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魔界に四季は無い。
常に変わる事無く、薄暗い雲に覆われ雷光と血生臭い風が支配する。

蔵馬を先導する様に、一歩先を駆け抜ける飛影の姿。
一時間程、その光景に変化は見られなかった。


蔵馬が覚醒してから三日。
一日で覚醒した蔵馬を、大事を取って飛影は動く事を許さなかった。
飛影は妖気を分け与え、百足の頭首にも面会する事は許さず、軟禁に近い形で蔵馬を看続けた。

飛影に其処までさせる程、蔵馬の負った傷は深かった。
蔵馬の妖気は底を付いていたし、血液も不足していた。
逆を言えば、それ程深い傷を三日で塞ぐ事が出来たのは、飛影の施し以外何も無い。
それは痛い程、蔵馬自身が解っていた。


途中、血の匂いが強いなと蔵馬に思わせた風。
先導していた飛影が立ち止まった。

飛影が立ち止まって見下ろしているのは、大量の血を吸い乾いた土…
蔵馬は鼻につく血の匂いに意識を集中して、己の流した血の匂いだったのだと理解した。
二匹の妖怪相手に流した大量の血。

二人がこの場所を通り掛ったのは、偶然であろうが。


「あ…、これオレの…。」

「…」


蔵馬の呟きに飛影は答えない。
その沈黙が、蔵馬には痛かった。


「あんまり気分のいいもんじゃないね。何か血の匂いがやけに鼻につくなと思っていたんですけれど…」


堪らず、蔵馬は軽い口調でそう続けた。
“今こうして居られるのも、飛影のお陰ですね”と、飛影に対してのフォローも忘れなかった。

けれど飛影は黙ったまま、足下に広がる蔵馬の血と土の塊をじっと見下ろしている。
飛影の怒りが浮かぶ苦々しい表情を、後ろに立つ蔵馬が見なかったのは、幸か不幸か…


「蔵馬、ついて来い。」


徐に飛影が告げ、人間界との境目が在る場所とは違う方向へ向かい始めた。
蔵馬は黙って従い、飛影を追う。
今の時刻は人間界で昼頃…
今日まで有給を取ってある為、今日中に戻れれば良いと、そう思って。



「…入れ。」


そう蔵馬が促されたのは、目に付きにくい場所に在る洞窟。
数メートル進むと、中は行き止まりになっている。
其処までは、殆ど雷光は届かない。


「此処は貴方の隠れ処…?何となく貴方の匂いが染み付いている気がする…」

「…百足で近くを通ればな。入口に結界を施してしまえば、息が詰まる事も煩わしい事も無く休める。」


“百足での煩わしい事”…
きっと躯の事だろうと思って、蔵馬は苦笑いを零した。


「へぇ、知らなかったな。貴方にこんな処が………って何?!」

「黙ってろ。」


飛影相手に警戒する訳も無い蔵馬は、一瞬の事に抵抗する事も敵わず、腕を後ろ手に縛られ動きを封じられた。
蔵馬の手首に絡み付く飛影の妖気が染み込んだ布切れは、簡単に解けるものでは無い。
驚きを隠せない蔵馬は飛影を見詰めるが、薄く笑みを浮かべているだけの飛影の表情は蔵馬に何も語ってはくれなかった。


「…飛影?!……っ」


飛影は何も言わず、蔵馬の首筋を舐め上げた。
片腕は背に回して蔵馬を支えながら、もう一方の腕を蔵馬の服の中に潜り込ませてゆく。

背中に、首筋に、施される愛撫は、飛影がこれから何をしようとしているのかを物語る。
その事に、蔵馬の身体は強張っても、飛影の愛撫は止まない。

強張りとは反対に、蔵馬の身体は熱を籠らせてゆく―…


「…飛…影っ!こんな…処で…止め…っ」

「黙ってろ。鳴くのだけは赦してやるが。」


“結界は張ってある”と飛影は続けた。
飛影に止める気が無いのは、飛影の手が蔵馬のベルトを外しに掛かった事で伺える。
“結界をいつの間に…”と思う前に、焦りが蔵馬を襲う。

半身が外気に晒され、蔵馬は肌寒さを感じた。
いや、それよりも上回る羞恥心…

しゃがみ込んだ飛影の熱い舌が蔵馬の局所に這わされて、蔵馬は一際大きい声を上げた―…




いつの間にか、外では強い雨が降り注いでいた。
相変わらず、合間には雷鳴が轟く。
時折斜めに走る雨が、風の強さを伝えていた。


蔵馬は己が何度果て、何度飛影の熱を受けているのか既に分からなくなっていた。
力の入らない身体は飛影に支えられる事で何とかバランスを保っている。
立ったまま行われる行為は、今まで殆どされた事がない。


「…っ………あぁっ…!」


上がる掠れを含んだ声を塞ぐ術も無いまま、蔵馬は霞む頭の片隅で理解した。

―飛影を、怒らせたのだと―…


そして嫌と言う程洞窟内に響き渡る己の嬌声を聞きながら、蔵馬は哀しい事実に気付く。

…一度も、口付けを交わしていない、と―…

けれど、蔵馬には顔を持ち上げる力も残っていない。
ずっと飛影の肩に頭を預けたまま。
外の雨にも、気付く事は無い。


「…飛…影?…キス…して下さ…い…」


切な気に、蔵馬の声が飛影に届く。
飛影は何を思うのか、黙ったまま応えない。


「飛…影…?……お願…い……あぁっ…」


もう一度蔵馬は懇願して、顔を持ち上げようとした。
殆ど身体に力が入らないと言うのに。
その事で、未だ繋がったままの箇所に甘過ぎる刺激が走る。


「…お前のその声を塞ぐ為か?」

「ち…が……違うっ!」


絞り出す様な蔵馬の声が響き渡った。
蔵馬の必死な様が伝わって。
飛影は蔵馬の頭を支え、顔を上げさせた。

…やっとまともに、二人の視線が絡み合う。


飛影がゆっくりと口付けを落とした。
先程までの行為からは考えられない程の、静かな優しい口付け―…


「…あり…がとう、飛影……ごめん…ね…」


蔵馬は掠れる声でそれだけ言い、意識を手放した。


何度も行われた行為。
蔵馬にとっては激し過ぎるもの。
その合間に意識を失ってしまうタイミングなんて何度もあったと言うのに、蔵馬はそれを我慢していた。
蔵馬の第六感が、そうさせていたのかも知れない。

飛影からの口付けで安心した様に、蔵馬は眠りに就いた。

その意味も。
“ごめんね”の意味も。

飛影は、理解していた―…



「…ほとほと甘い奴だ…」


飛影はそう呟いて、腕の中の存在を見詰めた。

蔵馬の流した大量の血を改めて目にして、飛影は怒りに似た感情に覆われた。
その怒りは消し去った敵に対してでもあり、そして今腕の中で眠る蔵馬に対してでもあった。

己の為に命を投げ出しても構わないという蔵馬の想いを、飛影は昔から嫌と言う程分かっていた。
その想いが、いつか蔵馬自身を追い詰める事も。

何度と無く、苦言を呈して来た…

守りたいと思っている相手が、己が原因で命を落とす事等、有ってはならない。
けれど。
手放す事もまた、出来なかった―…


その葛藤が、蔵馬の血を見る事で飛影の中に黒い衝動を引き起こした。
一言で言えば八つ当たり。
腕の中で追い詰めて、蔵馬の存在を確認したかったのかも知れない。

そんな己の稚拙さに飛影は苦笑いを零した。


「…悪かったな。」


目を覚ましたら、小言を聞かされる事になるのだろう。
こんな処で何度も、とか。
明日から仕事なのに、とか。

素直に謝って見せるのと、お前が悪いと開き直るのと、どちらが有効的か。
考えを巡らせながら、飛影は腕の中の存在をもう一度見詰め直した。

その紅の瞳が。
この上無く優しかった事を知るのは…
誰も、居ない―…



(END)



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