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ガラ、と開けた冷凍庫は、冷凍食品やら余した食材やらで混雑している。性格が現れたその中からおれは丸い箱を引っ張り出し、腿で冷凍庫を押し閉めた。それから洗いっぱなしのスプーンを無造作に掴んで、ひたひたと裸足で部屋に向かう。
おれは上機嫌に丸い箱の蓋をはがして、スプーンをくるりと中へ滑らせた。そして。

「ん!」

ずい、と差し出したのはスプーンいっぱいのアイスクリーム。
バニラの真っ白な山を宙にかざす。開け放した窓から入り込む夜風がさらりと頬を撫でた。

「……なんだ」

そのスプーンの中心線の先、床に座る彼は上目遣いにおれを見上げる。
背をベッドの側面に預けて座る彼の手には、適当に開かれた雑誌があった。おれがその辺に投げていた、雑貨の雑誌。彼は活字なら何でも良いらしいから何でも見る。
風呂から上がったばっかりで首にタオルを巻いたおれは、もう一度スプーンを差し出した。

「あげる」

「…………」

彼はスプーンをじいっと見つめる。無表情に、じいっと。
いっそアイスに嫉妬できそうなくらいじいっと見つめる。
そして。
無言のままスプーンの持ち手に手を伸ばした。

「そうじゃねぇよっ」

おれは咄嗟にスプーンを引っ込める。同時に髪から焦ったように水がぽたぽた垂れた。
やれやれ、とおれは小さく一つ溜め息。
彼はおれが転がした女性向けの雑誌でも何でも見るわりに、そういうのが通じない。
否、通じない、というより、彼の中にそんな発想がない。
証拠に褐色の指先は宙に浮いて、琥珀色の瞳はきょとんとおれを見てくる。
……実際、何も言わなくてもわかって欲しかったりするんだけど。そこも彼らしいところだからまぁいい。

「どうすればいい」

わからないことはまず聞く。そんな素直な彼のスタイルはすごく気に入っている。

「くちっ!」

「口?」

「口開けろ」

ほらほらと言うように、おれはスプーンを上下に揺らす。すると彼はぱちぱちと大きめの瞳を瞬かせ。
不思議そうにしながら、くあ、と口を開いた。よし、とばかりにおれの口は笑む。
そこに真っ白のアイスを丁寧に押し込んだ。
あぐ、と口を閉じて、彼はやっと意図を理解したらしい。スプーンの柄を考えるように見ながらもごもご舌を動かす。同時におれを満たした幸福感。

―――かわいい。

純粋に、かわいい。

それはもう猫かなんかみたいに。
あわよくばぎゅっと抱えてみたいくらいに。

スプーンをくわえてアイスを舐めて。眦のやや上がった瞳は伏せ気味で、長めの睫毛がよくわかる。
かわいい。
たくましそうでいて優しげな褐色の肌。
琥珀色の大きな目。
くるりと癖の強くて、整えられていない黒髪。
童顔ってわけじゃないけど、年齢より幼く見える容姿。
襟ぐりの広い黒の長袖だとかは十分大人っぽいし色っぽいのに、やっぱりどこか年下の彼。
かわいい彼。
おれはこいつを甘やかすのが趣味。
ちょっとして彼は、ん、と舌でスプーンを押し出す。
赤い舌はぺろ、と唇を舐めて帰っていった。

「おいしい?」

「……甘い」

「当たり前だっての」

おれは笑いながらスプーンをアイスクリームに突き刺して、溶け始めたそれをぐるぐるかき混ぜる。
もったりと、でも簡単にアイスはローリング。それに合わせて、溶け具合で少し色の違う白がマーブリング。
バニラの見た目は宇宙の白黒を逆転したようだ。白いバニラに点々とある、無数の黒いバニラビーンズ。白い宇宙に黒い星。
スプーンに合わせて、星の移動よろしくバニラビーンズが動く。なんて幻想的。

「もっかい」

今度は素直に口が開けられるんだ。なんて物分かりの良い奴。
どーぞ、と言って宇宙を一すくい。
あも、と口を動かす彼は来るもの拒まず。
スプーンから伝わる微かな振動は、ずっと心まで揺らしそう。

「楽しいのか?」

唇を離すと、淡々と興味だけで刹那は聞く。無表情に見えて彼は興味と好奇心が旺盛だ。

「ん?なんで?」

「にやけている」

ああ、やっぱり。

「うん、楽しいぜ」

にやけを隠すのも手間だからいっそにこりと笑うと、そうか、と彼は納得する。
おれは彼の隣に姿勢をそのまま真似て座った。
風呂上がりの熱気が漂うのも気にせず、彼は雑誌をめくる。
ちらりと覗き見ると丁度食器類のページだった。西洋風のデザインを彼はしげしげと見つめている。
おれはすっとアイスをすくって、何の愛嬌もないスプーンを自分の口に入れた。
冷たい感触が口の中に広がり、気持ちよくておいしい。何となくいつもより甘いと感じるのは、気のせいだろうか。
もったいつけて舌の上で溶かす。

「食べる?」

スプーンを掲げて聞くと彼は何も言わず口を開けた。彼は案外甘い物も好き。
差し出した時これでお互い間接キスだなんて少し不純に思ったりして。
普通に同じスプーンを使う幸せ。
大人しく食べている姿をおれは何も憚らず見つめる。
餌付けしてるみたいだ、なんて。そんなこと思ったら失礼でしょうか?

猫のような人。

彼は自分からデートに誘うタイプじゃないし、何かプレゼントをもらったこともない(それでも言ったら何でも買ってくれる)。電話やメールだってこっちからしない限り0だ。
ふらふらと突然アパートに来て、
「いてもいいか」
そんな風に聞いてさらりと上がり込む。

猫みたいな人。

おれはと言えばこの距離感が気に入っている。
そんな彼がかなり気に入っている。

「そういえば刹那って何味好きなんだ?」

「特にない」

「そっか」

彼の「特にない」は本当に「特にない」だ。彼は嘘をつかないし良い意味で遠慮がない。
今度はチョコミントにしようか。あのクリアブルーは刹那に似合いそう。ああでもちょっとかわいこぶってストロベリーとかもあり。なんて。好みが「特にない」ならなんだって有りってことで。
色んな味を二人で食べてみたい。
色んな反応見てみたい。
そんな風に考えてるおれ。
つまりは彼が好きなんです。
猫みたいな彼が好きなんです。
年下の彼が好きなんです。

「今度は違うの買っておくな」

「ああ」

スプーンを持ち上げると彼は自分から顔を寄せ。
あぐ、と食べた。




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(また少し、もう少し)










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