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まあ昔から、要領はそこまでいい方じゃない。小さい頃は下手な女の子よりも背が低くって女の子にさえいじめられていたし、小学生の頃はいじめっこにパシリによく使われたものだ。中学に入ってからは左之さんや新八っつぁんの金魚の糞だと影でせせら笑われてはムキになって喧嘩ばかりしていた。強くもない腕力で姑息に勝つ手段ばかり長けていって、自分が無茶苦茶に嫌になるなんざよくある事だった。高校に入ってからも大した成長はなく、勉強はと言えばこちらも中学から変わらずの学年で中の下。出来ない訳ではないけど出来る訳でも、教師に咎められる程でもないけど褒められる程でもない。剣道はいっくら練習したっていっつになったって総司や皆に敵いやしないし、周りにそんな自分を比べられる事にも慣れてしまった。それでも時折鳥は自由に飛べていいなあなんて羨ましく思ってしまう辺り、勝手なもんだ。鳥が自由だなんて、飛べない人間の妄想に過ぎないのに。或いはあいつらこそ、飛べない俺達を羨ましく思ってるかも知れないのに。要するに、無い物ねだりだ。ちょっとばかし凡庸過ぎる俺は、及第点未満な毎日にそうして退屈よりも嫌気を先立たせているってわけ。へらへら笑って誤魔化すのだってそんなに楽じゃない。皆と四六時中馬鹿やれてりゃいいかも知んないけど、人生は楽しい嬉しいよりも、辛い苦しいがよっぽどで。でもそんな俺にだって、誇れるものの一つくらいはあるんだ。



抜かるんじゃねえぞ。なんて、サスペンスドラマの一コマにでも出て来そうな台詞と共に左之さんは俺の背中を力の限り叩いた。日焼けした背にじゅくじゅく痛みが広がって、文句を言おうとするより早くさあ華々しく散って来い!なんて聞き捨てならない叫びをおまけに新八っつぁんがスタート台に立っていた俺を蹴り飛ばす。プールに落ちる刹那まるでスローモーションみたいにゆったり流れる映像の中で少し驚いたような千鶴の姿を見て、とんだスタートダッシュじゃないかと内心悪態を吐いた。表面張力を侵略して暫く、酸素を求め這い上がるとプールサイドで千鶴が心配そうに俺を窺っている。あんまりその千鶴の様子が可愛いもんだから、カッターシャツはびしょ濡れだわせっかくセットした髪はぐちゃぐちゃだわ一晩掛けて考えていた台詞はぶっ飛ぶわの散々な状況にも関わらず俺は、気付けば千鶴に手を差し伸べていた。戸惑うように千鶴の瞳が揺れるのを綺麗だなあなんて悠長に思いながら握り返してくれた掌をそのまま力の限り引っ張ると、予想し切れなかったらしい千鶴はあっと声を上げてバランスを崩す。再び侵略され大きく波打つ水面の中何とか抱き留め千鶴ごと浮上すると、視線が合うなり千鶴は俺を責める所か眉尻を下げて子供みたいに声を出して笑った。俺達のその様子を茶化し立てる外野を一睨みして、緩く回していた腕に恐る恐る力を込めてみる。抵抗は、ない。不自然に落ちた静寂に大きく息を吸い込んで、好きだ。そう千鶴にだけ聞こえるように耳元に囁いた。直球勝負はあんまり得意じゃないけど、逃げるのはもっと得意じゃない。始終息切れし通した沈黙は、数瞬して意外とあっさり破られた。私も、平助君のこと、好きだよ。真っ直ぐ射られた言葉にやけに頬が熱いのは、多分日射しのせいだけじゃない。今この瞬間世界で一番幸せなのは、間違いなく俺だと思った。勉強の出来も運動の出来も、欲しけりゃ少しなら剣道の出来だって譲ってやったっていい。でもこの想いだけは、千鶴の一番だけは、誰にも譲れないし、やれもしない。どんなに毎日辛い苦しいが多くったって、この掌に満たされる幸せがあるから、俺は明日もきっと笑っていられる。馬鹿みたいに単純なんだ。

ああもしかして、今まさしく飛んでみせた俺の背には、嘘みたいに綺麗な羽根が生えて来てるんじゃないだろうか。それなら千鶴と一緒に、この嘘みたいに綺麗なコバルトブルー色した空へ向かって飛んでみるのもいいかも知れない。そんな事を思いながら俺は、とりあえずは腕の中の千鶴に拙い仕草で唇を触れ合わせた。



DIVE TO BLUE.
THANKS10000hit!




090814~090831FREE




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9点さんのサイト『period.』一万打フリーをいただいてきました。

真夏の晴れた青空を水の中から見上げていて、どんどん浮上してはじける!というイメージを勝手にもちました。
夏の空気を肌で感じるような文で、読み終わった後の爽快感がたまりません。

素敵なお話をありがとうございます!そして一万打おめでとうございました!


あきゅろす。
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