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ボレアフィリア
Vorarephilia

※食うか食われるかの
殺戮フェチのこと











はぁはぁ、荒い息と共に暗い路地裏に滑り込む。

もう、日の当たるとこには出られないな。
こんな血まみれの姿を見せたら、どんな人間だって引くだろう。何より血の匂いが酷い。


ぐ、と拳の中のサバイバルナイフを強く握る。
強く、強くと握れば握るほどに、それのぬめりが気になって仕方ない。

ああ、さっきまではさらさらと美しい液体であったのに。
時間が経てば、ただの汚れへと。



もったいない……。


そう思い、ぬめりと指ですくい、舐めとって舌の上で転がす。
それは、想像で描いた味と同じ。
生臭く、鉄の味。





そして、シードルの味。

そう思えば、この汚いモノも甘く思えてくる。
自分、末期だなと自嘲気味に微笑う。




……周りがうるさくなってきた。

あいつに、バレたかな。

ああそっか、血の跡がついてるじゃん。
赤い赤い血の跡が、まるで運命の赤い糸みたいに俺とあいつを繋いでるんだ。



そう考えるだけで、心が躍る。
血が沸く、って言うけど、まさにその通りだと思う。

体温はガンガン上がるし、息はどんどん荒くなる。下半身がじくじく疼く。



なあ、早く来いよ。
俺はお前をギリギリの所で感じたいの。
さっき深くえぐられた腹の傷が愛しいほどに。







傷ついて、傷つけられて、死にそうになって、死ぬ寸前で囁かれる愛の言葉こそ、本物だと。
そんなことを、前にガナッシュに言ったことがある。

ガナッシュは顔をしかめて、死んだら意味がない、と至極真っ当な答えをくれた。
死にたがりは見苦しいぞ、とアドバイスまでくれた。




違うんだって。
死にたい訳じゃないんだ。



ただ、死ぬほど愛したいんだよ。愛されたいんだよ。

ほら、俺達人間の終着点って死、だろ?
その一番が欲しいんだよ、俺は。
ああもう何言ってんだ俺。
出血しすぎたのか、視界が揺らめく。
比例して、思考もゆらゆらとたゆたう。







ぴちゃ、








薄暗い路地裏に指していた一筋の光を遮る影が現れる。

はっ、とする。
どうやら、色々考えてる間に来てくれたらしい。
ねえ、シードルあいしてる。
この俺の気持ち、わかってくれるよな?
わかって、くれたよな?



光に包まれてるシードルはきれいだ。
やっぱりシードルには赤が似合うな、なんて軽く笑いながら話しかける。

そうかな、って言ってシードルは微笑んだまま手に持った彫刻用のでかいナイフを俺にゆっくりと向けてくる。
君も赤が似合うよ、と言われた。





「シードル、すき。」

「知ってる。」

「ね、ほら。…指。」


おれの薬指から滴る血が、シードルにおれの場所、おしえてくれたんだぜ。
二人を繋いでくれたんだよな。



「すきだぜ。生きてる限りな。」

「うん、僕も。
すきだよ、殺したいくらい。」


言ってることは違うけど、考えてることは一緒。



ゆっくり近付いてくるシードルを拒むことはない。

これが一つの愛の形だって、知ってるからさ、俺。


キスできるほど近付いて、互いに、互いの心臓の上に刃の切っ先をひたりとつける。

シードルの熱くて湿った吐息が、俺の唇を撫でる。









……ああ、今幸せ。
とってもしあわせ。

だって、二人共さ、極限の状態なのにお互いの事しか考えてないんだぜ?



これ、すごい愛だよな。





「シードル、」



「カシス、」




「「あいしてる。」」









そう言って二人は結婚式の初めての共同作業とやらみたいに、ただただ微笑みながら、互いの柔らかな胸の肉に刃を立てた。




(でも、おかしいな。
やっと愛の終点にいけるはずなのに、次に待ってるものは何もないんだよな。)








(次の日の朝、路地裏で「二人の少年だったもの」が見つかった。)
(互いが互いの胸をえぐった状態で。互いが互いの左手の薬指を切り落とし、握りしめたままで。)
(それは、もう形を留めていないはずなのに酷く綺麗だったと、目撃者は言った。)











ボレアフィリア
Vorarephilia













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