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お団子日和



 屯所に戻った僕の目に、男所帯には似つかわしくない姿が飛び込んできた。

 男装をしてはいるが、例えば彼女が本当に男だったとして、やっぱりその姿はこの新撰組の屯所内では異彩を放つだろう。

 彼女は僕の姿に気付くことなく、ひたすら無心に箒を持つ手を動かしている。

 後ろから驚かせたらどんな反応をするかな。

 そんな好奇心を抱いてみたものの、僕はそこまで子供じゃない。それに、彼女を利用して楽しむのなら他にもっと有効な手段が幾らでもあると知っているから、僕はごく普通に声をかけてみることにした。


「ただいま」


 不意に掛けられた声に千鶴ちゃんは弾かれたように振り返って、「おかえりなさい」と返事をした後、自然な流れで僕が何処に行っていたのかを尋ねてきた。


「ちょっとね」


 わざと含みを持たせて言ってみる。そうすれば彼女は僕が思い描いた通りの表情を見せてくれた。


「食べる?」


 まだ直前の話題について返答を期待していたみたいだけど、僕は敢えてそれには触れず、紐で結わえられた紙包みを持ち上げて見せる。


「……なんですか、それ」

「ん、お団子」


 包みの中身を訊ねる彼女は、最初少しだけ躊躇っているように見えた。きっと、思考の赴くままに訊ねたところで僕が普通に返答をするとは思えなかったんだろう。

 そんな学習能力を身に付けさせてしまうほど、僕は普段から捻くれているだろうか。でも、彼女をからかうことに楽しみを見出していることは事実かもしれない。

 ちょっと意地悪しすぎたかな。


「一応ここいら界隈じゃおいしいって評判の茶店のお団子だよ」


 今度は呆気にとられた顔で僕を見ている。失礼だなぁとは思うけれど、それも仕方ないことかもしれない。わざわざ手土産を買ってくるなんて、幹部の中でも僕が一番しそうにない行動だと自分でも思うから。


「あ……じゃあ私、お茶を入れますね。沖田さんも一緒に頂きませんか」

「ひょっとして君、この数を一人で食べるものだと思ったの?」


 女の子一人で食べるには多いくらいに買ってきたものだった。そこに彼女が気付いていなかったとも思わないし、僕を誘ってくれたことに他意はないと分かっているけど、やっぱりからかいたくなってしまう。

 千鶴ちゃんは一瞬固まった後、耳まで真っ赤にして口籠ってしまった。


「お茶が入ったらさ、中庭に持って来てよ。僕そこにいるから」

「あ、はい、分かりました」

「……桜」

「え?」

「中庭の桜。ちょうど満開だったよね」


 僕が場所を指定した意味に気付いたのか、彼女は目を見開いた後ににっこり笑って、はっきりとした返事をした。





*****





 満開の桜の木を前に穏やかな陽射しを浴びながら団子を一口頬張れば、心地よい風が僕たちの間を通り抜けて行った。


「いただきます」

「どうぞ」


 盆のお茶を下ろし終えた彼女は、僕の隣に腰を下ろすとそう言って、おずおずと団子に手を伸ばした。まだ僕の行動に疑問を抱いたままらしい。


「……毒なんか入ってないよ」

「そんなこと思ってません」

「そんなこと思ってる顔だけど」

「違います!……ただ……」


 ちらりと横目で表情を窺ってみる。どうやら慎重に言葉を選んでいるみたいだ。

 さて、思い掛けない僕の行動をどんな風に問うつもりなんだろう。


「ただ…………」

「…………」

「…………」

「……明日は雪でも降りそう?僕が手土産って、そんなに意外?」


 こんなこと、幹部連中だって意外だと騒ぐだろう。自覚はあるけど、そんなのお構いなしに彼女を追い詰めてみたくなる。


「いえ……それは……」


 さっきは即答で否定したくせに。本当に素直すぎて面白い。でも、延々続きそうな間を楽しむのも良かったかもしれないと、ちょっとだけ後悔した。



「あぁーっ!千鶴!総司!何やってんだよ!」


 突然の喚き声。顔なんか見なくても、その声だけで僕の娯楽を含んだ穏やかな時間が終わったのだと知る。僕は一応の建前として、声が飛んできた方……平助君の方へ顔を向けた。
 僕より先に千鶴ちゃんが対応する。


「平助君。巡察お疲れ様」

「おう。で、なんでお前らだけ団子なんか食ってんの!?ずりぃよ!」

「平助君の分は無いよ。ごめんね」


 またぎゃあぎゃあと文句を浴びるのは容易に想像がついたけど、僕はわざと意地悪く言ってやった。隣では千鶴ちゃんが居心地悪そうにしている。


「あの、平助君、私はもう食べたから……どうぞ。いいですか、沖田さん」

「いいんじゃない?僕の分はあげないよ」


 なんとなく、そんな言い方をしたかった。


「総司って変な所で子供っぽいよなぁ」

「そう?夕飯の時の平助君ほどじゃないと思うけど」


 また団子を一口かじりながら皮肉を言う。別に団子が惜しいわけでもないのに……我ながら子供染みてると思った。

 平助君の素直さは彼の最大の長所だと思うけど、それに似た彼女と平助君の組み合わせを見ているとたまに疎ましくなることがある。別に羨ましいとは思わないけれど。

 団子を口いっぱいに頬張って、籠った声で平助君が言った。


「桜満開じゃん。早ぇなぁ。花見で団子なんて贅沢だな」


 その言葉に千鶴ちゃんも笑って、平助君の視線を辿り眩しそうに桜を見上げる。


「でもやっぱ花見と言ったら酒だよな!夜桜の下で酒仰ぐのも最高だぜ?」

「花見酒か……僕は桜よりも酔ってる平助君たちの方が見てて飽きないけど」

「そうそう!聞いてくれよ千鶴、いつかの春なんか新八っつぁんがさ――」


 瞳を爛々とさせて、平助君は数年前の思い出を彼女に語り聞かせ始める。千鶴ちゃんもそれを楽しそうに、こくこくと頷きながら聞いていた。

 平助君の、こうして無邪気に過去を語れるところなんかは羨ましいかもしれない。


「おーい平助ー!行くぞー!」


 遠くから、足音も近付き切らないうちにまた一つ聞き慣れた声が響く。呼ばれた本人は慌てて振り返った。


「あ!やべ!左之さんごめーん!今行く!」


 平助君は急いで残りの団子を口に押し込んで、かろうじて聞き取れる発音で「ごちそうさん」と言った。


「また島原でも行くの?」


 僕の問い掛けに平助君は少し気まずそうな顔をする。

 いつもなら、行かないと知りつつ僕を誘ってもおかしくない流れだけれど、今は僕たちの間の存在が引っ掛かって素直に認めづらいらしい。それを分かってて言ったんだけど。


「ん?なんだ、総司と千鶴もいたのか」


 声に追い付いてやっと姿を現した左之さんが僕たちを目に留める。別に返す言葉もないから、視線だけで返答した。
 腰を上げた平助君が左之さんの方へ向き直る。


「左之さん、新八っつぁんは?」

「もう準備万端で待ってるよ。あいつ、今日は俺の奢りだからって無駄に気合い入れてやがる」


 平助君は大笑いしながら、それは早く行かなきゃ面倒そうだと言って廊下の奥に消えて行った。そんな平助君の足取りもいつも以上に浮かれていて、それを見た左之さんはやれやれと溜息をつきながら後を追おうとする。

 歩み始めてすぐ、左之さんは何かを思い出したように足を止めると振り返った。


「そうだ千鶴、さっき土方さんがお前のこと探してたぞ」

「え!そうなんですか!?わかりました、ありがとうございます!」


 「気を付けて行ってきてください」と付け足す声に左之さんは優しく笑って、千鶴ちゃんの頭にぽんと手を乗せた後、今度こそ僕たちに背中を向けた。

 左之さんのこういう対処は隊内でも随一だと思う。きっと僕ならせいぜい笑顔を作って見せるくらいだろう。反射的に一言二言付け加えたくはなってしまうだろうけど。


「早く行ってきたら?あの人に機嫌悪くされてこっちにとばっちりが来るのは御免だからね」

「あ、はい!」


 千鶴ちゃんは忙しない様子で、掌を団子の方へお茶の方へと宙に泳がせて、最終的に何も手にしないまま僕を見た。


「あの!すぐに済ませ……て……。すぐに済ませてきます!」

「……いってらっしゃい」


 土方さんの用件がなんなのか分からない以上、すぐに済む確証なんてない。あの人のことだから一言で片付く場合もあるし、虫の居所が悪ければ面倒に面倒が重なることだってある。

 彼女自身それを知らないほどここでの生活が浅いわけじゃない。分かってるからこその逡巡だったのだろう。それでも勢いで押した発言はなかなか評価に値するし、結果がどちらに転んでも面白そうだ。

 ぱたぱたと駆けて行く彼女の背中を見送って、僕はもう冷めてしまったお茶を口に含んだ。





 あの時に……いや、その後でもいい、機会は何度でもあった。彼女を斬ってしまえば一番手っ取り早かったのに。その考えは今でも根強く僕の内にある。殺してしまうなら今だって何の問題もないと思う。

 彼女を見てると苛つくことが増えた。自分を守る力もないくせに。近藤さんの為に何か出来るわけでもないくせに。

 僕なら出来ることはいくらでもある。最前線で敵を片っ端から斬り伏せ、近藤さんに勝鬨を上げさせることが出来る。


僕も……


誠を掲げて戦いたい。


浅葱に袖を通したい。


 初めて隊服を渡された時は、結局血に染まってしまうんだから色の賛否なんてどうでもいいと思った。眼の前の敵を斬るだけなんだから隊服なんて無くても構わないとすら思った。


 僕を戦場には出さないという判断を下すことが多くなった土方さんに憎しみは募る。戦には何の支障もないのに。





 幾分強い風が吹き抜けて、眼前の薄紅が一斉に宙に舞い上がった。もう桜の季節も終わりだ。

 散り行く花弁は儚く美しい……そうだろうか。僕にはそうは映らない。

 それでも彼らが何かを抱いて散り行くというのなら、それも誠かもしれない。



 舞う薄紅を見つめる僕の喉に忌々しい感触をこびり付かせて……乾いた咳が一つ、花弁と共に風に流されていった。






〜Fin〜






−−−−−−

紫陽花惶露 千華さんからいただきました。

私が描いた『お団子日和』という絵にインスピレーションを受けて書いたそうで、タイトル一緒です。いつの間にコラボです(笑)
このタイトルじゃ合わないと千華さんも言ってたんですが(私も思った 笑)、晴空の下桜が咲く中庭(と、団子)と、総司のちょっと暗めな思案がいい対比になって逆にしっくり…とまではいかなくとも、より情景が浮かんで良いんではないかと!

千華さん的には左之メインにしたかったみたいなんですが、今回は総司メインということで!私に譲ってくれました(笑)

まさかのサプライズコラボ、ほんと嬉しかったよー!素敵な文と転載許可、本当にありがとう!





あきゅろす。
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