は憶測を事実として証明すればいい。
無論、足りないパーツはあるが、それは直接本人に問えばいい事だ。
精神面から追い詰めれば必ず錆が出る。
その為の第一段階が、今のそれだった。
つい先程までこの男を盲信していた部下達の中には疑惑が芽生え、政宗に対する敵意も薄くなった今。
最大にして唯一のチャンス。
安易な嘘が作り出してしまった穴を、徹底的に明るみに引きずり出さなければならない。



「だが、15年も前の話だ。第一、今回の事件…いや、新沼にゃ全く関係ねぇだろ。お前さん達に黙ってたのだって、言ったら有らぬ疑いをかけられちまうからだ」

「Hummn...アンタの息子さんと新沼が…関係ない?」

「当たり前じゃねぇか、幾らこの病院に勤務してたからって担当医でもなかったんだぜ?俺は新沼の存在なんかこれっぽっちも知らなかった。それとも…新沼と治彦の繋がりを示す証拠でもあんのかい?」



その言葉に、にやりと、政宗が笑った。



「…なぁ、吉崎サン」

「あぁ?」

「俺は新沼サンが勤めていたのが『この』病院だなんて、一言も口にしてないぜ?」

「……!!」



確かに、政宗は先程から新沼は以前病院に勤めていた事は明かしていた。
だが、それが『此処』である事は、一言も口にしていない。
つまり、新沼がこの病院に居た事を知っているという事は、事件が起きる『前』から新沼の存在を知っていたという事になる。



「それは…アレだ、此処で勤めてたって情報を、捜査中にだな…」

「Doubt.捜査中に知った?そいつは有り得ねぇんだよ、吉崎サン。何故なら新沼サンの勤め先をアンタに伝えないよう元親に頼んだのは、俺だからさ」

「な…ッ…」



「OK,いいか、じゃあ逆に考えてみるぜ?もしそうだとしたら、一体何時、アンタは新沼サンの事を知ったのか。それは当然、以前の勤務先を知っていた事から、この病院だった可能性が高い。御丁寧にも息子さんの担当医じゃなかった事はアンタ自身が証明してくれた。そして、アンタ自身は直接新沼サンに関わった事はない。なら答えはvery easyだ。新沼サンに関りがあったのはアンタの息子だった、そしてその関わりこそが裏事業だったんだ」



しん、と、病室の中は水を打ったように沈まりかえった。
微かに残る生臭さと沈黙に、押し潰されそうな圧迫感を受ける。
政宗は懐から一枚の紙を取り出すと、それを開いて男の前に差し出した。
吉崎の眉が、ぴくりと動く。



「アンタの息子さんのカルテだ…本物の、な」

「…それを、何処で?」

「息子さんの担当医だった男からだ。俺の助手に入手させた。良いお医者サマだったらしいぜ?快く渡してくれたそうだ」



その笑顔の裏に、彼の右目が気の弱い医師を脅す様子が見てとれて、元親は思わず苦笑を浮かべた。
確かに、あの男の助手としての腕前は相当なものだ。
…如何せん、恋敵であるが故に認めたくはないが。
今もそんな元親の様子を眺めてにやりと厭味ったらしい笑いを浮かべている気がした。



「息子さんは階段から落ちて意識不明の重体に陥った。だが…それは死に至る程の物ではなかった。そうだろ?」



その言葉に、とうとう吉崎は表情を崩した。
何時もの張り詰めた刑事のものではない、一人の人間としての顔。
困ったように笑う表情は、吉崎貞治の、父親としてのそれだった。



「…嗚呼、その通りだ。まだ12になったばっかりだったんだぜ?親バカかも知れねぇが、優しい良い子だった…」



罪を認めた者特有の悟りにも似た眼差しで、吉崎は遠くを眺める。
その視線の先には、何があるのか。
かつてこの部屋で少年が見ていた景色は、今はもうない。
誰一人として、彼の言葉を遮る権利を持たない、瞬きの音すら聞こえそうな静寂の中。
暗い瞳の奥で揺れる感情は、混沌としていた。



「何時気付いたんだ?ボウズ」

「新沼サンの偽造カルテの名簿の中の名前…見つけた時はまさかと思った。But,新沼サンがここに来た理由も、首が無かった理由も、アンタが犯人だって考えれば、全ての物事に筋が通る」



政宗はカルテを掲げると、僅かに独眼を細めた。
硝子のない四角い枠組みから差し込む光に透かされたそれは、本当に何と謂う事はない、ただの一枚の紙きれ。
だが、そのたった一枚に、全てが狂わされた。
紙に落としたインクのように。
或は、雪に落とした血のように。
じわりじわり、染み込んで、憎悪という色に染め上げてしまった。



「ネズの木の話で、兄は母親に林檎を罠に首を落とされてしまう…このカルテが、新沼サンを呼び出したappleだったんだろ?」

「そうさ…一週間前だ、そいつのコピーが匿名で俺に届けられたのは。…俺ァ知らなかった。治彦の事は不幸な事故だったって、そう諦めてたんだ」

「……」

「…愕然としたよ。俺は治彦を失ってから、前の女房とは別れた。だから女房がどんな人間と関わって、あの後どんな暮らしをしてるかなんて考えもしなかった」



ぱちりと、男の瞳の奥で紅蓮の炎が跳ねる。
握り締めた拳は、小刻みに震えていた。



「事故なんかじゃなかったのさ、治彦が階段から落ちたのは。アイツの後頭部にゃ、打撲痕があったそうだ。そんな事ァ、俺は一言も聞いちゃいなかった。…女房が新沼と組んで治彦の保険金を手に入れようとしてただなんて、思いもしなかったんだ。その上、今の今まで気付いてやれもしなかった──…」



最早、消え入りそうな語尾だった。
深い後悔と、自責。
罪の意識に苛まれた男にとって、新沼を罰する事は、果たして救いとなったのか。



「…アンタは、カルテを餌に新沼サンを呼び出した。きっと、その時はまだ殺す気はなかった筈だ。だが…新沼サンは抵抗した。そこでアンタは、護身用に携帯していた拳銃で…」

「迂闊だった…まさか奴が俺を殺してでもカルテを手に入れようとしてたとはな。気付いた時にはもう遅かったさ。ほぼ、反射的に撃っちまってたんだ」

「弾丸は頭部に当たり、新沼サンは即死。だが弾は中に残っちまった。警察で支給された拳銃じゃ、弾に残った線条痕で身元が割れる。だからアンタは新沼サンの首ごと持ち去らざるを得なかった。…だが、吉崎サン。一つ腑に落ちない事があるんだが」

「ん?」

「一体、どうやって首を切り落としたんだ?」



殺すつもりがなかったのなら、何故そんな事が出来たのか。
それが、唯一残された謎だった。
都合良く現場に斧か何かが置いてあったとするならば、それは余りにも出来過ぎている。
否、カルテのコピーといい、若しやこれ等は全て…



「…あったんだよ、斧が。まるでこうなる事を予測してたみてぇにな」



吉崎の苦々しげな呟きに、政宗の中で何かが弾ける。
その瞬間、全ての鎖が繋がる音がした。



「アンタの奥さんの住居はッ!!?」

「あ、ああ…引っ越してなけりゃ、多分まだこの近くのアパートに…」



突然態度を急変させた政宗に、吉崎は呆気に取られていた。
吉崎の妻の居場所を聞くや否や飛び出して行ったその背中を見つめたまま、その場の誰もが彼の行動を理解出来ずに暫く停止する。
だがやがて、血相を変えた元親が慌てたように彼の後を追い、部屋を飛び出して行く。
その様子に流石にただ事ではない事を悟ったのか、警官達は一斉に騒ぎ始めた。



「テメェ等!!ちったぁ落ち着きやがれ!!」



それを一喝したのはその場に取り残された吉崎であった事は、謂う迄もない。






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