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学園のエレベーターを降りたその先。
地下通路に規則正しい軍靴の音が木霊し、目的の扉の前で止まった。
機密情報局の中でも立ち入りを禁じられた最奥。
ナイトオブラウンズ専用の部屋として急遽、誂えられたその空間へと暗証番号を入力して扉を開けたジノは思わぬ人物を見留めて目を見張る事になった。
「ナンバーゼロ……お久し振りです」
驚いた表情を直ぐに改めて、学園の制服に身を包んだミルクティ色の髪を持つ、その少年へと躊躇う事なく最高敬礼を捧げる。
ふわり、と深緑のマントが優雅に広がった。
「まさか君もエリア11に来ているとは思わなかったよ。6も7も来てるし……随分物々しいね?」
その敬礼を当然のように受けたロロがジノに問い掛ける。
命令する事に慣れた声。
「驚きました。スザクが貴方に指示していた時は。」
「僕もまさかラウンズの下に就くとは思わなかったけど。中々面白いよ。」
「それは……酔狂な事で」
淡々と、まるで面白みの無い様に無機質なロロの答えに軽口で答える。
「君に言われたくないなぁ……で?その口調、いつまで続けてる訳?」
顔を上げないジノの態度に微かに眉を寄せて、顔を上げる様に促す。
「あ〜……アーニャやスザクの前ではお前に命令しなきゃいけないんだぜ?切り替え面倒なんだよ…これはお気に召しませんか?」
言外の意図を汲み取って、途端に態度を崩す変わり身の早さはいっそ見事だ。
本来ならば存在を知る事も限られるナンバーゼロ。
立場を理解していると思えない軽々しい態度は相手を油断させる為の擬態とするには最適だろう。
「その作り笑いもやめて。ワザとらしくてバレバレっていつも言ってるでしょう?」
――――――――そういう男だ。
「ひどっ……コレで大概堕ちるんだけどなぁ」
ロロの座るソファまで後一歩程の所に自然と身を置く。
それは今、ロロ自身が許した距離。
この男はそうしたものを読むのに長けている。
「誰でも愛想振り巻くのも考えものじゃない?」
どこまで本気か分からない言動と態度でするりとかわされる。
近付いても、決してジノという存在が分からない。
読み切ったと思った瞬間に姿が掴めずに、更に深追いしてしまいたくなる。
「嫉妬?」
「自惚れないでくれる…?」
間合いを測る会話は相手の弱点を探り合う獣になってしまった様な錯覚を覚える。
失敗すれば喉笛を噛み千切られる危険な遊びに応じてしまっている自分に不思議な高揚感があるのを否定は出来ない。
「それは失礼を。」
「それにしても他人の世話なんてよく焼けるね。エリア11にまで来て7の監視なんて」
「それを言うならお前もだろう?」
ほら、仕掛けた罠に掛って来た。
情報と心理の探り合いが他愛ない会話に隠れて取引される。
「まぁ……そうだけど。僕はこんな任務初めてだし。面倒……暗殺の方が全然楽。こんなのいつもやってる君の気が知れない……」
多少の皮肉も込めて、そう嘯く。
「そぉか?」
「腹の探り合いは貴族のお得意?ジノ・ヴァインベルグ卿……?」
「恐縮です」
大仰な仕草で傅かれて喉の奥で笑う。
「ラウンズにナンバー0が存在する事知ってるのは3までだし………枢木の命令聞くのも面白かったけどね」
「アイツが知ったら驚くだろうなぁ」
「言われても信じなかった人もいるけど?」
「あははっ…まさか1の上が俺よりも年下だって言われたら普通信じられねぇって」
「7は私情を持ち込み過ぎて駒として使いにくいんじゃない?……言いなりになって動いて、どういうつもり?」
「良く働いてくれてるから、邪魔しちゃ悪いと思ってね」
暗い笑みを唇の端に乗せて返される。
「それも計画の内?…人が悪いね」
「こういう俺は…嫌い?」
人肌に温められた問い掛け。
こんな表情を、見る事が出来るという優越感を感じるのは嫌いじゃない。
だから、自然に伸ばされるジノの手袋に包まれた指が頬に触れるのをそのままに会話を続ける。
「嫌いじゃぁないよ?目的の為なら手段を選んでられないし」
「いざって時に感情が邪魔するのは人間の性だと思うぜ?」
優しく壊れ物を扱う様に触れるその指と、柔らかく変わる声。
「嘘ばっかり。感情で命令した事なんて無いくせに……誰にでも振りまく愛想は良いカモフラージュになるって事?」
近づくスカイブルーの瞳にうっとりと囁く。
「あ、それもバレてる?」
地位も名誉も大よそ人間の望むものを既に得て、それに執着しないジノの考えは酷く合理的だ。
「ホントに喰えないオトコだね。でも、そういう所が……僕は気に入っているんだけど」
「それは光栄」
「これから、もっと面白い事になるよ。楽しませてあげる」
ジノの視線がこちらに向いている事を意識して、妖艶に口端を吊り上げ挑発する。
「やっぱり、お前の計画に俺も関係してるって事か」
「トリスタンでも本気出せなくて欲求不満でしょう?ナンバー3の実力に期待してるよ?」
「イエス、マイロード」
ちゅ、と軽い音を立てて手の甲へと口付けるのをそのままにさせているロロの瞳が微かに揺れたのをジノは見逃してくれない。
「……ホントに物好きだよ…僕にこんなに近寄って来るなんて。…怖くないの?」
彼にとって全ては暇潰しでしかないのだと。
自分さえ利用しかねない男だと分かっているのに。
「そりゃぁ、最初は。……今は殺されないって自惚れてるから?」
こんなにも気持ちを許してしまう自分はどうかしているのだろう。


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