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どんよりとした灰色の日。

「のーなーみー、そこ掃除機かけるからどけよー」

「…あ、うん」

自分の立っている位置から、一歩右へ移る。

掃除機をかけながら、剛は僕の顔を不思議そうにうかがった。

「…どうしたんだよ、天気が気になるのか?」

「うん…今日、ずっと曇りなの?」

「そうだな…天気予報では、当分晴れないって」

「そっか…」

曇りは嫌いだ。

自分の心までもやもやしてくる。

全てが色褪せてしまったような、そんな空気に包まれる。

「…早く、晴れないかな…」




『僕はそれでも歩いていく。【変化】』





それは、僕らが一人の人間であった時の記憶――

「健、今日も塾か?」

「ん?あ。兄さん、おはよう」

「あぁ、おはよう」

「うん。塾終わったら、そのまま美術館行ってくるから、夕方までいないよ」

――この時の僕らは、野波健(ノナミ タケル)という一人の男子学生だった。

そして、今僕と話していたのが、兄の野波春君(ノナミ ハルキミ)。

「そっか。遅くならない内に帰ってこいな」

「わかった。じゃ、いってきます」

僕と兄は特別に仲が良いわけではなかった。

というより、僕が一方的に嫌っていただけで、兄は鈍感だから分からないまま僕と接している。

さて、僕の自己紹介だが…簡単に言うと、成績優秀、容姿端麗、運動神経抜群。

どこをとっても完璧…と周りから言われていた。

自分ではそんな風に思ったことは一度もない。

いたって普通のことをしてきたつもりで、それこそ容姿端麗…なんて、たまたまに過ぎない。

そんな僕と比較されるのが、もちろん兄。

成績は同じく優秀。

しかし、影でたくさん努力していることを僕は知っている。

容姿は、普通…というか、これといって特徴もなく、目立たない。

運動神経は良いとはいえない。何もないところでこけるほどだ。

そんな僕ら兄弟を比較しては、僕を可愛がり、兄をなんとなく遠ざける。

周りからの兄に対する人々の嘲笑は、僕が一番知っていた。

親戚、友達、兄が付き合っていた彼女まで…

そして皆、兄を利用しては僕に近づいてくるのだった。

(汚い、卑しい、僕に近づくな)

お前らが近づかなきゃ、僕は平凡に生きれるのに…

いつの間にか、兄は僕にとっての疫病神になっていた。

僕の嫌いなモノを笑顔で連れてくる。

やめろよ…やめてくれ。

兄は悪くない。むしろ、何にも気付かず、こんなゴミ以下の連中としか付き合えない兄が可哀想なくらいだ。

だけど、兄は優しいから、きっと僕がこんなことを言ったら怒るだろう。

だから僕は、兄を避けることしか出来なかった。

そしていつしか兄は社会人になり、家には両親と僕しかいなくなっていた。

***

秋も深まり、紅葉が綺麗な並木道をかける。

広場のモニュメントの側に立っている、小柄な少女。

「ごめんっ、待った?」

息も切れ切れにそう言うと、少女はにっこりと笑って答えた。

「ううん、大丈夫だよ。紅葉が綺麗だから、時間も忘れて見惚れちゃってた」

「そっか…じゃ、行こうか」

「うんっ」

「あ。段差、気をつけて」

「ありがとう」

この子は、ほのかさん。僕の大切な…その、お付き合いさせてもらってる子だ。

僕の全国美術コンクールの資料集めのため通いつめていた美術館で出会い、仲良くなった。

彼女は脚が悪く、いつも松葉杖で歩いていた。

その姿は、僕とは別の意味で目立っていた。

申し訳なさそうに、松葉杖のカツ、カツという音が鳴らしながら、館内を回っていた。

なんとなく、兄と似ているような気がした。

「健くん、今日は美術館見なくてもいいの?」

「あ、うん…それなんだけど」

「ん?」

「美術コンクールの絵、入賞してさ」

「えっ…す、すごい!いつの間に出してたの?お、おめでとうっ!」

そう、彼女には何も言わず、僕は絵を仕上げていた。

彼女に言えるわけがない。

最初は、風景画でいこうと思っていた僕が、彼女をモデルにした絵にしたのだから。

いつの間にか美術館に行く目的は、有名な画家たちの絵を見て技術を盗むのではなく、彼女の笑顔を盗むことになっていた。

僕らしくない。しかも苦手な人物画で最優秀を取ってしまったのだから、恋の力は恐るべし。

「ね、その絵、今度見せてよ」

「えっ」

「私、健くんの絵、見てみたい!ダメかな?」

「それは…その…」

彼女の、丸くて綺麗な目がじっとこちらを見ている。

はぐらかせない、この状況…

(恋の力、恐るべし…)

意を決して、息を吸った。

「あ…あのな、君の絵を、描いたんだ…」

「へっ?私?」

「ちがう!あ、違くないんだけど!あの、ほんとは風景画のつもりだったんだけど…その」

うわぁ、恥ずかしすぎる…らしくもない。

もうこれ以上は羞恥で死にそうで、言葉が止まる。

「えっ、な、何?続き、何て言おうとしたの?」

「なんでもない!」

「何で?言ってよ、聞きたい!」

お願いだから、そんな真っ直ぐな目で見つめないでほしい…

「だから…ほのかさんがあまりにも綺麗だからっ!〜〜〜っ!」

い、言ってしまった…

「へ、えええぇ!?な、何言ってるの健くん?!」

「なっ!だ、だから言いたくなかったんだよ!」

「え、えええぇぇ〜」

僕もほのかさんも真っ赤な顔をして、

通りすがりのおばさんに、「まぁ可愛いカップルね〜」なんて言われて

もうお互い黙り込んでしまうぐらい恥ずかしくて

「あ、あの…」

先に口を開いたのは彼女

「ビックリしたけど……嬉しかった。あの、ありがとう…ほんとに、嬉しい」

俯いて、小さくぼそぼそと言う彼女。

(かわいい…)

「僕こそ…ありがとう」

お互い照れくさそうにえへへと笑い合った。

恥ずかしくて、どうしようもなくて、

ただただ、愛おしい。

そして僕らは、次に会った時に絵を見せる約束を交わしてそれぞれの家路へと向かった。

***

あの約束の日から数日。

彼女との約束の日。

僕はあの絵の写真をファイルに入れ、家を出た。

いつものあのモニュメントの前、

車椅子に乗った彼女は僕を見つけると、嬉しそうに手を振った。

「健くん!」

「ほのかさん!あれ?その車椅子、どうしたの?」

「ちょっと腕が痛くなっちゃって…しばらくは車椅子なんだ…」

「そうなんだ…」

僕がいろいろ連れ回してしまったから、疲れて痛めてしまったのだろうか…

そんな僕の考えを読み取ったように、彼女は慌てて頭を振る。

「健くんのせいじゃないよ?!ちょっとリハビリ頑張りすぎたせいだから!」

「でも、」

「ほんと!信じて?」

うっ…そう言われると、信じざるを得ない…

「う、うん…わかった。信じるよ」

「えへへっ」


coming soon...


あきゅろす。
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