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 町外れにある築三十年のぼろアパートに君は住んでる。
 周りには大きな川が流れているだけで、コンビニだって歩けば四十分掛かる。来るたびに思うけど、本当に不便なところだ。
「おはよう」
 玄関から声を掛けても、磨りガラス越しの姿は揺れもしなかった。砂嵐のノイズが部屋中に響いている。そういえばこいつの家のテレビは未だにブラウン管だった。
 土足で家にあがり、買ってきた食材を勝手に冷蔵庫に詰める。ちくわと発泡酒しか入ってなかった冷蔵庫は、私が買ってきた大量のビールと笹かまぼこでいっぱいになった。
 冷蔵庫をいっぱいにしたあとは、生存確認を行う。
「ねえ、おはよう」
 磨りガラスの引き戸を開けると、死んだように眠る君の姿。靴を履いたままの足で尻を蹴ると、ゆっくりと目蓋が開かれた。
「おはよう」
「帰れ」
 そう言うと君はすぐ目蓋を閉じて、また眠りに着こうとする。君は私のことが嫌い。でもそんなこと私、ずっと前から知ってる。
「外に出よう。一緒に散歩してこよう。」
「さっさと帰れ」
「一緒に散歩してくれたら、お小遣いあげる。」
「……」
「三十万」
 バックから裸んぼの札束を取り出して見せると、君は黙って立ち上がって、もやしみたいな身体に白いシャツを羽織った。
 君の肌は真っ白。目ン玉は真っ黒。あばら骨が浮き出ている。
 黙って媚びてればいいのに。生きるのが下手なひと。
「いい天気だね」
 川沿いにはコスモスが綺麗に咲いていた。ひとつひとつ踏み潰して歩いていた君が、突然足を止めて、上を向いたので、つられて空を見上げれば、飛行機が飛んで行った。
 視線を戻して、君を見ると、真っ黒な目玉が透明なものを流していて、その瞬間、私やるせなくなってしまって、つらくなってしまって、もう君のことがわからないと思って、「帰ろうか」と言った。
(君の好きな人は私のパパで、パパが好きなのは私で、私が好きなのは君ってだけじゃないの。)
 マリファナで穏やかになっていた君のぺニスをディルド代わりにして自慰をしたあの日私の十八の誕生日だった。君はおめでとうも言わないで壁の一点を見詰めて騎乗位で喘ぐ私の姿も気にせず葉っぱを追い焚きして十数分後に嘔吐した。そういうのって駄目じゃないの。失礼だと思わないの。私はパパじゃないけどパパの娘なのに。
 アパートに戻ると、君は無駄のない動きで私のバックから金を抜いて、布団に潜り込んだ。十分少々歩いただけて三十万なんていい仕事したねえ。
(君は私のことが嫌い。君は私を恨んでる。私は君を愛してる。)
 ブラウン管は気を狂わせるようなノイズを延々と垂れ流していて、たぶん君って毎日こんなの聞いてるから頭がおかしいのだと思うよ。
 ねえ君。君からパパを取ったのは私じゃなくて法律なのよ。パパは君の肉体を知り合いのオジサンに売ったり、キラキラした結晶をプレゼントしたり、君の友達を強姦したりしたじゃない。なのにどうして君はパパを愛しているの。私は君を、守ろうとしているだけ。なのにどうして私を恨むの。
「そうだ。今日、ここに来る前に、パパと面会してきたよ。」
「……元気だったか?」
「さあね。面会してきたのは嘘だからわからない。」
「……てめえ、死んじまえ!クソアマ!」
 君はパパのことになるとやっと人間になる。それまではただの濁った眼の死んだ肉。君の目の前で私がパパに犯されていたときも君はおんなじ事言って、吐瀉物撒き散らしていた。
(てめえ死んじまえクソアマああああやめろ俺を犯せ俺を犯してくださいやめてくださいそんな女を抱かないでお願いだからやめてくださいやめて)
 吐瀉吐瀉吐瀉吐瀉!嘔吐!ゲロ!ゲロ!君の十八の誕生日この部屋はゲロまみれだったね。
 パパの出所を待っているのなんて君だけだよ。君だけだよ。馬鹿な君。
 私を愛してくれたらいいのに。そうしたらきっとすべてうまく行くよ。君はマリファナなんか吸わなくなるし、私だってもうこんな遠いアパートにビールと笹かまぼこを届けに来なくていいし、自慰だってしなくていい。
 なにをしたら愛してくれんの。いくら払えば愛してくれんの。ぜんぶ馬鹿みたいじゃない。どうしてこの世界ってこんなにも不条理なんだろ。







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あきゅろす。
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