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 追伸、君が大嫌いでした。
 配布元:わがままアリスの可愛い夢様 http://tool-5.net/?moral



 わかっていたはずだ。なのに、どうしようもないことがあるのだと、思い知らされた。
 目蓋が重い、視界が霞む。全身がカッと熱くなり、痛覚すらも、最早完全に麻痺していた。
 過去に何度となく覚悟してきたはずの最期の瞬間と実際の感覚は、経験してきたそれとは異なり、存外に心穏やかなもので、僕は思わず苦笑する。
 襤褸布(ボロキレ)のようだと嗤われて、爪先で小突かれた身体を庇う気力すらもうなく、どうにでもなれと思ってしまうのはきっと、自己嫌悪が大きな一因だろう。
 三草山の戦いから源氏は負け続きで、福原での一件は決定的であった。敵が増長し、攻め込むことなど容易に想像できたはずである。
 それでこの様か。
 防衛が甘かったことに最早云い訳はしない。手抜かったのは、軍師である己の過失だ。
 悪友が鎌倉に発ったあの日、自身に対して留守を守る、と誓ったはず。だと云うのに守り切れてなんてない。京の、この都を攻め込まれ、火を放たれ、侵略を許し、約束すら果たせなかった自分に吐き気がした。己の過失が自分一人の不利益になるならいい。しかし残念な事に、結果は軍全体の不利にへと通じてしまったのである。
 隣でドサリと云う落下音がして、血や砂で染みる眼を無理矢理こじ開けて見れば、見慣れた緑の色が、血で黒ずんで地面に転がっていた。
(景時…っ)
 ピクピクと痙攣を繰り返した彼の身体はやがて静まり、終焉を迎える。込み上がる感情を持つ余裕すらないのかも知れない。僕は視界に映るその事実を淡々と受け入れ、処理をすることで思考を止めた。
 様ないな…。天下の源氏の軍師と軍奉行ともあろう二人がこんなにもあっさりやられてしまうだなんて。
(最早ここまでか)
 彼らが京に帰ったら、どう思うだろう、こんなに腑甲斐ないこの自分を。
 約束、守りきれなかった…。
 きっとこれを走馬灯と云うのだろう。目蓋を閉じれば、かくも色鮮やかに情景が浮かびあがる。しかしそのどれもがここ一年以内の出来事ばかりで。今まで、四半世紀生きて、記憶していたはずのものよりも、殊の外、鮮明に視せてくれるのだ。
 そして、その中で更に、目立つ風景がある。
 意地っ張りで強情で、泣き事を他人に零したがらない女の子。ちゃんと笑ってみせれば愛らしいその顔をいつも難しそうに歪めてみせて。
(ああ、もう。どうしてこうも自分は莫迦なんだろう)
 何もこんな時に思い出す必要ないのに。
 いつもいつも、ぴんと糸を張り詰めているような子だった。ふとした時に見せる穏やかな笑顔に、とても安心した。女性であるのに自身の傷には呆れるくらい無頓着で、だと云うのに、他人の痛みには機敏で。しっかりしているのに何処か危うくて、目を離し難くて。
 もう視力すら失いつつある瞳から溢れた気持ちはきっと、死に逝くこの身を哀れんだものじゃない。
 だってこんなにも愛おしい。
 もう伝えられないし、逢うことも出来ない人だけれど、だからこそ想う。
 貴方への想いを自覚したのが、今でよかった。でなければ、貴方に仕える者としての役目を果たせそうになかったから。「白龍の神子と八葉」ではなく一人の男として貴方を守ってしまったであろうから。
 いや、そんなことよりも。こんな穢れた自分が貴方を愛していい資格なんて何処にもないのに。
 ついに思考にまで霧が掛かり、体温の低下を自覚する。目蓋の裏に焼き付いた貴方の顔すらもう見えない。
 このまま心を遺しては、この身は怨霊となり果てるだろう。けれどそんな理由を重ねて消えてくれるような可愛い想いじゃない。
 今ならわかる、怨霊となった人々の気持ちが。仮令怨霊となり果てようと、この想いを捨てるだなんて出来やしない。
(ねぇ、望美さん。君には僕がどんな風に見えていた?)
 貴方が嫌いです。
 仮令ば嘘で塗り固めて、消えてくれるような想いなら、死ぬのはこんなに辛くなかったろうに。









Fin.



Thank you for joining!さらさ様






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泡沫草紙 久川恵さまより、相互記念としていただきました。
というか、このお話を読んで衝撃を受けた私が、「相互記念にこれください!」と言ってさらってきた作品です。
一週目終章での弁と景時の最期は、聞かされるだけで終わってしまいますよね。それが辛くて心残りな私には、すごく衝撃的だったのです。
そして、今まで理解できなかった、"怨霊になってしまう人々の気持ち"も、この弁を通して感じることができました。

久川さま、わがままを聞いてくださって、そして素敵なお話を、本当にありがとうございました!


あきゅろす。
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