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『フラワリング・デイ』の後日談。










ぴりぴりした、なんてのは只の比喩じゃない。
今の教室を支配する空気は、まさしくそれだった。



(機嫌、悪いな…)



ちらちらと隣の席を盗み見ては、結局目を逸らす。
こちらの視線に気付いているのかいないのか、彼は無表情に空を睨んでいた。
組んだその長い足が小刻みに揺れている。無意識だろう、安定を求めて内ポケットに入っては舌打ちを繰り返す掌が痛々しい。



(どうしろっての、)



背後の席から指先で小突かれる。もう何度目か数えるのも億劫だ。どうにかしろ、との同級生からの無情なお達し。
どうにか出来ているならとっくにそうしている。
出来ないのは、皆が思っているほど自分はこの男――ハレルヤ・ハプティズムについて理解していないからだ。

気難しい、というか単に他人とつるむ気のないハレルヤと自分が接点を持った理由は、ごくごく簡単で。
その原因とも言える自分の兄を、ハレルヤは朝からひたすらに凄まじい眼で睨み据えているのだった。



(子どもだ、)



意外と、年相応の。
最愛の兄を奪われて、満更でもなさそうなその兄を見て、不貞腐れている。
愛用の玩具を取り上げられて拗ねる、小さなお子様。しかも眼光だけは一丁前の。



「ハレルヤ、」



周囲の視線と奇妙な責任感に、今日は大人しく膝を屈することにした。
たまには、こういうのもいいだろう。きっと。



「…、」
「抜けないか、これから」
「……テメェがか?珍しいな、」
「いいだろ、別に」



どうかな、と首を傾げてみれば、黙ってハレルヤは席を立った。
突然の態度に驚いて見上げるしかないこちらをよそに、彼はそのまま床に放り投げていた鞄を肩に引っかけている。

ざわ、と教室内の空気が動くのが解った。触らぬ神に、な癖に気になって仕方がないらしい。年頃の子どもは自分も含めて何だか残酷だ。
すると黒板を背にした教師がその顔を上げて、張りのある声を向けてくる。



「どうした、ハレルヤ少年」
「保健室」



吐き捨てるように(俺にはそう聞こえた)言って、彼はぴしゃり、と大袈裟な音を立てて室内から消えた。
教師のいつもは饒舌な口が珍しく呆気にとられたまま、二の句を告げられないでいる。


二つ前の机で、自分とハレルヤの兄がまっすぐにこちらを振り返っていた。
ハレルヤの兄は、純粋に状況がわからないと言った風で。
自分の兄は、多少の罪悪感と。



(後は、俺になすりつけんのかよ)



胸の前で密かに合わされた掌が、久々の兄の我侭を如実に語っていた。



(…ったく、ここまで来たら、もう)



付き合ってやろうか、なんて。

いつからこんなにお人好しになったのか、否、たぶんハレルヤの兄を奪ったのが自分の兄だから、その責任がどうとか感じてるんだろうけど。

でも、きっと。



「俺が連れて行きます」



何より、俺も嫌いじゃないから。











保健室なんて覗きもせずに通り過ぎて、まっすぐ学校の玄関に走ると、目的の背中はすぐに見つかった。
追いついたはいいものの、声のかけ方がわからない。
仕方ないから隣より少しだけ、ほんの少し、後ろの位置で彼を追う。
自分から仕掛けた手前、自分が何とかしなければならない。
微かなデジャヴを感じながらも、震える口唇は拙い会話を探していた。



「何処、行く?」



太陽が笑っているのが見える。
こんなに大っぴらにサボタージュなんてしてしまって、何だか新鮮だ。



「取り敢えず、飯」



無造作にハレルヤの深緑の髪の毛が顔面を通り過ぎていった。
外す暇もなく絡み合ったその金色は、彼の背面で輝くあの太陽よりも、ずっと。



(眩し、)



手を伸ばせば、届いてしまう。



「その後はテメェの家、だな」



すっ、と伸ばされた腕が自分のジャケットの内側に潜り込んだ。
いつかハレルヤから没収したままの煙草の箱を取り上げられて、去ってゆく指先が悪戯するように首筋を撫ぜる。
含みと覚えのある動きにさっと羞恥が駆け巡った。
むず痒い刺激が、忘れたい夜を思い出す。



「落し前は、きっちりつけろよ」



そう言って、たちの悪い子どもは満面の笑みを浮かべた。










end.



あきゅろす。
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