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(ニール♀から告白したタイプのグラニル♀)




パスポートにチケットを挟み込み、電光掲示板の間を泳ぐ。
明るい色のキャリーケースと仲良く手を繋いで、おれは目的のゲートにたどり着いた。思ったよりある時間の余裕に息を吐き、近くのベンチへ腰掛ける。
正面奥には全面ガラス、よく見渡せる滑走路、旅客機。
空港、アメリカ国内線乗り場。
広い建物を様々な人間が移動し、落ち着いた調子のアナウンスが忙しなく流れる空間は、日常から離れて少し特別だ。なんだか楽しくなってくる。
前々から待ち遠しくしてた旅行、と言うよりはほとんど突発的な思い立ちでここまで来たのだが、いよいよ、という気がした。
遠くで離陸体制に入った旅客機を少し童心に帰って見つめる。
すると視界を横切って、早足の男性が斜め向かいの席に座った。座るなり、膝の上に端末のキーボードを展開し、何やら打ち込み始める。スーツを来ている所からしても、どこかの会社員なのだろう。
別段、珍しい光景でもないけれど、おれは離陸した飛行機よりじっと見てしまった。
ネクタイをぴっしり締めて、気難しげな顔をして働いている会社員、ーーーきっと今のあいつもそんな感じでいるんだろうなと、思った。
あいつ。
少し前、苦労して手に入れた恋人。
アメリカ空軍第何なんとか部隊所属、グラハム・エーカー。モビルスーツに乗っている、ことは知ってるが後はよく知らない。だってまだ総計一時間も話してないから。
おれの方が一目惚れしてしまって、なんだかんだ交際にこぎ着けたのが3ヶ月前。
あらかじめ仕事が大事だと宣言され、それでもと頷いた。だから色々承知の上で、泣き言やワガママを言うまいと決めた。けど。けれど。
電話をしても忙しく、メールを送っても返ってこない。そんな恋人。そんな3ヶ月。
2週間前にはなんだかもう家に押し掛けてピンポンダッシュのひとつでもかましてやりたい衝動に襲われたけど、やつはそもそも家にもいない。一度道に迷った風を装ってただっ広い基地の前に行ってみたが、まぁ怖そうな検問がいた。物理的な障害までガッチガチだった。
こんなのなかなかねぇぞと意気込むように思いつつ、でもちょっと、挫けた。
最近ではいっそ幻の存在なんじゃねぇかな、なんて思う。実はおれの頭が作り出した幻想なのかもしれない。あいつ、信じられないくらい顔が良いし。こんなのがこの世に存在するのかってくらい顔が良い。それで、一目惚れした。からおれも下手に文句が言えなかったりする。
ともあれもう、ひとりの休日を存分に遊んでやろうと、旅に出ることにした。気晴らし。慰め。振り切り。あとはちょっとしたフロンティア精神。目的地は女神のおわす大都市だ。ガイドブックも買った。今この空き時間こそ読むかと思って、預け入れ荷物に入れたのを思い出した。
まぁ常のように文庫本はカバンの中に入っていたけれど、どうにもそれは読む気にならない。
しょうがないからなんとなく辺りを眺めた。仕事っぽい人、旅行者、旅行者にしては浮かれた感じのない、帰省か何かの人、ひとり、団体、家族、カップル。
隣から楽しげな笑い声が耳に入る。ちらりと見れば親密そうなふたりが囁き合っていた。手を繋いで顔を寄せて。
うん。
いっそ着いた先大都市の空港で、国際線に乗り継いでやろうかなんて。約5000キロ向こう。故郷は温かく迎えてくれるだろう。例え雨降りでも晴れやかな気分にさせてくれる気がする。おれにはライルがいるし。ライルはライルで、さばさばしてるけど。
ちょっと郷愁に浸ってたらゲートが開いた。アナウンスが流れる。会社員がやっぱり気忙しく立ち上がる。
たちまち列ができて、おれはすぐ行かずに落ち着くのを待った。席も通路側だったから、急ぐことはない。
隣のふたり連れもゆっくり立ち上がって、手を繋いだまま入って行った。
それを見送って、おれもそろそろとカバンを持つ。と微震が伝わった。外ポケットの端末が震えているのだった。マナーモード。メールかと思えば、長い。電話だ。誰から。まさか会社じゃねぇだろうなと不穏な予感を抱いて探り出す。
グラハムだった。

「えっ」

声が出た。
もっとまさかだった。だってこれまで向こうから掛かってきたことなどなかったのだから。
呆気に取られて画面を見つめた。途方に暮れたと言ってもいい。あんなに待望した連絡なのに。だってまさか。
手が震えてるのか端末が振動しているのか、よく分からなくなる。
どうする。
なんか、出たくない。なんか怖い。こんな展開になったらなったで怖じ気付く。
いやでも出ないと、そう、出る、出るんだ。これを逃したらもう二度と掛かってこないかもしれない。出るんだ。
勢い任せに通話を押した。
幸いにも間に合った。通話のカウントが始まる。0、1、2。

「……も、しもし」
「ニール・ディランディの電話だな」
「そうだけど」

緊張しているおれに、はっきりとした声。
初めて掛けたのが丸出しの切り出しだった。フルネームって。
いっそ「どちらさんで」と切り返してやりたくもなったが、真面目な調子なものだから躊躇う。どこまで冗談が通じるのかも、まだよくわかっていない。
どうしようと思っていたら、グラハムはそれ以上の挨拶もなく、単刀直入に訊いてきた。

「今どこにいる」

メールを見たらしい。そう、一応、本当にとりあえず、今日から休みで出掛けるとだけグラハムには送っていた。返事はない、見ているかも怪しいと通例で知っていたから、ほとんど行動記録、日記のつもりで。それを。
見たのか。こいつでも一応。見ていたのか。
驚きでわっとなった。でも態度はつっけんどんになった。

「……空港だけど」

喉の奥から出た声は「それが何か」と言外に滲んでさえいた。我ながらひどい。
しかし相手はまったく気にしていなかった。そうか、と言う。

「国へ帰るのか」
「えっ」

またも意外な言葉だった。出身が別にあること知っていたのか。
いやまだ油断はできないけど。かなり正解に近くても、アイスランドとか言い出すかもしれないし。

「考えないでもねぇけど」

あまのじゃくに、多少高飛車に言って、しかし心臓は急いて動いている。
またグラハムはそうかと言う。なんとなく考え事をしている気配がある。
なんだろう。何の用だろう。
奇跡の電話を大事にしたいと思いながらも、心臓が持たないから即刻切りたい気にもなって。ポンと頭上から搭乗を促すアナウンスが流れる。それに乗った。

「っ、何の用だよ、搭乗始まってんだ」

つい荒っぽくなってしまったのに、グラハムはマイペースに口を開いた。

「休みができた。連休だ。大概の休日だと私は一日で用が済む為、きっともて余すと思ったのだが、君の存在が思い浮かんだ」
「……は?」
「だが君は出掛けるようだな」

なんだって、とおれは聞いた言葉を頭の中で繰り返す。
要は。休みに会う気になったのにすれ違った、ということか。
折角。初めて。まさか。そんな。奇跡が起きたのに。

「ばっ、おま、え、え?、はーー!?まじかよ!」

ほとんど叫んだ。持てる限りの驚愕と悲嘆の言葉をばらまきたい。

「なんで……、なんで今……、タイミング悪すぎるんだよ…っ!」
「空気が読めないとは言われる」
「くっそ、ちくしょう!」
「君は案外言葉遣いが激しいな」

思わずしゃがみこみそうになる。床に拳を打ち付けたい。
怒りよりも呆れよりも何よりも悔しい。
こんなこと初めてなのに。やっと、やっっっと会えるのに。
もう涙目でゲートを見た。
どうしよう、全部キャンセルするか、今から、今更。金銭的ロスは避けられない。が。
……しかしそれでも構わないと思った。天秤に掛けるまでもなく思った。どっちが大事かと言ったら、後からいきなり来た間の悪い恋人の方だった。優先順位の先頭にするっと割り込む。それくらい、惚れた弱みというか、恋は盲目だ。それにこれを逃したら今度はいつ捕まるか。100年に一度のチャンスかもしれない。価値がとんでもない。こうなったら、全てを振り払って走って会いに行きたい。

「……分かった、おれ」
「飛行機にはそのまま乗るといい」
「は?」

まったく平然とグラハムは言った。
おれは間抜けな反応をして、勝手に盛り上がった頭を急速冷凍させた。
まさか、予定通り行ってこいコースか。
私は他の暇潰しがあるから何も心底気にしないとか言うんだろうか。
言いそう。すごく。
だって仕事第一主義宣言のもと交際にこぎ着けた恋人、と一方的に意識してるだけかもしれない人。
おれがいてもいなくても大して変わらない。
……なんか、失恋旅行が始まった、かも。

「この時間だとニューヨーク行だろう」
「……そうだよ」

さすが空軍、すごい、なんて無理矢理無邪気なことを考えて、震える息を吐いた。空軍関係あるのかわかんねぇけど。
もう一度、アナウンスが掛かる。その定型の出だしと同時に、グラハムが言った。

「私もこの後の便を取る」
「え?」
「個人的に訪ねたことはないからなかなか面白そうだ」
「……待て待て待て」

アナウンスに負けじとおれは声を張った。Attention, please.
胸を押さえる。もう完全に呼吸が浅い。

「どういうことだ?」
「連休をニューヨーク旅行に使おうということだ」
「……確認させて欲しいんだけど、……一緒に行くってことか?」
「都合が悪いかね」
「……いや、いいえ……?」
「私の移動の詳細は再度連絡する。君はメールで宿泊先を教えてくれると助かる」
「分かった……」
「ニューヨークで待っていたまえ」

ではよいフライトを、と切れた。機長かお前は。
おれは端末を握ったまま立ち尽くした。
まだ混乱している。
……やり取り、した。グラハムと。まともに。
なんか最後の方とかどことなく業務っぽかった、が、それがやつのスタンダードなんだろう。業務どころか、だって、プライベートを、手に入れてしまった。
そう。
休み。
一緒に、行く。

「うそだろ……」

本当に。現実なのか。
……どうしよう、どうする。
ニューヨーク。ビッグ・アップル。どこに行く、何をする、何を話す、何を食べる、まずなんて言って顔を合わせる。ああもっと考えた服を詰めてくれば良かった。コンパクト重視じゃなくて。今日の格好も大丈夫なのか。今更だけど。最悪向こうで、ていうか、え、いきなり泊まりがけ……?
手足を動かしたり固まったりするおれをさすがに不審に思ったのか、ゲートに立っていたクルーが声を掛けてくる。
そうだ、搭乗。
顔の熱さを自覚しながら大丈夫だとかうんうん頷いて、乗ります乗りますと大股に歩いた。チケットを出すのを忘れて慌てて見せる。動揺しすぎだ。けど仕方ないだろう。
離陸前から地に足がつかない。ああもう絶対、落ち着いていられない。胸元を握りながらおれはタラップを踏んだ。





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