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2307/12/25 21:37:45

To│Neil Dylandy

Sub│no title

すまない、遅くなりそうだ
あと一時間程かかる







2307/12/25 21:53:17

To│Graham Aker

Sub│no title:RE

いつもの店にいる










そんな文面を記録した端末をポケットに入れ、グラハムが恋人の元に着いたのは予告の一時間半後だった。
雪を払いもせず現れた客にその急いた心情を察したか、テーブルを拭いていた店主が暖かな笑みと共にグラハムを迎える。
お待ちですよと示された先、果たして恋しい人はカウンターにいた。
組んだ腕に顔を突っ伏せ、栗色の髪を散らして。

「ニール」

覗き込んで恋人の名を呼んでみても、返ってきたのはすうすうと静かな寝息だった。足音を最小に抑えながら歩み寄ってきた店主が頭を下げる。

「すみません、注意したんですけれどね」

どんどん杯を空けたニールはいつの間にか酔い潰れて寝てしまったらしい。酒に強い彼女には滅多にない事態に少なからずグラハムは驚いたが、店主の謝罪に首を振る。

「いや、こんな時限まですまない」

私が遅いのがいけなかったのだと言いながら財布を取り出す。
まだ閉店までには時間があったが、店内には客はニールの他に誰もいない。いつも閉店ぎりぎりまで常連が居座っているこの店では珍しいことだったが、珍しいなら尚更、たまには早く店を閉めたいだろう。
果たして酒豪の姫君はどれだけ飲んだのか。結果発表でも待つ気分で店主の声を待っていると、しかし提示された額は彼女がこれほどになるまで飲むには明らかに足りず、思わずグラハムは顔を上げた。初老の店主からは苦笑半分親しみ半分の笑みが返ってくる。

「今日はいいんですよ、特別な日だから」
「特別?」
「クリスマスでしょう」

とっておきのことのように店主が言った単語にああ、とグラハムは附に落ちた。どうりで既に客がいないわけだ。嫁の愚痴を零してはやっぱ若い姉ちゃんはいいねぇと毎度ニールに絡みグラハムに危険視されているどこぞの亭主も、今日は家族と共に過ごしているのだろう。日頃なんだかんだ言っていてもこの日だけは愛情が、ここだけでなく世界中で、目に見えて明らかになる。

「私からのプレゼントだと思って下さい」
「恩に着る」

思いがけない温情に触れグラハムは心から礼を述べた。今度はきちんと二人で来ると約束を取り付け、眠り姫の目覚めを促しにかかる。

「姫」

酒の臭いを遠慮なく漂わせる彼女の肩をとんとんと叩き、身を揺する。
しかし何度呼び掛けても彼女は泥酔の熟睡だった。身じろぎもせず寝息を立て、一向に起きる気配がない。
一体どれだけ飲んだのだ。
或いは店主の提示した額は五割どころか三割にも満たなかったのではないかと真面目なグラハムは心配になってくる。大丈夫ですかと後ろから気遣う声はただ優しい。
こうなれば最終手段だとグラハムは身を屈め、ニールの膝の下に手を差し入れると軽々と彼女を抱き上げた。まさにお姫様抱っこだなと思いつつ腕に収まったニールの寝顔を覗く。
コート掛けからニールのコートを持ってきた店主は丈の長いそれをそっと上から掛けてくれた。そしてドアまで開けてくれた彼にグラハムは再三礼を言い、良い夜をと別れる。


外はグラハムが来た時のまま、ふわふわ雪がちらついていた。建物から零れた光に時折きらりと光り、二人の上に音もなく降りかかってくる。路上にのこされていた誰かの足跡が埋められていくのを見つめながら、グラハムは一歩踏み出して自らの足跡を刻んだ。
長いこと暖かい店内にいたニールがその寒暖差に腕の中で震え、白い息を零す。それだけの動作にグラハムは何故かひどく安堵し、自らも白い息を夜闇に吐いた。
彼女を助手席に据え自らは運転席に乗り込むと、静かに車を発進させる。
イルミネーションに彩られた住宅地を無機質な車のライトで照らし、走り抜け、結局ニールが目覚めたのはマンションの駐車場で再び抱き上げた時だった。

「…………グラハム」

小さく呟いて仰ぐニールは寝ぼけ半分といった様子で、ふと微笑むとグラハムは瞼に一つキスを落とす。

「遅くなってすまなかった姫」
「…………ん」

酔った相手に真面目に謝った所で認識しているのかよくわからなかったが、気質が許さないので真摯に謝る。そして予想通りの生返事に苦笑した。
上階にいたエレベーターを下ろして乗り込み、部屋に向かう。
大人しく運ばれるニールはそのまま再び眠るかと思えば、揺れに覚醒を促されたのか通路の明るさに刺激されたのか、部屋に入った時にはばっちり目を開けていた。酔った時特有のとろんとした瞳ではあったが、ソファーに降ろせと早速指示を飛ばす。姫は姫でも先程までの大人しい姫君から一転、途端に気の強いお転婆姫だ。
逆らう気のないグラハムは仰せのままにゆっくりとソファーに降ろした。

「これでいいかな姫」

ぽすりとソファーに沈むニールから腕を引き、水でも取りに行こうと身を起こす。
しかし離れようとした瞬間、突然ニールはグラハムの首に腕を伸ばし、ぐいと顔を寄せた。

「ぐらはむ」

そのままキスでもしてくれそうな体勢でニールはぼうっとグラハムを見つめる。
まさしく甘えるように。
これが平時ならばグラハムは飛び上がって喜ぶだろう。時の存在をこの世から抹消していつまでも見つめ合っていてもいい。しかし生憎その動作は普段の彼女が絶対やらないことだけに、悲しいかな、尚更酔っている証拠だった。

「……姫は時折私より意地が悪いな」
「んー?」

こてんと首を傾げ潤んだ瞳で見つめてくる様子はひどく愛らしく甘い空気を纏っているが、漂う酒臭さが無情にグラハムを現実へと引き戻す。

「この体勢は非常に好ましいが、水を持ってくる間だけ少し離してくれないか姫」
「おー飲もうぜ、おれストレート」
「ウイスキーではなくウォーターだ」

酔っている。
この上なく酔っている。
いっそ感心しつつグラハムは回した腕を離してくれるよう頼む。しかしニールはいやいやと首を振って見上げてくるばかりで、これが素面であったらいいのにと心底グラハムを悔しがらせた。

「酒、グラハム」
「まだ飲むと言うのか君は」
「さーけー」
「もう十分飲んだだろう」
「全然いけるってぇ」
「その口振りが一番怪しいと思うのだが」
「だいじょーぶだってぇ」
「姫の大丈夫ほど信用ならない言葉はない」
「ぐらはむー」

お願いと囁く濡れた唇、上気した頬、上目の潤んだ青の瞳。狙っているのかいないのか。しかも平時から端に滲む色っぽいアイリッシュ訛りが酔ったおかげで全開になり、更なる相乗効果をもたらす。改めて己の恋人の色香が恐ろしく、くっとグラハムは喉を絞った声を出す。
そしてこれまでパイロット一心に生きてきたグラハムは、どんなに無茶に愛機を駆れようとも酔っ払った人間の対処法というものを全く身に付けていなかった。

「いいだろぉ」
「よくない。さすがの姫でも飲み過ぎだ。正体がなくなっているではないか」
「はやく、酒」
「過度の酒は体に毒だ。姫の介抱もまんざらではないが、明日に響いてしまう」
「酒」
「姫、私は姫の」
「きらいになるぞ」
「それは忌避すべきことだが、しかし心を鬼にして私は」
「酒」
「ニー」
「酒」
「…………」

酔っ払い相手に幾ら言葉を並べ立てた所で空吹く風と聞き流される。文字通り空しい。
珍しく口を噤んだグラハムは天を仰ぐように視線を逸らした。するとニールはそんな態度が気に食わなかったのか、ぐいと思い切りグラハムの顔を引き寄せる。そして天が授けたもうた美貌を間近にすると熱っぽい声で囁いた。

「おねがいグラハム」
「…………」

目の前に存在するはなんと罪深き生きものか。
視線を一身に注がれたグラハムは一口二口含めば満足するだろうと諦めて頷いた。あまりの色香にほだされたというのが折れた理由の7割だったが。
まったくこのグラハム・エーカーを屈させあれこれ指示を出す人間は世界中どこを探してもニールしかいないだろう。これが世に言う惚れた弱みかとしみじみ、しかしまんざらでもなく思いながらグラハムは愛しの姫君ご所望の物を献上する。
グラスを一つだけ持ってきたところお前もだと追命令を受けキッチンとソファーを2往復し、せめて酒量をセーブしようとボトルを持つも、ちょうだいの甘い一言で陥落して難なく奪われる。そして望みの叶った姫君はにっこりと極上の笑みを向け、男の重なる敗北の感を瞬く間に昇華させてしまうのだった。
見目麗しい姫君の手に収まると黄金の酒も甘美な蜜のようにすら思えてくる。水晶のようなグラスに金の雫をゆっくりと滴らせ、可憐な唇にそっと含み、芳香に酔うーーーのではなく姫君は瓶を逆さにする勢いでどぶどぶとグラスに入るだけ酒を注ぎ、一気に呷った。
すごく男らしかった。

「……本当に君は魅力的だな」
「飲め飲め」

言いながらグラハムに持たせたグラスに酒を注ぎ、なみなみ入れると延長して自分のグラスにもまたなみなみ入れる。野戦に勝利した兵士の酒盛りか。まさにグラハムには勝利しただろうけれど。
入れたものは飲むしかないとグラスを傾け苦杯を舐めながらグラハムは溜め息を吐いた。まだ入るとは。最早体中の血液が酒になっているのではないかと思ってしまう。

「店でどれだけ飲んだのだ姫」
「すきなだけ」
「……迎えが遅かった私の責任か」

自らの行動を悔いている間にもニールは杯を空けまたボトルを傾けていた。
まるで水のようにぐいぐい。
いや、実際手にしているものの語源は命の水だったか。
水を持ってくると言ってストレートと返されたのもあながち認識されていなかったのではなかったのかもしれない。

「二日酔いになってしまう、姫」

心配をよそに、ちゅっとグラスの側面を走った雫に口付けてニールは上機嫌に笑う。

“The cure for the hangover is to drink again.”

幾分呂律が回っていなかったが相変わらずrの強い発音でそう言った。彼女の言葉を聞き逃すはずもないグラハムだが、思わず聞き返すとご丁寧に復唱してくれる。
二日酔いには酒を飲め。

「何だねそれは」
「おれんとこのーことわざ?」

恐るべしアイリッシュ。
酒に強いと聞き及んでいてこそすれ信憑性がないとこれまで聞き流していたグラハムだが、この光景を目の当たりにするとつい信じてしまいそうになる。
二の句を継げないでいるグラハムの反応が気に入ったのか、アイリッシュの恋人はあははと笑った。

「なめんなよー」
「なめていない。十分舌は巻いた。それで最後にしよう姫」
「や」

いい加減だと握っているボトルに手を伸ばすも、ニールはぎゅっと抱きかかえて離そうとしない。正直その姿はかなり可愛らしくそのままにしておきたくなってしまうが、グラハムとてそろそろ心を鬼、いやそれだけだとまたほだされかねない為、心を阿修羅すら凌駕した存在にして奪還に取り掛かる。

「姫」

幼子を宥めるようにそっと囁く。実際ボトルの奪取自体は軍人のグラハムにとって造作もないことなのだが、ニール相手に力わざにはでられない。ただ平穏に投降を呼び掛ける。

「私は姫の体が心配なのだ」
「だいじょーぶだって」
「大丈夫ではない姫」
「だいじょーぶ」
「姫」
「しつけーなー」
「私がしつこいのはわかっていることだろう」

身を捩り逃れつつグラスに注ごうとボトルを傾けた隙に底の方を掴む。そのまま下方へと力を込めればちょろちょろとしか出ない酒にあからさまにニールは唇を尖らせた。ふっとボトルを上げてグラハムの油断を誘えばまた注ごうとする。しばらくシーソーゲームを繰り返し、ひくりとしゃくりあげるとニールは勝てないと踏んだかとうとう手を離した。

「……じゃー」

辛うじて得た酒だけはこれまたぐいと呷る。
そして次の瞬間、どさりと投げ出すようにしてニールはグラハムに体を預けた。拍子に手からグラスを落とし、グラハムは持ち前の反射神経で咄嗟に掴む。やれやれと溜め息を吐いていると、当然そんなグラハムの気も知らないニールはぐりぐりとその胸元に頭を擦り付け、鼻にかかった声で言った。

「だいて」
「…………」

嗚呼、素面ならどれだけ良かったか。
握ったグラスをローテーブルに置き、グラハムはぽんぽんと頭を撫でる。

「姫、やはり飲み過ぎだ」
「んー」

甘えるニールのつむじを見下ろしているとまるで子供でも抱えているようだ。ねだっていることは全く子供とかけ離れているが。
きゅっとシャツを掴む手がかわいらしい。

「なーぁー」
「誘いはこの上なく嬉しいが、私はあまり酔った姫は抱きたくない」
「んでだよぉ」
「朝になって覚えていないと言われればそれほど寂しいことはないだろう」
「覚えてるしぃ、つーかよってねぇし」
「そうかい」
「ほんとだってー」
「ならば私が囁いたこと全て明日の朝姫に復唱して貰っても?」
「おー」

まるで普段とかけ離れたニールにグラハムはとうとう苦笑する。平時に言ってくれれば最高なものを、本当に意地が悪い。

「大人しく眠ろう姫」

腕の中に自ら収まったのをいいことにグラハムはくたりとしたニールの体を抱き上げた。本日三回目だ。ニールはもがきこそしないものの、しかし納得がいかないと頬を膨らませる。

「おま、おれガキ扱いしてだろぉ」
「いいや。泥酔する子供などどこにもいない姫」
「ぜってしてる」
「していないと言った」
「としうえだからってぇ…」
「年上が好みなのだろう姫は」
「わるいかぁー…」
「悪い訳がない。運命を感じているとも」
「どせ、……あま……」

お喋りな割に限界が近かったのか、ニールは次第にフェードアウトしていく。寝室まで数歩の移動の間で既にうつらうつらし始めていた。ベッドに下ろした頃にはもうほとんど瞼が降りていて、しかし眠りのふちでぎゅっとグラハムの袖を掴む。

「………ぐらはむ……」
「何かな」
「…………」

何か言いたげに口を開け、しかしグラハムには勝てても睡魔には勝てないのか、そのまますうっと寝入ってしまった。
いつにもまして天真爛漫な彼女に、だがいい体験をしたとグラハムはひとり笑い、おやすみのキスを落とした。



朝を迎えた時にはベッドはすっかり酒臭くなっていた。
目覚めたその根源は決して爽やかとは言えない環境に思い切り眉間にしわを寄せ、朝の光に目を眇める。それはおそらく本人が思っている以上に怖い顔だったが、恋人にベタ惚れでいるグラハムは微塵も気にしていなかった。

「具合は悪くないか姫」
「…………」

いかに彼女が酒臭くてもしっかり腕に抱いていたグラハムは爽やかさの塊のような笑みを浮かべる。そのあまりの爽やかさは周囲に波及して染め上げんという勢いだったが、生憎対グラハムの素っ気ないシールドを持つニールには無情に跳ね返されるだけだった。
しかめ面のままニールは無言でグラハムを見る。そして次の瞬間、ぼっすりと毛布の中に引っ込んだ。さながら運悪く人間と接触した野生動物を思わせる態度に、つれないものだとグラハムは苦笑する。くるまった毛布の上から形のいい彼女の頭に触れた。

「ニール」
「…………」
「まだ酔っているのか姫」
「……るせ」

くぐもりもごもごとした声が中から聞こえてくる。どんな顔をしているのだろうと捲り上げて覗いてみたい気もしたが、あまり生態を荒らすのも良くないと考えやめた。どのみち酸欠になって浮上してくる。じっと好きなようにさせていると、ニールはもぞもぞ動いたかと思えば、きゅっとグラハムの胸元を握った。
昨夜のまま、甘えるように。
延長戦だろうかとグラハムは小さく笑って話を合わせる。

「何故それほどになるまで飲んでいたのだ」
「…………」
「私の遅延が原因か?ならば君の目を見て謝りたい」
「…………それくらい、怒んねーよ。仕事だろ」

その物分かりの良さは時々切ないくらいだが、本心であることに間違いはないようなのでではと言葉を促す。

「一人で理由もなく酒に溺れる君ではあるまい」
「…………」

言うつもりはないのか、いくら待っても毛布の中から返ってくるのは沈黙だけだった。
普段は明朗な気質だがその実それを裏切るほど繊細な生きものである彼女に、グラハムも無理に言わせるつもりはない。寛容の空気を出し、滑らかな毛布の肌触りを感じつつニールの頭を撫でる。彼女が何を思っていてもこうして黙って触れさせてくれるなら、それだけで満足だった。

「もう少し眠ろうか姫」

そう宥めるように囁いてグラハムは毛布ごとニールの体を抱く。
すると窮屈そうに身じろいだニールは突然ぼふりとアザラシのごとく顔を出した。
グラハムが瞬く間もなく柔らかな唇を重ねる。
触れては離れるキスを二度。
三度目はグラハムから返した。受け身でばかりいられない。

「ニール」

華奢な肩を掴み、ようやく現れたニールの瞳を覗き込む。するとニールは言葉を遮るように今度は指先をグラハムの唇に当てた。少し、冷たい。

「グラハム」

澄んだ青の瞳に朝の光を宿し、長い睫毛を震わせて瞬きを繰り返す。

「まだ酔ってる、おれ」
「……ああ」

見つめるグラハムの乾いた唇をゆるゆると撫でた。

「……酔ってるなら抱けないか?」

いつもの、自分が愛するニールだった。
グラハムは肩を掴む手に力を込め顔を寄せる。淡い色をしたニールの唇に自らのそれを強く押し付けた。

「ん…っ、」

柔らかな唇を割り開いて舌を差し入れ、ニールの舌を絡め取る。そのまま彼女の肩を押しベッドに体を張り付けた。覆い被さって逃げ場を奪うと唾液を交わえ唇を吸う。

「……ん、ぅ、ふ…っ、は、」

激しい口付けに戸惑いながらも応えるニールの口内には、酒のにおいがまだ強かに残っていた。唇も舌も苦味が残るばかりでどこも甘くない。存分に蹂躙しゆっくりと舌を引き抜くと、グラハムは唾液の零れたニールの口元を指で拭った。

「やはり飲み過ぎだ姫」

口付けだけで頬を紅潮させ瞳を潤ませたニールの姿は昨夜の彼女を彷彿とさせる。その愛らしさにまた一つ軽く唇を落とすと、グラハムは詰めた距離のまま手のひらでその頬を包んだ。

「姫の吐息で私も酔ってしまった」

きょとんと見上げるニールに甘く笑みを返し、顔に掛かる長い前髪を寄せてやる。美しい顔立ちが何の翳りもなく、自分だけのものになるように。

「……そーとー、弱いぜ、それ」
「そうだな、とても姫のようにはいかない」

額に、頬に、唇を落とす。そして左手でゆっくりとニールの体の線を撫で、その柔らかな胸に触れた。ひくりと震えたニールに秘め事でも教えるように囁く。

「酔ってしまっては日頃の信条も反故になろう」

「酒の力を借り」た男は悪戯っぽく、しかし緑の瞳に熱を灯し始めて笑う。それを見たニールは揺るがしていた瞳をとろりと安定させ、目を細めて緩く口角を上げた。やっと笑った。

「……さいていだな」
「好きに言えばいい」

笑みを愛でるようにもう一度唇を重ねる。ゆっくりとニールの上体を撫で胸を揉みながらしばし呼吸を共有すると、濡れた唇を首筋へ滑らせた。
優しいなお前、と小さく零れた声は聞かなかったことにした。





「ぁ、……んっ、あ…っ!」

艶やかな嬌声と水音が室内に響く。
一糸纏わぬ姿となったニールは、開かされた足の間を滑る感触にふるりと身を震わせた。
濡れた花弁を舌が這う度、痺れるような快感が体を走る。とろとろと零れ滴る愛液はいつしかシーツまで濡らし、止まることを知らない。与えた刺激一つ一つに反応を返してくれるニールは愛おしく、仕草一つ一つで無自覚に男を煽る。熟れゆく花芯を舌先でつつくと首を振って喘ぎ声を上げた。

「ひぁ、ぁん!、ゃ、あっ、ああ!」

くちゅくちゅと響く音にまで感じ入ったかのように悶え、やり場のない腕がシーツに波を作っては消す。絹のような肌に片手を滑らせなだらかな胸に触れると、グラハムは固く立ち上がった乳首をきゅっと摘み上げた。
冬の朝、凛とした空気の中で体を暴く行為はひどい背徳感と、或いは罪ともされかねない程の甘美を同時にもたらす。雪のように白いニールの肌は降り注ぐ光に透け、尚更美しく輝く。そのあまりの美しさはただ横たわっていただけならば触れることも恐れたのでははいかとすら思う程。しかし清廉としていた彼女の体は今、グラハムの手によって淫らな色を滲ませ、全てグラハムの手中にあった。
押さえた腿に唇を当て思うままに吸うと、白磁の肌にぱっと紅の華が咲く。その瞬間身を襲う充足感と自己顕示の恍惚はひどい。

「は、あっ、ぁ、ん…っ」
「ニール」

身を起こし、柔肌を撫でるだけでニールは熱い吐息を零す。愛撫の手を止めぬままゆっくりと隣に横たわると、快楽にぎゅっと閉じていた瞼が上がり、青い瞳がグラハムを仰いだ。一筋の涙をこめかみへ伝わせながら、清艶で凄艶な光を灯した瞳が真っ直ぐに射抜く。その瞬間その青の中に体ごと吸い込まれ、取り込まれるかのような錯覚を覚え、グラハムは虜にされているとつくづく思った。いや、そもそも虜という文字には男が絡め取られているのだからこれは定めか。

「ぁ、は、っ、……グラハム、」

ゆるゆると体の線を撫でるグラハムの腕に、おもむろにニールは自らの手を伸ばし、触れた。それは制止を促すものではなくただ触れていたいという望みからくるもので、そっと沿わせると落ち着いたように力を抜く。肌が触れ合うだけで心地が良いということを互いに巡り合うまで知らなかった。

「んっ…、ふぁ、……あ、」

足を絡ませて触れ合い、グラハムは快楽に零れるニールの涙を唇で掬った。
は、とニールが濡れた息を発する度、点々と赤を散らせた胸が上下する。それは夜空の元、グラハムの腕の中で白い息を零した時よりずっと確かで、またこうして自分のしたことが彼女に更に呼吸を促しているのだと思えば、どうしようもない安堵と幸福感に包まれた。いっそ彼女の生存に自分の存在は不可欠だというような気すらして、いつまでも共にいて彼女の存在を支配していたいとまで思う。或いは逆に、自分は彼女の中に己の存在理由を探し、こうして彼女に作用を及ぼすことで彼女を通して自分の存在を証明しているのかもしれない。そう思うほどグラハムはニールを離せなくなっていた。
そっとニールの片足を持ち上げ寄り添う己の体に掛けさせると、ぼんやりとたゆたっていたニールの意識が再び期待と緊張に満ちたものに変わる。
安心させるようにそっと内腿を撫でると、グラハムは小さな音と共にニールの中へ指を差し入れた。

「あっ!、ぁあ!、んぅっ、あ、っ!」

受け入れた途端起きた求めるような締め付けはそれだけでグラハムを喜ばせる。
ゆるゆると内側をなぞり知った箇所を押せば、ニールは肩を浮かせて身を捩り栗色の髪を枕に散らした。くちゅくちゅと音を立ててかき混ぜる度、しとどに濡れた膣内から押し出されるようにして愛液が零れる。

「ゃ、あ!、や、あぁっ!、」
「嬉しいよ姫」

グラハムはもう片手でニールの髪を寄せると紅潮した頬にそっと口付け、そのまま唇に触れるだけのキスを繰り返した。悩ましげに眉を寄せるニールは寄り辺を求めるように金の髪に手を差し入れる。身を寄せ合ってごく近くで聞こえる息遣いは、荒いながらもどこか安堵の息にも似ていた。
やがて店で、と吐息の合間に発せられた細い声に、グラハムは青の瞳を覗き込む。

「ずっと、っ、家族のこと、考えてた」

恍惚の彼方にさ迷わせていた瞳を現実に引き戻し、ニールは言葉を紡ぐ。やはり寄り辺を求めるようにグラハムに触れながら。

「昔のこととか、ライルが、何してるか、とか…っ、!」

同じ体を持って生まれ心をすれ違いさせた存在がニールにはいる。いくら心を飛ばしてもおれの存在が苦痛なんだと長年会いに行かないままの。
聞きながらグラハムはそっと二本目の指を差し入れた。

「んっ…!、ひぁ、あ…っ」
「心が狭いと言われても、こういう時に私以外の名を出されると嫉妬してしまうな」
「ぁあ!、ん、ん、あっ!、」

びくびくと顎を上げたニールは身を捩って咄嗟にグラハムにしがみつく。体内を暴く指先に理性を飛ばされかけ、翻弄されながら、しかし探る手付きが至極優しいことはわかっていた。
首筋を辿る唇の感触を感じながら、どれだけこの男に救われ、甘えることを許されているのだろうと思う。
ありのままの言葉から何気ない触れ方一つから、この男に愛されていると、多少傲慢にでも感じる。いや或いはこいつのことだから、もっと傲慢になってもいいだとか言うのだろうか。
足の間をまさぐるのとは別の手がニールの背中を回り、震える肩を抱く。
昨日の夜もそうだった。

「っ、でもっ、さ、」

すぐ近くにあるグラハムの顔を見上げる。相変わらず現実感のないほど端正な顔だったが、彼は、こうして触れ合っている彼は紛れもない現実で、紛れもなくここにいる。
しがみついていた手を回し、ニールはグラハムの首に腕を絡めた。そのまま昨夜したように。

「目、開けたらお前がいて、嬉しかった」

ニールに触れ、抱き上げすらしていたグラハムは思い出や想像などと違う。今、ここにいる。生きてここにいる。
情交の色香を纏いながらニールはひどく柔和に笑った。
ようやく全てに合点がいったグラハムは肩を抱く腕の力をぐっと強める。

「つれないな、姫は私を見るまで私を忘れていたと言うのか」
「ん、ちがうって、意地悪だな」
「姫に言われたくはない」

ささやかな意趣返しを一つして笑い、唇を合わせると、求められるまま探る指を深めた。
グラハムの肩に額を当て再び艶めかしい嬌声を零し始めたニールの腕は、やがて抱き付くそれから縋りつく強さへと変わる。
組み敷かれ、解かれた膣に男を受け入れた時には、その背に強かに爪を立てていた。

「ん…っ!、ふ、ぁ、あ、」

ゆっくりと質量を持って己を満たしていく熱に体が震える。あまりの快楽に引きそうになる腰をグラハムは加減した強さで押さえ、やがて全てを収めるとそのことをニールの耳元で囁いた。
直接己の内側で感じる男の存在はニールの心の奥まで満たす。失ったものを取り戻すように、虚無を埋め、渇きを潤す。
ぎゅっと強くグラハムの背を抱くとどちらからともなく唇を重ねた。 相変わらずニールの口内には酒のにおいが残っていたが、苦味ももう二人を煽る材料にしかならない。深く深く舌を絡めて探り、更に熱を共有する。
呼吸の限界まで求め合い離れれば、真っ直ぐ自分を射抜く瞳にかち合った。鮮やかな虹彩に縁取られた中央には自分しか映っていない。そしてそこに欲情をありありと滲ませているのはきっと、自分も同じだ。
唇を瞳を呼吸を重ね、体の動きを重ねていく。

「はぁ…っ、ん、あっ!、あ、」

律動に意識をさらわれてゆきながらいつしかニールの肌は紅色に染まり上がっていた。何もかもが熱く、体も心も思考も浮かされていく。
打ち付ける度響く水音や肌のぶつかる音にまでニールは快感を拾い、覆い被さったグラハムの、肌を掠める息遣いにすら身を震わせる。相変わらず敏感な体だとグラハムは小さく笑い、しなるその背の下に腕を通した。

「ん、あぁっ、んっ、ぁ、あ!」

見る間に乱れていくニールに愛おしさを募らせ、律動を止めぬまま、グラハムは一息にその身を抱き起こした。
突然浮いた体に、しかしニールは驚く間もなく悲鳴のような嬌声を上げる。深々と最奥に突き刺さった熱の塊に強過ぎる快楽が襲った。

「あぁっ!、ひぁ、ああっ、あっ!」

しなだれかかるニールの重さを心地良く感じながらグラハムは細腰を掴み、音を立てて揺する。立ち上がった乳頭を口に含むとニールは仰け反って喘ぎ、無意識に中を締め付けた。煽り合いだった。 擦れ合う内側が、触れ合う肌が、全てが苦しいくらい気持ち良い。

「ニール、」
「あ、ぁんっ、んん!、っ、グ、ラハムっ、」

強烈な快楽を感じながら何度も何度も唇を重ねた。
ただ互いに全身で与え合い、応え合い、存在を感じ、確かめ合う。それだけでひどく幸せで、それ以上の幸せはなかった。
絶頂に向かっていく意識の中、我を忘れかけても、互いの存在が互いを認識させてくれる。ここにいる。グラハムが。ニールが。

「はぁっ、あ!、んんっ、あっ、あぁっ!」
「ニール、っ、」
「ん、ふ、ぁっ、あっ、グ、ラハム…っ、グラハム、ーーーっ、」

熱い奔流が駆け巡る瞬間、ニールの腕が強く強くグラハムを抱き締める。グラハムもそれ以上に強くニールを抱きとめ、そのまま、いつまでも離さなかった。
触れ合う温もりの彼方に目映い陶酔境を見る。







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