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星を見に行ったんだ。

煌々と光る町を抜けて、真っ暗な草むらを二人で歩いた。繋いだ手だけを道しるべにして。
夏になる前の中途半端な時期だったから、辺りはほんとに静かで何もなくて星だけがあって、まるで二人きりだった。だからおれは言ったんだ。

違う星に来たみたいだ、って。

そしたらあいつは言ったんだ。

違う星に行かないか?、って。

根っからそういうどうしようもない話が好きなおれは、笑ってその話に乗った。

違う星に行かないか?

―――いいね、

面白そうだ、って。

そしたら、あいつはおれの手をいっそう強くぎゅっと握った。



お前と二人で違う星、……どこにする?



そうだな、どこがいいだろう



水金地火木土天海?



太陽系でなくていいさ

名前がなくてもいい



じゃあ

小さな星にしよう

小さな星



ああ

そうしよう




草むらを少し歩いて、開けた所で立ち止まった。彼がこちらを向く。




とりあえず天体観測は、この辺りでいいかな




おれはうん、と頷いた。




どこでもいいよ




そうして二人して寝転んだ。頬の辺りに触れた草を、くすぐったく笑った。
それから互いに見つめ合って、せーので星空を見上げた。
満天の星空。
二人きり。
星空と二人。
それだけの世界。

違う星に来たみたいだ

おれは言った。

違う星に行かないか

あいつは言った。
二人してくすくす笑った。




どの星にしよう



星なら無限にあるさ




何もないていない夜はひどく静かだった。




……限られても大変だけど

いっぱいあっても、困るな



そういうものさ



……そうだ

お前、星座の見方わかる?



星座か、

北極星や北斗七星くらいなら

方角を知る頼りになるだろう



うわ、なんか軍人っぽい



失礼




二人して笑った。風がふわりと頬を撫でた。




君はわかるのか?



ちょっとならわかる




すい、とおれは左手の人差し指を天に向けた。
おもむろに、一つの星を指差す。




あれが乙女座

お前の好きな




すぅっと星を辿って乙女座を描いて、あいつの顔を見た。
感心したようにあいつは碧の目に星を映していた。




初めて知ったよ




くすくす笑う。そしたらあいつも柔らかく笑っておれを見た。
おれは指先で夜空をたどる。




あれがカシオペア

聞いたことあるだろ



ああ、



そして、あの星をあの星とあの星と、こう繋いで

春の大三角形



春にもあったのか、三角形は



知らなかった?



ああ



まぁ、夏に比べれば有名じゃないよな



あと他の星はどうなんだい



ん、

あれが小熊座

大熊座

あと、

あの明るい星わかるか



ああ



あれが木星

ガリレイ衛星はイオ、ガニメデ、エウロパ、カリスト

視力がよかったらそれも見えるって

あれが火星

そして、あれが月



月はさすがにわかる



冗談だよ

あとはわかんない



腕を下ろした。



……これほど多くの星があるのに、よく君は見つけられるな



見つけるのは慣れれば案外簡単だよ

目立つ星を探せばいい

乙女座なら、スピカとか



スピカ、



そ、乙女座の一番明るい星

あれ



……なるほど、



わかれば簡単だろ?



君が指差してくれるなら、そうだな

君が示さないと、私は一度目を閉じただけで見失ってしまいそうだ




あいつは一度すっと目を閉じて手を強く握って、それからまたゆっくりと目を開けた。



ほら、見失ってしまった



早いよ、お前




おれは笑った。
あいつは肩を竦めた。




私がそうして見失いかねない星を君は即座に見つけ、捉え続けてみせるのだ

やはり私は君には及ばない




目が合う。
おれはいたずらっぽく見つめ返した。




……だって、

スナイパーだし、おれ

捕捉するの得意



そうだった

専門には敵わないな




ふふ、と笑った。




私にそのような真似はできないが

しかし、たくさんの中から特定の一つを見つける感覚はわかるかもしれない



どんなこと?



私は

60億人以上から

君を見付けた

灰色だった町に君が光って見えたよ



………………

……たいした目だな



そうでなくてはパイロットは勤まらない




ふ、とあいつは笑った。堪らなく好きだと思った。




……じゃあ、おれは60億人以上から

わざわざこんな変な人間見付けちまったわけだ



そういうことだな



……とんでもないな、つくづく



つくづく、すごい確率だろう?

私はひどく君との出会いに運命というものを感じられずにはいられない




星が瞬いた。




出会いとはまるで不思議なものだ



……うん




おれは無数の星を見る。この中で、今隣の男が見つめている星はどれだろうと思った。遠くの星を思う隣のあいつを思った。一緒に同じ星を見られたら、と。




いくつもの運命的な出会いが、この宇宙には転がっているのだろう



……な、

宇宙人っていると思う、お前



……さぁ?しかし「人」とは限らないだろう



ああ、未知の生命体ってやつ?



君はいると思うかい?



んー……、まぁ、何が起きても不思議じゃない、かなこの世界は



料簡が広いな君は



世界に不変がないって知ってるだけだよ




世界の隅からおれ達は星を見上げる。宇宙の塵にも満たない小さな場所でおれ達は星を見上げる。




いろんな星があるけど

あの星じゃ

地球は何座になってるんだろうな

きれいな星座ならいいな



そうだな




ぎゅっと手を握った。お互いを確かめ合うように。




小さいな

我々は小さい



うん

地球も

小さかった




ひたすら強く手を握った。広い宇宙で迷子にならないように。
いつの間にか背中や頬の草の感触は消えていた。




行く星は決めたかい?



まだ




星空を見る。
長い長い歴史で、人間が戦場にしたそらを見る。




……違う星に行ったら、お前はもうエースパイロットじゃないね



そうだな



いいの?



それこそ私は、単なる空を飛ぶ術を持った生き物になれる

それに

君と一緒ならいい



……そっか




星空を仰ぐ。
長い長い歴史で、人間が夢を馳せたそらを仰ぐ。




ここで積み重ねたもの全部、なくなっちゃうな



君と育んだものだけはなくならない

君と育んだものだけがあるなら、それでいい

私は空を飛ぶ術と君だけを持つ

十分だ



目を細めてあいつは笑った。




地位も肩書きもなくなって

ちっぽけなただの人間になろう

ただの人間になって生きよう

二人きりで




もう一度手を繋いだ。お互い職業柄握力だけは強いから、ぎゅっとしっかりと。星空の中に離れ離れにならないように。
左手右手、利き手同士で繋いだ。
こうやって手を繋ぐのが好きだった。
利き手を塞げば、字を書く術も、スプーンを動かす術も、銃を持つ術も、なくしてしまうから。
ただ言葉だけで会話することにかかりきりにできた。




私たちは

どこにでもいける



……うん

どこまでもいける

だってそらを飛べるんだ



ああ、そうだ

違う星に行こう

これは

愛の逃避行ならぬ逃飛行だ



……ロマンチストめ

ただの駆け落ちだ




くすくす笑った。




違う星で、ちっぽけに生きよう

おれ達はただの地球人

ただの空飛ぶ人

火星を過ぎて木星も過ぎて

二人きり











幸せだな
















幸せ過ぎて、叶えられないよ


















こうして馬鹿みたいな夢をずっと語っていられるのは

おれ達の長所だな


お前がロマンチストで、おれは幸運だよ




……私は、



言わないで

それ以上言わないでくれ

帰れなくなる




握る手の指を絡めた。
一生この手が離れなければいいのにと思う。
利き手を繋いだまま、彼の右手と自分の左手と、お互い使い慣れない手を使って助け合って生きていけたらいいのにと。

叶わないことを、願ってみる。





全部捨てられたら、軽々と飛べるのに

お前とどこにでも行けるのに

捨てられないよ

捨てられないんだ





放り出しては、いけない






きっとさ、

星がなければ

誰も宇宙に行かなかった

きっと、

誰かといなきゃ

夢を見なかった

そして

乙女座とか、星に名前付けた人は

人が宇宙で死ぬなんて思わなかっただろうな



























夢の対価は
























あきゅろす。
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