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頬を、しずくがゆっくりとつたってゆくところだった。夏休み最後の日。
なにかがはじまる日なんだとおもった夏休み最初の日と、まったく変わらぬことをしている。つまりなにもはじまらなかったんだ、ちょっと期待していたのに。違うな、やっぱしてない。こうなるとちゃんと気付いてた。
否。どうせっておもっているから、期待をするんだ。

「きみのことだから」
「何」
「どうせこないとおもってた」

塩素のにおいがする。プールサイドに座っていると暑いっておもわないのはどうしてだろう。夏休み最後の日のプールはすでに夏が終わってしまっているのだと、人気のない市営プールの底にうつる光りの模様を見ながらおもった。

「プールっていうから」
「うん?」
「泳ぐのかとおもってた」

一学期最後の日に申し込まれたのはささやかなデートのお誘い、あるいは果たし合いか。おもしろいものが見れるかもしれないから、と口をついた理由は実際の半分。内に含んだ多大な期待のもとは知れている。

「泳いでも善かったのに」
「まさか、」
「だろうね」

夏休み最後の日というのは、終わりの日である。ひとつの日常に慣れはじめたころにはその日びの終わりがきて、明日は違う日だ。ああ学校にいかなくちゃ。代わり映えのない日常に戻るのはゆううつ。そう、そこから抜け出すきっかけをさがしていた。飛び越すタイミングをはかってた。この関係を。

「ヒバリは泳げねえの?」
「そんなわけ」
「そこで噛むなよ」

市営プールは夕暮れには閉まる。集合は毎日十時、三時には解散だ。
今日はまだ解散していない。コロコロ、とヒバリの押している自転車(!)が鳴いていた。バイクのときは後ろにのせてくれるのに、俺は自転車を持ってない。

「これは皆勤賞」
「皆勤賞?」
「うん。きてくれてありがとう」

ぱちくり。ヒバリがものをくれたのははじめてだ。
プールに誘われたときはすごくすごく驚いたんだ。あとは惰性と捨てきれない期待で毎日通った。プールサイドに服を着たままうずくまっているヒバリの隣に並びに。変なの。

「皆勤賞なんて、ラジオ体操みたいだ」

それはひとりごとらしかった。その証拠にヒバリはいいながら俺のほうを見ず、手にしたアイスをぱくり、とした。別に返事は待たれていないし、ヒバリのいってることもわからなかったから俺もなにもいわなかった。

「今日がはじまりの日だったら夏休みはもっとたのしかったかもしれないのにね」

期待していたのは俺だけじゃない。ヒバリのくれたアイスは、味まではわからなかったけどとにかく冷たかった。今日は夏休み最後の日、明日から新学期。そう、明日からは新しい日びがはじまる。

「また明日、学校で」





07/09/02


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