今日も快晴、青々とした空に白い雲。緑や太陽が輝く夏の色彩の中、蝉時雨が響く。横浜港に隣接する山下公園を歩きながらそれらを楽しみつつ今日の練習場所を探す。
 丁度木陰でベンチがある場所を見つけた、人通りもそんなにないし良い感じだなと思ってベンチに駆け寄ってケースを開き、ヴァイオリンを出そうとした。ふとケースに大事にしまっている弦を見た。キラキラ光る綺麗な金色の弦、小さい時に貰ったもの。誰だったか泣いていたせいかよく思い出せない。でも忘れていたとは言え自分の支えだった。

「……私の、王子様」

 話を聞いたニアが私に王子様だなと、からかって言ったっけ。思い出したいのに思い出せない歯痒さ、靄が掛かっていて思い出すのを邪魔する。思い出してはいけないとでも言う様に。だから運命の再会を待つしかできない。

「練習練習っ!」

 思考を切り替える、今は練習をして少しでも上達するしかない。使用済で痛みがあるから大切にそっと弦をしまって私はヴァイオリンを奏で始めた。楽譜と睨み合いをしながら体を動かす。




 それはいつもの様にただ意味もなく山下公園へ向かう道を歩いていた。学園傍の公園は丁度いい息抜き場所だった、今日も蝉が騒がしいと思っていたらベンチに座る人影を一つ見掛けた。小日向かなで、憎悪の対象だ。絶望の何もかも味わって、徹底的に敗北と思わせてやる存在。今日はそんな者を朝から見てしまったと眉を寄せ不快感に思った。踵を返し違う道を行こうとしたが、小日向かなでが何かを持っていた。

「………」

 弦、を持っていた。木漏れ日を受けてか一層輝くそれは金色であった。大切そうに、愛しむように手でそっと撫でている。細められた目は何処か寂しそうであり、横顔がさらにそう言った印象を強めた。

「(……まさか、)」

 まさかと思った。存在すら忘れられたこの自分のもの、それを今なお持っているなどと。捨てたのだと思っていた、自分が恵んだものかもしれないと思うと驚くしかなかった。心の隅で喜んでいた自分がいたのは驚きのせいで露知らずだった。
 次に小日向かなでは練習を始めた。技術はお世辞も何も評価すら出来ないものだった。聞くに値しない、と思った。




「あ……」

 一区切りと思って練習を中断したら一つの陰を見つけた。視線を上に上げると厳しい目がこちらを見ている、夏の色彩にそぐわない冷たい色の目。私を見る目はいつも強い憎しみしか宿っていない。その目で見られ私は一瞬身を固まらせた。でもその目がいつもと何処か違うと思うと見つめずには、ううん視線を外せなかった。さわさわと風で鳴る葉の音、遠くから聞こえる子供の無邪気な声、たくさんの蝉時雨、それらが次第にフェイドアウトしていくように感じた。ただ、彼を見ていたから。

「………っ」

 目を離すことは出来ない、二人しかいない別世界にいるような感覚すらしたなんて自分はおかしいだろうか。でも彼を見ていると何だかとても胸が痛い、痛くて切ない。切なくてじわり、目が潤みそうになった。いけないと堪えているのに涙が出そうになる、それはただ切ないからか。胸が心がきゅうっと縮んで苦しくても見つめることはやめなかった。




 小日向かなでと視線を交わす、自分をずっと見てくる。何故、と思うた。忘れた存在を何故見る、と。
 不意に目を潤ませて来た、距離があるのにそう見えた。自分は何もしていない、そうさせることは今日は何もしていない。泣かせるなら絶望を与えてからだ、己の無力に嘆き苦しめ泣かせるつもりだ。計算違いのそれには多少驚きと言うより困惑する。泣き出したものだからさてどうするかと考えた、このまま無視して帰ればいいのだが後味が悪い。何も誰も見ていやしないのだから言われる事など無いのにだ。

「おい、何だ先程の演奏は。聞くに堪えられんぞ」
「っ!」
「無理に弾いているとすぐに分かるな、技術が無いのなら簡単なものでも弾いていろ」
「………」
「まあ、貴様はせいぜい足掻くがいい」

 口を開けば罵倒しか出ない自分に、そこまで小日向かなでを憎んでいたのかと笑いたくなった。事実だからそうなのだが。しかし興味も失せる、これが悔しく羨望した音を奏でた者かと思う。最悪に値する、こんな者に勝ったなどと。納得しない勝ちだけでも苛立つのに、腑抜けになっていたと知ればさらに苛立つ。

「おい、何か言え」
「………」

 言っても口を開かない、ただ泣くだけ。冷めもする、ここにいる価値もない、時間を無駄にしたと息を吐き足を動かそうとした。

「……あなたを見ていると苦しいんです。切なくて……」

 やっと開いたと思えばこれだ。泣き続ける目だけは視線を反らさない、それに妙な対抗心が擽る。

「何が言いたい?」
「えっと、切なくて辛いけど……。でも、不思議と嬉しいんです。あなたに会えた事。嬉しくて仕方ないんです」
「!」

 泣いていたのが嘘のように次には笑う。涙で濡れた目元が木漏れ日を受けて輝く。細められた目は潤みがまだ有り、それに映る自分の姿を見てしまう。驚いている自分がいたと分かってしまった。

「私、おかしいですかね…?でも心が嬉しいって言って、涙が出ちゃうんです」
「………」

 笑ってそう自分に伝えて来る姿を見下ろす、その笑顔に言葉に頭はぐちゃりとする。実に不快感、どうしてくれるんだと目を細め眉を寄せ見下ろす。

「……貴様は訳が分からないな。理解しがたい。俺と同等に成るまでにはその阿呆面をどうにかして来い、不快感だ。潰す価値が無い」
「!」

 びくっと震え、驚き悸く小日向かなでに笑い踵を返し学園へ向かう。だらけた様子を見せていたのだ、少し突いてそれで音が良くなればと思うと良い暇つぶしにはなったかと感じた。
 ふと見上げた空、それは青く……。





 去って行く背を私は見送るしかなかった。掛けられた言葉はとても刺があった、でもどこか優しいと感じたなんて錯覚すぎだろうか?

「負けられないっ!」

 認めて貰いたい、今のままじゃ嫌だから。そう思うと涙を拭ってヴァイオリンを持つ手に力が篭る。
 ふと見上げた空、それは青く心に染み渡る。その青に滲むのは白ではなく一つの残像、頭にいや自分に焼き付いてしまっているから見えてしまう面影を映す。風が吹く、涼しい風に乗せて音を飛ばす。どうか私の頑張る音色が彼に届いてと。

「ん〜…。ここは……」

 楽譜と睨めっこな今日の日の出来事、キラリ輝く弦を見て私はふと笑った。







(王子様、私はこの空の下で頑張っています)



Fin

10.3.xx
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 恋愛…と言うより恋愛一本手前か無自覚な恋のイメージ。運命の二人が運命の恋と知るまでの初期段階かと思います。視点変えながらぐぐっと心情対比出来てれば良いなぁと……。ラブ度が低いのにしてしまってちょっぴり後悔、でもこれが冥かならしいかなって思います。

 冥かなはきゅんきゅんするのと同時に見守りたくなる二人だな、って思ったり。ある意味一途だから純愛の行方を知りたくなっちゃうからですかね?

 素敵企画に参加させて頂いた事、幸せに思います。いろいろ言われてますが、無印からの一ファンとして少しでもコルダ3ファンが増えれば良いなと思います。ありがとうございました!

心音拝。




comekoさまより素材お借りしました。


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