【色褪せたこの世界で】
青い空、蒼い風――。
世界はこんなにも彩りに溢れているのに、僕の観ている景色には色がない。
いつの頃からだろう。
僕の世界から色が消えたのは。
幼い頃、目に映るものは何もかもが光輝いていた。鮮やかな色彩に満ちあふれていた。
だけど、そんな世界に僕は光を感じなくなった。
――つまらない。
自分の器を知れば知る程、色が失われていった。自分という存在の小ささに気付き、存在する意義を見失った。
この世界はこんなにも彩り鮮やかななのに――
僕は、この世界に必要とされていない。そして、僕もこの世界を必要としなかった。
今日もいい天気。だけど、そんな些細なことは、ボクにとってはなんの意味もないことだ。晴れていようが曇っていようが、雨だろうが風だろうが、ね。
この世界に興味がない。だから、天気がどうであろうとボクの生活に影響を与えることはない。
「なに、朝っぱらからつまんない顔してんのよ!」
「そういうオマエは朝からうるさいよ」
ゆっくりと振り向く。セミロングの髪をなびかせた幼なじみがたっていた。
「ふん、私はうるさいじゃなくて元気なだけよ」
事もなさげにそう言い返してくるが、十人いたら八、九人はうるさいって思うだろう。なんてことは口に出すはずもない。だって、余計うるさいからね。
「私に比べてあんたはいつも元気ないわね。病気かなにか?あ、もしかして最近流行りの鬱?」
黙っていても、こいつは毒を吐くから困る。それもかなりひどい。いつも女なのかと疑ってしまう。
「なによ、その『あー、うっとしいな』って顔は!」
「わかってんなら、その毒しか吐かない口を閉じてろよ。人間としてどうかと思うから」
こっちも負けじと応戦してみる。口の悪さならたぶん同じくらいだろう。それを自慢できるかどうかは別にしてもね。
しかし、それすらもめんどくさくなる。と、いうわけで、アホはほっといてさっさと学校に行こう。つまらないけど行かないわけにはいかないからね。
「あ、逃げるなコラー!」
◆
授業中、ぼんやりと窓の外を眺める。そこからの眺めはたいしたものじゃない。馬鹿みたいに能天気な青空が広がっているだけ。
なんか、こんなことを考えてるボクって病んでる?とか思ったりもする。でも、病んでるって表現は正しくないなといつも自己解釈。病んでるんじゃなくて、冷めている。たぶんこっちのほうがしっくりくる。
『友達』がいないわけじゃない、普通に話す程度ならクラスメイトがそれにあたるだろう。だけどれども、『親友』となってくるとボクにはそう呼べる人がいないのも事実だ。
これはボク自身に問題がある。必要以上に、他人との馴れ合いを好まず、接する場合でも絶対に一歩引いており、踏み込まないかわりに踏み込ませない。
なんのことはない。ただ、他人が怖いだけ。自分がどう思われているのかとか、そういうのを考えはじめると無限ループに陥る。だから、他人が怖い。
ボク自身、それがよくないってことは重々承知している。だけど、それがボクの性格上の核であるが故に変わろうと思ってもなかなか変われないのだ。むしろボク自身が変化を好んでいない節がある。
おかしな矛盾を抱えたままでボクは成長している。成長しているかどうかさえ怪しいけどね。
まぁ、そんなのを良しとしない奴が一人いて困っているといえば困っている。軽く嘆息しながらその困った奴に目を向ける。
こっくりこっくりと舟を漕いでいる。人の気も知らないでいい気な奴だ。無性に腹が立ったから、消しゴムをちぎって投げ付ける。綺麗な放物線を描いたソレは見事命中。
「ふわっ!」
ガンッ!
「〜〜〜〜〜〜ッ」
驚きの声とほぼ同じに机に頭をぶつけ、声にならない声をあげている。ついでにクラス中の視線を集めている。いい気味だ。少しだけどスッとしたから満足だ。
さて、睨んでくる視線は無視して授業を聴いているフリでもするかな。
◆
「ちょっと、昼間のアレはひどいんじゃない!?」
帰り道。たまたまいっしょになったかと思えば、開口一番がそれかよ。
「何の話だよ」
意地悪い笑みを浮かべて、すっとぼけてみる。
「と、とぼけるな!あんたのせいで大恥かいたんだからね!」
「ふーん。それで?」
「そ、それでって…別にそれだけだけど…」
さっきまでの元気はどこへやら。怒ってみたりシュンとなってみたりころころと忙しいやつだ。
「なんであんたってそうやってすぐ冷めるかなー」
はぁ、とため息一つ吐いてそう投げ遣りに問い掛けてくる。
「さぁ?生れ付きの性格なんじゃないかな?」
思ったままのことを口にする。性格というよりはその性格を変えない弱さが問題なわけだけど、今はどうでもいいか。
「なんであんたみたいな奴を…」
ぶつぶつと何やら呟いている。呪咀かなんかだろう…って、それって結構恐いよね?
「ねぇ、単刀直入に聞くけど、あんた今気になっている人とかっている?」
「いないよ。なんでそんなこと聞くんだよ…って、まさか!?」
「言っとくけど私はあんたのこと大嫌いだから」
本気で冷めた瞳と声でボクを威嚇する。ちょっとした冗談をマジにとるなよな。
「話を戻すけど、私の知り合いの娘があんたが好きなんだって」
「ふーん。物好きもいるもんなんだね」
「物好きって…あんた言う台詞じゃないでしょうが。で、どうすんのよ?」
「どうするも何も、どうもしないよ」
この世界にたいして興味がないボクにしてみれば、どうでもいい話のひとつだ。関係ない。どうせその娘はボクの何も知らないのに、勘違いしてるだけに決まってる。
「…はぁ。なんでそんな風にしか言えないかな。ためしに付き合ってみたらいいじゃない。付き合って好きになるってのもありなんじゃない?」
「はっ、それこそ冗談。よく知ってるだろ?ボクが変化を好まないチキンってことをさ」
自分で言ってて悲しいが、それは紛れもない事実であり、付き合いの長いこいつはそのことをよく知っている。
「はいはい。じゃあ、私から断りいれとくね」
それっきり沈黙が続く。会話が無くてもいい。騒がしいのよりボクはこっちのほうが性に合う。
「ねぇ、変化を好まないって言ったのってさ、あんまり良くないんじゃない?」
続く沈黙を破ったのは前方2メートルを歩く彼女だった。
「だな。良いとはいえないよ、もちろん。でもさ、それってどうしようもないことだと思うんだ。それにいまさらそんな…「だったら変えてみない?」
彼女が立ち止まって振り返る。その目は真剣そのものであるのが怖い。何かが変わろうとしている。漠然としたイメージが渦巻く中で彼女が口を開いた。
「そろそろ幼なじみって枠から抜け出してもいいと思うの。私はあんたのことを誰よりも理解しているつもり。だから…私と付き合って」
真っ白になる。思考が追い付かない。ただ、彼女の想いだけがぐるぐるとまわっていく。とにかく、口を開かないと。
「寝言は寝て言えよ。なんだよそれ。笑えないぜ」
ハハハ、と乾いたボクの引きつった笑いだけが響き渡る。ボクハ、ナニヲイッテイルンダ?
「馬鹿っ!なんでそんなこと言うのよっ!私がどれだけあんたのことを…」
その続きは嗚咽に混じって消えていった。痛い沈黙。永遠かと思ったソレは、ほんの一瞬のことだった。
彼女が走り去った。なんのことはない、それで終わりだ。
空を見上げる。世界はこんなにも彩りがなかったのだろうか?
◆
世界が灰色だった。晴れていようがいまいが、関係ない。昨日までほんのりと色を帯びていた世界は嘘だったのか。
たったひとつの繋がりを失ったボクに、残されたもななんてない。色褪せた世界で彼女が唯一の色彩だったのだ。いまさら気が付いても遅い。
馬鹿としか思えないな。自嘲の笑みが零れ落ちる。彼女がいない世界でボクはどうしたらいいんだろう?
「あっ…」
小さな呟き。顔を上げると彼女がいた。ボクは彼女を待っていた。彼女のまわりだけに色がある。それを確認するために。
「よう、おはよう。あ、そうだ、今度映画にでも行かないか?」
矢継ぎ早にそう言った。そして、彼女のリアクションを待つ。
「ばっ、馬鹿じゃないの!意味わかんない!なによ、それ。振っといて映画に行かないか、ですって!?馬鹿にするのもいい加減にしてよ!」
「馬鹿にしてるつもりはないんだけどな。ボクは本気だけど?」
「なによ、なによ!その態度が馬鹿にしてるって言うのよ!」
はぁ、とボクは小さくため息を吐く。予想していた展開とはいえ、なかなか堪えるね。
「一晩じっくり考えて気が変わったってこと。いや、違うな。前々から好きだったけど変化が怖かったっていうのが本音」
「そんなの信じられるわけがないじゃない。なら、なんで昨日はそんなこと言ったのよ!」
「覚えてないのか?」
なにをよ、とあくまで強きな彼女にやれやれとまたため息を一つ吐く。ボクのトラウマになってるっていうのに…。
「昨日のあの台詞はボクがおまえに三年前告白した時に言われたものだよ。あまりのことに冗談だって誤魔化したけど、今だってアレはトラウマだよ」
だから変化を好まないんだよと最後に付け足す。彼女はようやく思い出したのか気まずい顔をしている。てか、そんなことを忘れるなよ。
「あの時のってマジだったんだ」
呆然と呟く彼女に当たり前だと追い打ちをかける。
「で、結局答えは?またあの時みたく冗談でしょで終わらせてボクの心に傷を付ける作戦ならそろそろネタバレしとけよ。本気にしかねないからな」
「はっ、それこそ笑えない冗談ってもんよ。私の気持ちは昨日伝えたとおりよ。文句ある?」
「いや、ない。十分だ」
そう、と満足そうに頷く彼女と歩きだす。
この世界に光て鮮やかなカラーが満ちあふれた。
この世界も、彼女が居ればまんざらでもないかもな。
色褪せた世界にたったひとり、キミさえいれば、ボクには十分だ。
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