[携帯モード] [URL送信]


―雨は…?

ぼんやりと蔵馬は思った。
身体は暖かいものに包まれて、ふわふわと浮いている。

飛影が抱いて移動してくれている事を理解するのに、蔵馬は多少の時間を要した。


―雨が、降っていた気がしたんだ―…

意識を手放す直前に、蔵馬は視界の片隅に雨を認めた気がしていた。
その際も、己の身体は暖かい腕の中に居た―…


蔵馬の意識が戻った事を、飛影は気配で感じていた。
それでも何も声を掛けなかったのは、微睡みの中に居る蔵馬の邪魔をしない為…と言うよりは、告げられる開口一番の文句を少しでも後に伸ばそうと言う足掻きだったのだが…
蔵馬が口にしたのは、目覚めた挨拶でも飛影の所業への文句でも無い、飛影が全く予想出来ないものだった。



「…“スーホの白い馬”って話、知ってますか…?」



―スーホの白い馬

人間界のモンゴルと言う國のお話。
スーホと言う少年は、小さい頃から飼っていた白い馬を友達の様に大切にしていた。
だが、その白い馬を領主に奪われてしまい、白い馬は命辛々逃げ出して来るが、スーホの元へ辿り着いた途端に死んでしまう。
哀しみで眠れぬ夜を過ごしていたスーホがやっと眠りに就いた時、夢に白い馬は現れ、自分の身体で楽器を創り、側に置いて欲しいと頼んだ。
それが、モンゴルの楽器、“馬頭琴”の由来―…



人間界の昔話等知る訳も無い飛影は、蔵馬を抱えたまま怪訝な顔をした。
そんな飛影を余所に、蔵馬はぽつりぽつりと“スーホの白い馬”の話を聞かせたのだった。
それこそ、目を覚ました挨拶もそこそこに…



「…で?」


飛影はぶっきらぼうに問う。

―本当は、蔵馬が何を言いたいのか分かっていた―…
皆は知らない、けれど飛影が知っている蔵馬が言いそうな事…だった。


「…オレが死んだら、貴方に何が残せるかなぁ。」


飛影が蔵馬の部屋を訪れた時に聞く、“珈琲でいいですか?”と同じ言い方だった。


「…」

飛影の無言は、怒りの表れ。
誰にでも分かるそんな事実を、蔵馬は汲み取らない。

それどころか。
“白い馬の様に夢に現れて、何かを告げるなんて出来るのかなぁ”とか。
“飛影には何が有れば助かるんだろう”とか。

ファンタジーの様な話をしてみたり。
上京した息子を心配する母親の様な事を言ってみたり。

まるで部屋でやる様な独り言を繰り広げるのだった。
…飛影の腕の中に仕舞われて、魔界を駆け抜けている最中だと言うのに。
勿論、駆けているのは飛影だが―…


「…わっ!ちょっ…!!」


蔵馬の身体が飛影の腕から擦り抜けた。
重力に逆らう事無く、蔵馬は魔界の空中から地に向かって落ちて行く。

…と思えば、数秒後ぽすんと小さな音を立てて、蔵馬は飛影の腕の中に再び仕舞われたのだった。


「……何するの…。」

「お前が馬鹿な事ばかりべらべら喋るからだ。」


綺麗な眉を少しだけ寄せて非難する蔵馬に、飛影は不機嫌に返した。

飛影としてはわざと蔵馬を落とした訳で、それによって蔵馬の戯言を止めさせたかったのだが。

直ぐに蔵馬が文句を重ねて来るだろうと思われたのに、二人の間に数分の沈黙。
魔界の風が音を立てて、己の存在を知らしめた―…



「…オレ、本気で言ってますよ。」


静かに、けれど、風の音を遮って、蔵馬の声が飛影へ届けられた。


―知っている。

蔵馬が本気な事位。
だからこそ、飛影は腹を立てたのだから。


「…いつぞやの気色悪い奴の様に、お前の首でも所望すればいいのか。」

“馬鹿が”
そう続けて、飛影は目線を下げた。
腕の中の蔵馬に向けて。
その紅い瞳は、普段蔵馬に向けられるよりも幾分鋭い。


「はは、懐かしいね。」


蔵馬は顔を少し持ち上げて飛影のその瞳を受け止めた筈なのに、ニッコリ笑って過ぎた大会を懐かしんでいる。

その蔵馬につられて飛影も思い出す。
己が言った“気色の悪い奴”、よりは。
それと闘った蔵馬の姿を。
その、死と引き換えにした闘い方を。
そして、ますます飛影の中で苛立ちが大きくなった。


“あ、話を戻すけどね…”
飛影の気配の変化を気にも留めずに、同じ口調で蔵馬は続ける。


「オレが死んだら、貴方に何が残せるのかなぁ…?どう思う?あ、貴方オレの髪を弄る癖が有るから、髪の毛でも残…」

「いい加減にしろ。」

「あ、それともやっぱりよく効く薬草を沢山…」

「蔵馬!」


飛影が声を荒げるのと、蔵馬を抱える腕に強い力が込められたのは同時。
蔵馬の明るい声が止まったのもまた、同時の事だった。


目線を上げる事が無いまま飛影の首元に話し掛けていた蔵馬は、顔を上げてもう一度鋭い飛影の目線を受け止めた。


「…堪えた…?」

「何?」

「少しは堪えた…?」

「は…?」

「ん…、ちょっとお返し。」


傷が塞がって色を取り戻した口元から舌を出して、蔵馬はニッコリ笑った。
その元狐を思わせる表情を、心底嫌そうな顔で飛影は見詰めた。
専売特許の溜め息付きで。


「冗談ですよ。あんなに無茶されたお返しをしてやろうかと。文句言われる事位は覚悟していたんでしょう?」


してやったり、と言う様が蔵馬の声色に混じっていた。
飛影は舌打ちを一つ零して、駆け抜けるスピードを上げた。

元々、風が強く当たって蔵馬の眠りを妨げない為の飛影なりの配慮だったから。
人に突っ掛かる余裕が有るならば何の問題も無いだろう、と言う訳で。



飛影がスピードを上げた所為か、特に掴まりもせずに飛影の腕に任せきりだった蔵馬が、飛影の衣服を掴んだ。


「―嘘。半分本気。あの時、雪菜さんを守る事位はして逝きたかったんです。」

先程までとは打って変わって、真摯な声色だった。
飛影の衣服を掴んだ理由が、別に有ると思わせる程の。


―半分どころか、最初から本気だろうが。

妹を守る事位は…
“しておきたかった”のか“して逝きたかった”のか。
聞き間違いかと問い質してやろうかとも飛影は思った。
けれど、聞き間違いであったとしてもそうで無くても、結局は蔵馬の思う処は変わらない筈で。


“この生き方が、オレの決めた道なんです。認めて…側に居て下さい―…”


飛影の頭の中で、百足の部屋で聞いた、蔵馬の台詞が思い出された。
そして飛影は盛大に溜め息を吐いたのだった。




“そんな事よりも、どうやったら長く生きられるのかを考えたらどうだ。”

“考えてるよ。でもオレにとっては、長く生きる事も死ぬ前も死んでからの事も、同じなんですよね。”

“…何処がだ”

“全て貴方に繋がる事、ですから。”

“…”

“でも…”

“…?”

“オレの血を見るだけであんな風になる飛影を置いて、一人で逝けないよね。”

“…”

“ねぇ、飛影?オレ、気を付けるから。ね…?”

“…煩い。”

“さて…もう少し寝てもいいですか?誰かさんの所為で未だ眠くって。”

“お前…”

“安全運転でお願いしますね。お休み、飛影。”

“…ったく。”




飛影は己の腕の中、完全に眠っている蔵馬を見詰めた。
眠る前に交わした会話を思い出しながら。


昔も今も変わらない、何処か儚く思わせる腕の中の存在。
今は完全に眠りこけて、重みが増したと言うのに。
それでも―…


儚いと思ったから心を奪われたのか。
心を奪われてから儚いと知ったのか。
それは、もうどちらでもいいし、どちらでもあるかも知れない。

目を離しても手放しに安心だ、なんて言う日は来ないのだろう…
もう出逢ってしまっているのだから―…


小さな寝息が腕の中で規則的に続いている。
その表情は何処までも穏やかで。
そして、綺麗で…何処か、儚くて―…
けれどやっぱり、穏やかで…

人が心配してやってると言うのに、と飛影は少し面白くなくて。


そこではたと気付く。
儚く見せられて目を離せないでいるのは。
この狐の策略なのかも知れない、と―…

そこまで考えて、飛影は小さく笑った。

先程言えなかった、お休みの挨拶代わりに。
流れる風で晒された、蔵馬の額に口付けを落として―…



(END)



★あとがき★
「…夢_うつつ…」のアホ管理人、哀吏です。
こ〜んな終わりになってしまいました、皆様&乃亜様…。゚(●'ω'o)゚。
乃亜様が付けて下さった“fragile”と言う題名のテーマを元に展開させて頂いたつもりですが…
へへ…へへへ…(´m`;)
乃亜様宅「FOXy」のキリリクで描いて頂いた素敵イラに物語を勝手に書かせて頂いてからコラボ作となりました、“fragile”。
とっても楽しんで書きました^^
…が、思う様に行かず、突っ走ってくれた物語でもありました(汗)
(いや、結局はあたしの文才の所為なんだけど)
なので思ったのと違うストーリーになったりして、逆に楽しかったです☆
飛蔵はどんな形でも楽しいです♪
馬頭琴の話、皆さん知ってますか?
国語の時間に教科書で習った覚えが有る方も居るのでは…?(ジェネレーションギャップは置いておいて…;汗。。。平成生まれの方は知らないかも…orz)
いつか飛蔵的に使ってやろうとは思ってましたが、まさか“fragile”で!!
上手く纏まったかは超疑問ですが、満足です。
いつかオマケも書きたいな、とは思っています^^
ではでは…お読み下さった皆様、コラボしてくれた乃亜様…
有難うございました
※「スーホの白い馬」 wiki参考



[戻る]


あきゅろす。
[グループ][ナビ]
[HPリング]
[管理]

無料HPエムペ!