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「もしもさ」

レースカーテン越しに入る日の光を顔の半分に受け、ケーキをつつきながらニールは口を開いた。
真っ白のクリームでコーティングされたケーキは、昨日ニールが男友達(しかも8つ下)と少しお茶をしたことにグラハムが嫉妬し、ちょっとした喧嘩をしたことへのグラハムからの仲直りの献上品だ。
フォークを入れた所から皿に流れるベリーソースを、静かにニールは見つめる。

「もしお前が浮気かなんかしたらおれ、どうしようかな」

テーブルに向き合って座り、ニールから下賜されたビターチョコのケーキに手をつけかねていたグラハムは、その声に弾かれるように顔を上げた。
手をつけかねていたのは、甘いものが苦手だからというわけではなく、本来こちらの方がニールの気に入りだったはずだからだ。好物をこちらに寄越してきた意図がわからず思考を巡らしていたグラハムだが、それを一時破棄してニールを見つめる。

「私が姫以外に興味のあるはずがないだろう」
「もしもの話だってば」

もしも、と再度強調して言う。
存外に幼く見えて可愛らしい。

「もし、おれだったら」
「しかし例え仮定でも」
「聞けよ」

むっとした眼差しが訴える。

「……ああ、」

大人しく聞く素振りを見せると三歳年下の彼女は少し笑って、伏し目がちにカップの中を覗いた。珍しく選んだコーヒーにケーキのクリームを入れ、くるくるとフォークでかき混ぜる。

「そうだな、……今までお前のために剥いたジャガイモ」
「……ジャガイモ?」

うん、とニールは頷く。
ぱちぱちと瞬くグラハムを前に平然とコーヒーを啜った。

……ジャガイモ。

聞き間違いではない。
しかしまったく予期していなかった単語に、珍しくグラハムが戸惑う。

「……ジャガイモで殴る、とでも?」
「やだもったいない」

もったいないのか。

「……では?」
「剥いたジャガイモの、」

桜色の唇が一言一言明確に言葉を紡ぐ。ゆったりとケーキを掬いながら。

「あれの芽と皮全部お前に食わせよっかな」

朗々と、そう宣言した。
どこか楽しそうに。
そしてふわりとケーキを口に運ぶと小さくむぐむぐ咀嚼する。

「……それで?」
「ソラニンは200ミリグラムくらいで中毒になれるらしいぜ」

知ってるか?、とニールは小首を傾げる。その様子もまたひどく可愛らしいのだが、グラハムは突拍子もない話の理解に思考を向けた。

「……ソラニン、とは、ジャガイモの毒成分だったか」
「当たり」

そう。だからジャガイモは他の野菜よりしつこく、芽と皮を向けと言われる。
そんなソラニンが200ミリグラム、と言われても到底イメージなど湧かないが、とにかく山盛りの芽と皮なのだろう。

「200ミリグラム、うちの消費量なら簡単だと思う」

と、いつだったか皮剥きは苦手だが包丁の刃元で芽を取るのは好きだと言っていた彼女は、想像もつかないものに見当をつけた。
確かに我が家はジャガイモの消費が激しい。
何と言っても週に3日はグラハムの好物であるマッシュポテトが出てくる(調理が簡単という理由も含め)。
しかし愛する彼女の料理に飽きなどこないし、また、目分量で調味料を投入する彼女の味は毎回違うので(余談だが時々失敗している)グラハムが不満に思ったことは一度もない。
マッシュポテト三昧は彼女の愛以外の何物でもないのだ。
そしてその日々蓄積した愛で、彼女は復讐しようという。

「決めた、その時はお前をソラニン中毒にしよう」

さっくりと苺にフォークを刺して、ニールはグラハムを見上げた。

「浮気したら、食事に気を付けてな」

そして少し笑った。

「おれも一緒に食べるから騙されるぜきっと」

綺麗に笑った。
手元のチョコレートケーキの光沢が眩しかった。

……もしもの時は。

彼女が剥いたジャガイモに。わざわざ私の為に剥いてくれたジャガイモに。
そんな。

なんて愛に溢れた―――


「毒だと知っても知らなくても食べるさ、いくらでも」

口元に笑みが滲み出てしまいそうだと思いながらグラハムは真摯に答える。
フォークをくわえた彼女はん、と返して少し微笑んだ。

「本当だな」
「ああ」
「本気だからな」
「熟知したとも」

そもそも実行に移させる日は絶対に来ないのだ。

「愛しているよ姫」

さっと赤くなった彼女を前に、チョコレートケーキに手をつけた。





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