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※アリニル♀要素あり



夜もすがら煌々と明かりの灯る通路を足早に歩く。
ボタンひとつで電子キーを起動させると、迷いなく認証番号を打ち込んだ。開錠の音を聞く瞬間はいつも心の高鳴りと少しの不安を覚える。一つ息を吸い、グラハムは重い扉をゆっくりと押した。
室内は闇に覆われている。
もう眠ってしまっただろうか。そもそも在宅だろうか。それと、もう一つ。
暗闇を前に懸念を並べていると、突然バタンと音がした。短い廊下の、真っ直ぐ奥の部屋からだった。目を向けると丁度明かりが灯る。
その開け放しにされたドアの先に、獣が立ち上がったような影がぬっと現れた。
誰何するまでもなく、グラハムはほぼ反射的に眉を寄せる。懸念の最後の一つが当たっていた。

「よう、一足遅かったな坊ちゃん」
「………………」

風呂上がりなのだろう、赤毛から水を滴らせ、上半身裸の男が笑う。逆光でなお、瞳がぎらりと光った気がした。
アリー・アル・サーシェス。

「貴様は人を不快にさせる為に存在しているのか」
「はっ、そりゃこっちの台詞だ」

大層なご挨拶だな、とアリーは顎を上げて言う。グラハムは向けられる一切を流すように顔を背けた。
アリーの存在を無視して、廊下左のドアノブに手を掛ける。
だいぶ不快な展開になったが、折角来てこの男に会ってそれで終わりではそれこそ癪に障る。癇癪は損だ。
挽回するような気持ちでドアを開けると、熱気にも似た籠もった空気が身を包んだ。それでも構わず、グラハムは踏み入る。
求めていた人はベッドの中央にいた。うつ伏せで眠っている。白い背中が暗闇に淡く浮き、なおざりに掛けられたタオルケットは僅かに臀部を隠すだけだった。

「もうちょい早く来てりゃ面白かったのによ」
「悪趣味め」

背後の男はくつくつ笑い、何かを呷った。恐らく酒だろう。
グラハムはベッドのそばへ寄り、タオルケットを肩まで掛けてやった。顔を覗き込むと、状況からするに「健やか」と言うのもおかしい気がするが、無防備な寝顔を見せる。

「溜まってるから来たんだろ?叩き起こしてヤりゃいいじゃねぇか」

情も品も何もなくアリーが言う。

「私は貴様ほど即物的ではない」
「お優しい王子サマができねぇっつうんなら俺が起こしてやるぜ」
「余計なことをするな。第一貴様の手が付いた後でそんな気分になるものか」
「潔白なフリしやがって。手が付いたも何も、本質的にいつも同じじゃねぇか、え?、おい、穴兄弟」

本当に、よくもこうも不快な言葉ばかり並べられるものだ。
グラハムは思いきり顔をしかめ、しかし挑発に乗ったら益々勢い付かせるだけだと分かっている。無視を決め込み、ただ目の前の眠るニールにだけ視線を注いだ。
誰より愛しく思うのに、手に入らない人。
操立てを期待してはならない、それなのに惹かれてやまないのがニールだった。
グラハムともアリーとも、ニールは関係を持つ。
いや、元々ニールはアリーと完結しており、後から入り込んだのはグラハムの方だ。しかし不義の間男になったわけでもない。ニールとアリーの間にあるのは、グラハムが抱くような恋情ではないからだ。実際、ニール本人はアリーのことを同業者だとしか言わない。アリー本人もそう言う。
同業者。表立って言えない仕事の。
しかし言葉そのままに安堵せず、いや、なおさらそれで何故肉体関係になるのかと、当人達の素っ気なさにもう少し踏み込めば、複雑な部分もあった。例えばこのマンションの一室の住人こそニールだが、所有者はアリーだ。だから自宅のようにしてここにいる。
否応ない事実はいくらでも見えた。見えながら、関係はまるで不透明だった。ふたりの詳細をグラハムは掴みきれていない。ただ、そこにあるのは情愛ではないということだけを、確信している。
あるいは、ニールからすれば、グラハムとの関係の方が浅薄で、しかも明言し難いことになっている。
グラハムは愛しているととうに何度も囁いた。しかしニールは曖昧に笑うだけで何も応えない。いや、応える気もない。
曖昧にしたまま、そのくせグラハムを受け入れている。
そしてアリーはと言えば、グラハムの存在は余興程度に思っていた。単に面白いからという理由で、グラハムの侵入を拒みも止めもしない。

「こいつも何考えてんだかな」

顎をさすりながらアリーは言う。

「まさかメルヘン趣味があるたぁ思わなかったぜ」
「……私に言わせれば貴様の方が不釣り合いだ」
「ああ?分かってねぇな」

さも愉快げに、アリーはくつくつと笑った。闇に響けば不気味に聞こえる。

「まぁお育ちのいい王子サマには分からねぇだろうよ」

グラハムの隣へアリーが寄る。グラハムは顔を向けずとも、その気配に予断なく注意を払う。
この男は二本足で立った獣だ。
職業柄、屈強な部類に入るグラハムも、しかしこの男には激しい圧迫感と本能的な危機感を覚えた。
決して安穏な人生を送ってきたわけでもないグラハムでも、アリーはこれまで会ったことのない類の男だった。
享楽的で快楽主義、堕落と怠惰と因循と背徳の塊。巨悪の具現にすら思える。
思うほど、何故、ニールはこんな男と。

「せいぜいヒントを与えるなら、『同じ穴』だな」
「貴様は……」

グラハムは今度こそねめつける。
瞬間、何かが投げられ、反射的に掴むと空になった缶だった。

「片付けとけ」
「何故私が」

アリーは聞く耳を持たず、床に散らばった上着を拾い上げ、着る。ニールの衣服を踏んでいても気に止めない。

「どこへ行く」
「仕事に決まってんだろ」

最後に短銃を持って、10pばかり長身の男は、グラハムを見下げた。

「ガキが寝てる間に大人はイイコトしてるってもんだ」

バタンと派手な音を立て、アリーは出て行った。夜中だろうが人が寝ていようが配慮など微塵もない。
グラハムは漂うアルコール臭を遠ざけるように缶を置いた。ただでさえ色々な臭いが混じっている。溜まっている灰皿も見つけ、忌々しさは募るばかりだ。

「……ん」

その時、微かな声も聞き取ってグラハムはベッドを見た。
ニールが身動ぎ、流れる髪の奥で険しく眉を寄せる。

「アリー…?」

掠れた声が呼び掛けた相手は、ニールにしてみれば当然だったが、グラハムには酷だった。
しかしグラハムは黒い感情など微塵も表さず、ニールに応える。

「私だ、姫」
「……あぁ」

ニールはうっすら目を開けた。
眉間のしわが緩み、表情が、雰囲気が、微妙に変化する。それを好意的に受け止めてしまうのは、好意を寄せているからか。

「来たのか、グラハム」

半分微睡んでいるかのような様子で、ニールは微笑んだ。それだけでグラハムは救われるような報われるような気持ちになる。

「どうしても姫に会いたくなった」
「そりゃどうも」
「真剣に受け止めてくれ」

ニールは声を漏らして笑った。機嫌がいい。
おもむろに腕を伸ばされ、グラハムはその手を取る。ニールは枕に頬を擦り付け、グラハム、と見上げる。くい、と手を引いた。

「寝ようぜ」

中央を陣取っていたのから、ニールは奥へ体をずらす。寝ぼけているようにも思えたが、割合あっさりと動いた。そうして、ほら、と開けたスペースを促す。
グラハムはベッドへ膝を掛けて、困ったように笑った。

「誘いは嬉しいが、私の心情も察して欲しいな姫」
「ん?」
「男のプライドがあるのだよ」

ニールは少しきょとんとして、それから、お前も動物みたいだなと言った。
しかし色々と億劫になっていたので、妥協案を示す。

「じゃあ、このタオルを下にして、そこの毛布を被るのでどうだ」

例えシャワーを浴びたとて、どうせアリーの噛んだ跡は消えない。だから、そんなことより、と招く。

「お前がいるとよく眠れる」

グラハムは少し思案するようにして、それから、ニールにばかりは負けていいかと思った。

「それは私のことだけ考えるからだろう」
「はは、まぁ、そうかもな」

脇にぐちゃぐちゃに置かれていた毛布は柔らかい。ニールを腕の中にして被った。
少しの硝煙のにおいも受け入れて、今のニールは自分のものだと信じる。
そうしていつか、ここから連れ出すことを夢見ていた。





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