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グラニル♀:軍人×一般人
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毎週、決まって日曜日の夜、おれの端末には一通のメールが届く。

『金曜日。いつもの場所で。いつもの時間に。』

指定する曜日が毎回異なるだけで最早お決まりとなった簡潔な文面。おれは目を通すなり返信画面にして。

『わかった、行く。』

これもお決まりの文面だ。
おれは変換候補の一番上に待機していた単語を並べて一度指を止める。
もう少し可愛げは出せないのか。
と毎回逡巡するが、結局いつも散々迷って考えあぐねてこのまま送る。
その後すぐに端末をいじってスケジュールを表示し、おれは今週金曜日にしっかりと予定を書き加えた。
記入の目的は、半ば記念に残すためだ。約束を忘れるなんてあり得ないから。
そうして毎週記録された印を見てはどんな話をしたか思い返して、一人そっと微笑む。
金曜日は、買ったばかりの新しい服を着て行こうか、とか。もう成人したのにティーンの少女みたいなことを考えてしまって。
あいつにはそんな気全然無いって、わかってるのに。




* * *





「グラハム、」

金曜日。
いつもの窓際の席に彼はいた。
濃紺のスーツに身を包み、カップに口を付けていた彼はそれを下ろして微笑む。
そんな仕草がいちいち様になっていて、思わずおれは視線を逸らし置かれたカップの方を見た。
黒々とカップを満たしているのはいつもと変わらず、コーヒーだろう。
純粋なブラックコーヒー。

「……いつから来てた?」

探りかねた出だしの言葉は結局いつもと変わらず。

「君の来る直前さ。一口しか飲んでいない」

そう言って少しだけ置いたカップを持ち上げて見せる。
いつもそうだ。
いっつも早く来て、決まった席でおれを待ってる。
それが彼の性格によるもので決して他意はないと知っているのに、どこか―――デートみたい、とか。
思い上がってしまう自分を密かに戒めた。

「何を頼む?」
「……ココア」

最早頭に入ってしまったメニューから普段あまり飲まないそれを選んで、おれは向かいの席に座る。





穏やかに差し込む日差しを受けながら、くるりと一度カップをかき混ぜる。
生クリームの乗ったココアはスプーンに沿って優しい円を描き、ふんわりと香った甘い香りが鼻を、さらには心まで温かくくすぐった。

「今日も飛んできたのだ」

通りの良い声がすぐ近くで聞こえる。
話の出だしはいつもそれだ。おれの挨拶が同じだったように。
おれはカップに向けた視線を上げてグラハムを見る。
次に言うのはきっと、

『「完璧な空だった」』

内心で読んだタイミングとばっちり重なって、一人ちょっとした満足感を得た。

「吹けも良くて、いつもより高度を上げてね」
「よかったな」
「いつまでも飛んでいたかったというものだ」

本人は不本意だろうが、年齢より幼く見えるその顔をそんなに輝かせていたらそれこそ子供のようで。
おれは思わずくすりと笑う。
そんな子供っぽい顔を見れて嬉しい気持ちと共に。
彼のそんな顔見たさに、おれはこっそり毎日毎晩晴れることを祈っていたりする。

「それにしても、やはりフラッグは素晴らしい機体だ」
「出た」

おれはわざとからかうように肩を竦めて笑う。
いつものことだ。
第二の話の切り出しは彼の話したいことの始まり、つまり本題の始まりである。
本題はいつも決まってた。

MSの話。

機密を破らない程度、それでも親しい様子で彼はいつもMSの話をしてくれる。
言ってしまえばMSの話と天気の話以外の会話はろくに彼としたことがない。ついでに言うと、話題の限定に伴うような形で彼とは喫茶店以外で会うことがなかった。
出会いがまず、この喫茶店であったし。





* * *





彼と出会ったのは半年ほど前だった。
たまたま混んだ時間帯に居合わせて、申し訳なさそうな店員の指示に従って相席になったのがこの男。
コーヒー片手に何やら熱心に雑誌に目を通す派手な金髪の男。
おれの相席を店員が断っても、ああ、とどこか生返事で顔を上げもしなかった。
まぁ、関係のない人間だからどう答えようと構いはしなかくて、むしろおれも男の存在自体気に止めないで席に着いた。他人とはそういうものだ。
おれはお気に入りのレモンティーを注文し、午後の日だまりの穏やかさを享受して独特の倦怠感を感じながらぼうっとしていた。
そうしている内に初めは気にならなかった、男が見ている雑誌にふと目が止まり。
見ちゃいけないと思いつつ、雑誌に載っていた大判の写真につい興味を惹かれてしまった。
澄んだ青空を駆ける、綺麗な編隊を組んだ機影を写した写真。
MSの特集が組まれた記事だった。
大学で少しそっち方面をかじっていたおれには興味深くて。
つい。

「何て雑誌ですか、それ?」

それが第一声だったとはっきり記憶している。
話かけられたことに驚いたのか、その問いに驚いたのか、はたまた女がそれに興味を抱いたことに驚いたのか。顔を上げた男はやや目を見張るようにおれを見た。
瞬間、そのあまりに端正な顔におれも驚いたのだが。

「……気になるのかい」

それこそ容姿に負けない堂々とした声で男は答える。
はっとなっておれは内心慌てた。

「すみません、いきなり」
「いや」

取り繕うように苦笑を浮かべるがそれも不完全で、もういっそ視線を落とそうとすると。
さっと無駄のない動作で、その雑誌が目の前に差し出される。

「生憎あげることは出来ないのだが、貸すことは出来る」
「え、」
「持って行きたまえ」
「でも、」

迷惑じゃ、と首を横に振るおれに男は半ば強引に差し出すものだから、おれはとうとう受け取った。

「……いつまでに、」
「はっきりと約束は出来ない。失礼だが、連絡先を教えてくれないか」
「連絡先、ですか」
「怪しい者ではないさ。私は、」

少しだけ声のボリュームを落とし男は続ける。

「軍人だ」
「は、」

そんな顔で、という失礼極まりない言葉は咄嗟に飲み込んだ。だが、おれみたいな反応には慣れているのか、男は肩を竦めてわずかに笑う。

「驚いたかい」
「……そりゃ、」

軍人がこんなところに、と次に思ったのはそんなことだが考えてみればユニオン空軍基地が近い。
それで、とおれはひとりごちて受け取ったばかりの雑誌の表紙をまじまじと見た。
表紙になっている黒い機影は、紛れもなく現在最新鋭機の―――フラッグ。

「……もしかして、パイロット、ですか?」
「ああ、そうだ」

パイロット。
自ら翼を操り空を飛ぶ人間。
パイロットというだけで、彼がその辺の人間とは違うように思えた。

「機密上詳しくは言えんが、私の名は」

その時男が発した言葉の音の高さ、響き、発音、間、何もかもをおれはずっと覚えている。

「グラハム・エーカー」

真摯におれを見て、グラハムは言った。
すうっとその名が新鮮なみずみずしさを持って心にしみていく。

「君は」
「……ニール・ディランディ」

中途半端な間を開けておれは答えた。

「なるほど。ミス・ディランディ」
「ニールで良い。好きじゃないんだその呼び方」

彼の生真面目で丁寧な言い方に思わず笑う。

「では、ニール」

ああ、良い声だ。
少し場違いにそう思った。

「空とMSは好きかい」

斜に日差しを受けて笑った彼は、まるで映画のワンシーンのようだった。






* * *





それからその雑誌を返してから感想を話したのを皮切りに、彼とは度々待ち合わせてMSの話をすることになる。
最初は大学時代の知識を総動員して、でもそのうち話を合わせようと勉強したのは内緒。


合縁奇縁と言うかなんというか。
少し奇妙で不思議な関係だ。


元々男勝りな自分の気質もあるが、こうして男女でカフェにいても甘い話なんて程遠くて本当に、MSの話ばかりして。

「最近は量産も進んでいてね」

ああそれニュースでやってたな、と頭の中で記憶を巻き戻す。

「将来的にリアルドと入れ替わるんだろ」
「そうだ」

満足げにグラハムは頷く。
そしてまた明朗な語り口で止めどもなく話出すから、おれは時々相づちを打って、笑って。たまに頬杖をついては手を交代してまた下ろして。時々窓の外に向けられる視線を倣って追いかけて空を見て。

「わかったって」

少し呆れたように笑ってみせる。本当に呆れたりなんてしないけど。
そんなくだりを繰り返して帰路に着くのが常だ。
それ以外それ以上何もない。
話すだけ話すだけ。

「だが私としては、」
「うん、」

ああ、でも。
変な関係を続けていく度。
そうやってまっすぐ見つめられると嬉しくて恥ずかしくなって。
おれだけにこうして話してくれることが嬉しくなって。

「ニール、」
「聞いてるって」





いつの間にか、おれはこいつを好きになっていた。




自覚したのは結構前だ。
ああでも断じて一目惚れとかじゃない。
こいつの顔が良いのは確かに認めるけど、好きになったのは顔だけじゃなくてそうじゃなくて。
話す度、その人柄を知る度、何度も何度も会う度、彼が話す内容よりまず彼が気になっていっていた。
長い睫毛を思わず見つめていたり、指の動きひとつひとつを目で追いかけていたり。こんな時こんな笑い方して、こんな時少し声が大きくなって、とかわかったりして。話を切り出すタイミングがわかるようになったりして。
こんなにこいつを観察した人間はいないんじゃないかってほど見ていた。それはうぬぼれだし思い上がりだし傲慢だけど。
会う度会う度思いは強くなって強くなって。
普段の生活でもしょっちゅう空を見上げるようになって。
もうはっきり認められる。

おれはグラハムが好きだ。

そして今日もまたおれはグラハムを好きになる。








だけど。










「空とフラッグほど私を魅了するものはない」
「何回言うんだよ」








この恋は、叶わない。









彼が「恋人」とかそんなのを必要としてないんだって、思いが強くなるにつれ、彼を知るにつれ知った。





「間違いなく世界最高峰の機体だと私は確信しているのだ」





彼はMSしか見ていない。


「フラッグは私の情熱すべてを傾ける価値がある」




彼の目にはそれしか映らない。
純粋に彼は空とフラッグに焦がれて、情熱を向けていて、今日も彼の目にはそれ以外映らない。






おれと何度会おうと目的は話すためだけで、仮にこの先何年この関係が続こうときっといつまでも「良い話し相手」止まりなんだ。




これは叶わない恋だ。
自分を悲劇のヒロインとかにしたいわけじゃなくて、ただ事実として。





だいたいMSの話が通じる女なんて女として見るだろうか。
それでなくたって自分は女として魅力がなくて、口調だって男っぽいのに。
恋愛対象に見られる可能性も、自信だってなかった。



だから、いい。




みじめに合理化するなら、自分に魅力がないのも知っているけど、空とMS相手に勝てる人間なんていないだろう?




だから、叶いっこない。





でも、良かった。
そうやって純粋で一途なグラハムが好きだから。
空とフラッグが好きなグラハムが好きだから。
おれのことが好きなグラハムなんて違うグラハムになってしまうかもしれない。
そんなのは嫌だ。
だからこれで良かった。
この関係のままで。
この関係を壊したくない。



温かさを求めるように、ぎゅっとカップを両手で囲んでふと中を覗く。
白と茶色のマーブル。
今のおれも多分きっとこんな感じ。
そう思ってからまたなんか勝手に胸がきゅっとなって、追いやるようにカップに口を付けた。
飲んでしまおう。
そう思って。
けれどあまりの甘ったるさにそれは失敗に終わる。
すっかり生クリームと融合を果たしたココアは胸焼けしそうなほど甘い。
おれは味を噛み締めながら、現実は甘くないとかセンチメンタルに思ってみる。
半ば自棄にだけど。

「美味しいのか?」

妙に苦ったらしい顔をするおれを不思議に思ったのか、ふと机に腕を乗せて聞いてくるグラハム。

「……まぁな」

目線を横にずらしたまま発した声はカップのせいでくぐもって、そんなことまでどこか恥ずかしい。
おれの飲んでいる物に興味を持ってくれる、それだけで嬉しくてどこか恥ずかしいのに尚更。

「前から気になっていたのだが」

そんなこと言われたらますます嬉しくなるだろう。

「…………飲む?」

返すべき返答がわからなくて気まぐれに提案して。
言った後に大胆なことを言ったと気付く。

「いいのか」

律儀に聞き返すグラハム。
もうラッキーと思うしかない。
何でもないように頷いてカップを差し出すおれ。
まるで出会った日に彼が雑誌を差し出したように。
でもごめんなさい、あの時こいつには他意が無かったけど、今のおれには立派に他意がある。
さっきまでのどきどきを更に増やして。

「貰おう」

カップに着けた唇をずっと見つめていたりして。

ああ、間接だ。

ラッキーだ。

「甘いな」

ぺろ、と唇を舐めた彼がひどく幼く見えて、おれは胸の高鳴りを隠すように笑った。

「だろ?」

ああでもその甘さはきっと共有できていないんだ。
返されたカップを受け取る。

「久しぶりに甘いものを口にした」
「そっか」

おれはまた両手でカップを持って。
こっそりグラハムが唇を付けた部分を見てからもう一度口を付けた。
そっとすすって、じわりと舌に広がる味は。
―――さっきより苦い。

やっぱり現実は甘くないんだ。

飲み干すまで、そのカップは多大な時間を要した。












A Bitter Cocoa












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