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締め切られた部屋の扉を開けば鼻をつく消毒薬の臭い。
統一された室内の白さは、清潔感よりも寒々しさを感じさせた。
「スザクさん…」
そっと、呼びかけても反応がない。
あんなにも気配に敏感だったスザクが今では、何も反応を返さない。
ナナリーは眉根を寄せて室内へと入った。
「スザクさん」
眠っているのかと思ったスザクの瞳は虚ろに開いていて。
「スザクさん、私が分かりますか…?」
スザクの枕元で、もう一度名前を呼んだ。
「ナ、ナリー……?」
声のする方へと微かに顔を向けるが、その瞳に何も映っていない。
体を…指先ひとつすら今の彼は満足に動かす事が不可能になっていた。
「はい、そうです…ナナリーです…」
コードに繋がれて強制的に生命活動を維持されているその姿は以前のスザクからは想像出来ないもので。
まるで過去の自分を見ているようで、居た堪れない光景。
それでもスザクの存在を、現実からもう眼を逸らさないと誓ったから。
死を渇望するスザクにとって、拷問の毎日だろう。
それを与え続ける事をナナリーは望まれて、引き受けた。
スザクを苦しめているのは、他でもない自分自身だ。
スザクの苦痛を刹那でも長引かせる為の処置。
「ごめ、ん…ナナリー…僕は…大、丈夫だよ」
最初の違和感は聴覚から。
そして視覚、味覚……スザクは五感全てを失いつつある。
そして命さえも。
意識があるのも本当に稀になり。
最早、栄養剤を点滴しても衰弱は進む一方だった。
「生きなきゃ……」
もう、スザクに残された時間が僅かな事は誰が見ても明らかで。
お兄様が亡くなられてから半年。
ここまで持ったのは奇跡だと、そう医者は言った。
「スザクさん……!」
でも、それは奇跡なんかじゃない。
ギアスの力さえ凌駕する思い故の結果。
「僕、は……生きなきゃ…」
虚空を映すだけの瞳が赤く染まる。
ルルーシュの執着と願い。
ギアスという呪い。
どんなに苦しくても、ギアスキャンセルを掛ける事を拒んだスザク。
それはスザクにとってルルーシュの愛そのものだったから。
お兄様。
どんなに辛くても明日はきっと良くなる。
それは正誤の判断ではなく、希望……切実なる願い。
でも。
スザクさんにとって世界の希望とは、生きる理由とはお兄様だけだったのです。
お兄様は、スザクさんにとっての神でした。
結局。
私は代わりになれなかった。
その傷を癒し、慰める事さえ無理でした。
あの時、お兄様と一緒にスザクさんの魂は逝ってしまっていたのですから。
今ここに居るのはお兄様の願いを守ろうとする意志と体。
「ル、ルーシュ…とのや…くそく……だ………か……ら…」
そう言ってゆっくりと、スザクの瞳が閉じられる。
それも、今日までです。
今やっとスザクさんは贖罪から解放されました。
お兄様の元へ行かれました。
お兄様。
最初で最後の我儘をスザクさんは叶えられたのですね。
幸せそうに微笑んで瞳を閉じたスザクの顔が涙で滲む。
頬を伝う涙が流れるに任せて、それでもナナリーはスザクの亡骸を見つめた。
長過ぎた、贖罪をただ償う毎日。
生きる事こそ最大の罰だったスザク。
それでもルルーシュの為にという、ただそれだけの為に生き続けた生涯。
今、漸くスザクさんは解放されたのですね。
「………っふ、…ぅ…」
スザクへ言葉を掛けようとして、結局何も言えなかった唇からただ嗚咽が漏れた。
感謝、謝罪……どんな言葉を掛けても意味がないと思った。
スザクさんが望んだのはお兄様だけだったから。
ただ、二人が……大切な人が亡くなった悲しみがナナリーの心を埋め尽くしているのも事実で。
ただ、静かに涙が流れ続けた。



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