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※クラライ♀










「キスしろ」


「して」ではなく「しろ」。
勝ち気な口調とかつ真っ直ぐな瞳で見上げるように彼女は言う。
グロスを塗った唇はつやつやと艶めいていて、そこから紡がれた言葉にぐっと従いそうになる。
が。

「………どこだと思って、」

苦い顔をしてクラウスは辺りに視線を逸らした。

真面目な彼がそうなるのも道理で、二人がいるのは賑わうショッピング街の道路上。

道行く人は大勢いる。
その道の片隅でライルは何でもないようにクラウスの襟元をぐい、と掴み迫っていた。

「しろよ」

間近に顔を寄せるライルはひどくいたずらっぽい表情で、明らかに――――誘っている。
意識してやっているのだからそれはもう完璧な動作で、思わず舌打ちしたくなるほど。
ことの発端は煙草を吸おうとしたライルをクラウスがたしなめたことなのだが、取引として冒頭の一言を出され。
相変わらずの奔放ぶりは最早感嘆に値する。
美人の恋人にここまで迫られて、据え膳喰わぬは〜なんて他国の慣用句が脳裏に浮かぶが。

「だめだ」

気まずさに眉を潜めてクラウスが言うと、むっと彼女はその唇を突き出す。

「ふーん」

小さく呟くとライルは不満満載の顔ながら諦めたのかぱっと手を離した。
やれやれと言った様子でクラウスがよれた襟元を直していると、ごそごそとライルは自分の鞄を漁り出す。
見せびらかすように出されたのは、件の煙草。
値上がりに値上がりを重ね吸わない者から見れば贅沢品とも思える一箱をライルは開ける。

「じゃあ煙草吸うし」

そう言って一本、唇に寄せ。
蠱惑的な唇にくわえる様は妙に色っぽくて見蕩れるくらいだが煙草は決して良いものではない。

「ライル、」

火を点けようとする細い手首を咄嗟に掴む。
半ば反射的なその動作は彼女の喫煙を何度も止めた結果、体に染み付いてしまったものだ。
だからライルも驚いた風なくじっとクラウスを見返す。
見つめる視線に構わず、黙ってクラウスは空いた片手で唇の煙草を取り上げた。
くい、といとも簡単に折り曲げると自身のポケットに入れてしまう。投げ捨てないのがクラウスらしい。
一連の動作をライルは黙って見ていた。

「……高いんだぞ」
「だったら吸うな」
「お前がキスしてくれないからじゃん」
「それと何の関係がある」
「……お前のそういうとこ嫌」
「嫌、ってお前……」

困ったように内心クラウスはため息をつく。
こんな風にたまに駄々っ子のようになるのは可愛い所だったり戸惑う所だったり。彼女はいつも奔放だ。
ライルは掴まれていた手を振り切るように下ろし、投げ込むように箱の煙草とライターを鞄に戻した。

「わかった」

口調から「禁煙」を「わかった」のでないと瞬時に察する。

「浮気してもいいんだろ?」
「………え」

察すれど、驚いた。
かつ、と道の中心に爪先を向けクラウスに横顔を見せると、ライルは何やら辺りを見渡す。
呆気にとられるクラウスを尻目に、ライルはおもむろに細い腕を上げた。

「あいつ良いじゃん」

すっと作り物のような手が指差す先。
見たくも考えたくもない。
がっとクラウスはその腕も掴んで無理矢理下ろす。

「ライル」

再びこちらを向かせて、クラウスは自ら顔を近付けた。
彼女はさっきまで真っ直ぐにじっとクラウスを見つめていた瞳を、今度は決まりが悪そうに伏せて唇を噛む。自分から顔を寄せるのは構わないくせに、寄せられるといつも視線を逸らすのだ。
その間近に寄せた不機嫌そうな顔はやっぱり子供のようで、本心で浮気を公言していないことがあからさまである。

「いたずらが過ぎる」

そう囁くと、白い顔がわずかに羞恥に染まった。

ライルは気を引くのがひどく下手だ。

彼女は自分の魅せ方をよく知っているし、あまり言いたくはないが男慣れしている。
けれど、本当にして欲しいことに対して気を引くのが最早可愛いほど不器用だっだ。
わざわざ遠回しに気を引こうとして、正直ではあるが挑戦的な口調でしか言えなくて。
甘えたがりのくせに無理に意地を張る。
証拠にこうして正面から捉えてしまえば途端に口ごもり、もごもごと反抗した。

「……いたずらじゃないし」
「ライル」
「お前に飽きたらすぐ浮気してやるんだ」
「……まったく、」

怒ったような顔を作りながら、クラウスは頬を緩めそうになる。
天の邪鬼な彼女のその言葉は告白をしているのに等しい。
甘えたがりの彼女は、わざとそんなことを口にして。
自分を見てもらうのを望んでいる。

「それは困る」

とうとう抑えきれなくなった頬を誤魔化すように、クラウスはライルの顎を押さえるとぐっと唇を合わせた。
彼女の望み通りに。
場所がどうとか、彼女の可愛らしさにはどうでも良くなってしまう。
これを惚れた弱みと言うのだろう。好きなのだから仕方がない。
少し身じろいで、彼女は大人しく受け止めた。
煙草のせいか一瞬だけその唇は苦い。
ただそれも彼女らしいし、彼女をそのまま表したようで密かに好きだったりする。
薄く開いた唇から半ば強引に舌を差し込み、絡めると驚いたのか彼女は引くような素振りをしたが構わず吸った。
荒い息がこぼれて、彼女がどん、とクラウスを叩いた頃。ゆっくりと唇を離すと彼女は顔を真っ赤にしていた。

「……ちょ、っと、」

ねだっていながらここまでされるとは思っていなかったらしい。

「お前が言ったんだ」

仕返しするようにクラウスはいたずらっぽい笑みを浮かべると、は、と息を吐いた唇をもう一度塞ぐ。
さっきまでとうって変わって、いっそ周りに見せつけてやろうという気すらあった。
浮気してやると言うなら。その前に自分が彼女を独占しているということを、他の人間に証明してやりたい。そんな風に。
再び唇を離したらややつり上がった眦にはうっすら涙が堪っていて、やたらと扇情的で。
そうしてする意図しない表情も卑怯だと思う。

「キス、したぞ」

赤く濡れた唇を人差し指で示すように押してなぞれば。

「………激し過ぎ。いきなり過ぎ。強引過ぎ」

不貞腐れたように並べられた苦情に思わず苦笑が漏れる。

「こういう所が嫌か」

わざと苦笑の隙間に言ってみると。
彼女は真っ赤になったまま視線をふい、と逸らして、小さく唇を動かす。

「………好きだよ」

そう型どる唇も、ひどく魅力的だった。

もう一度キスしても良いだろうか。

囁くとライルは柔らかく笑う。














タイトル元:May'n『キスを頂戴』






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