「久しいな、忍人。相変わらずの仏頂面のようだが?」 「貴様の、人の神経を逆なでする言い方が相変わらず好ましいようだな、アシュヴィン」 腰の破魂刀に触れた忍人は、片手に持っていた竹簡を置いた。 出入口にはアシュヴィンが王と並び、リブを従えている。 その光景は、何時もと変わらないのだが、忍人には久しぶりだった。 何故なら周りにかつての仲間は幾人か離れてしまった。 柊は書き置きをしたまま、文献関係での調査に向かってどこかに行ったまま帰らない。 忍人はその理由を何と無く知っていたが、敢えて知らないふりをした。 恐らくは暫く身を隠しておかなければならないからだろう。 自分の主である那岐が居なくなった布都彦は、いなくなった風早の代わりに、王の護衛と一部隊を任される事になった。 推薦したのは忍人で、アシュヴィンの口添えもあった為に実現できた。 他のメンバーは何時も通りだ。 忍人はというと、先日まで色々と調査に出掛けていた。 つい先日帰って来たばかりだが、既に自分の部隊などの指揮を執っていた。 彼に休む時間は無いのか、と問えば、自分なりに休んではいるという返事が帰ってくるだろう。 「王、何か変わりはないか?」 「ええ、ないわ。それより、今日は天気が良いから、散策に行こうって話してたの!忍人さんも行きませんか?」 この王は、姫の頃とは変わらない。 無邪気に笑う。 その笑顔を育て、守って来た、一人の従者はもう何処にも居ない。 あの事件をきっかけに、中つ国からは姿を消した。 人に聞けば、その騒ぎに乗じて姿を消したとも。 醜聞を恐れ、駆け落ちしたとも言われている。 本当の事は僅かな者達しか知らない。 彼は自分の幸せのある場所へ、行っただけだと。 忍人はゆっくりと窓の外を見た。 空は明るい青に彩られ、日差しは温かい。 適度に吹く風が、心地良い。 そうだ、こういう日を散策日和というのだろう。 「…仕方ないな。君は言い出したらきかないから。俺も一緒に行こう」 「やった!後は布都彦と遠夜を呼んで来なくちゃね」 「や、ならば私が行ってきますよ」 「すまんな、リブ」 「ああ、布都彦は俺が連れていく。鍛練場に居るだろうから」 「有難う、忍人さん!」 「そういえば、那岐と風早はどうしているんだ?」 外は言う通りに散策日和だ。 歩きながら全員が一休み出来る場所を探している。 そんな中、忍人は思い出したかのように問い掛けた。 その話には布都彦も遠夜も気になったのか、耳を傾けている。 あれから、数ヶ月経っている。 しかし便りがない為に、どうしているのか気になるのも道理だ。 忍人の言葉にアシュヴィンはそうだな、と呟いて。 そして地面を見てから、直ぐに視線を上に向ける。 思い出すかのようにフッ、と笑うと、肩を竦めた。 「…今は離れてた分、ずっと一緒に居るだろう。暫くは身を隠すと言っていたが、その内あの脳天気な笑顔と無愛想な表情で現れるだろうさ」 「…そうだな」 忍人はゆっくり顔を空に向けた。 その空の色は、少なからず彼を思い出させる。 今、何をしているのか。 今、お前達は幸せだろうか。 あの笑顔を、今でも浮かべているのだろうか。 この晴れた空の下で、同じように。 幸せを望んだから。 忍人は背中を押した。 柊にああ言われたからじゃない。 本当の幸せと後悔を、並べたくなかったからだ。 だから背中を押した。 彼等がどんな道を進んだとしても、大丈夫な気がしている。 相手の幸せを考えて。 その幸せの在りかを漸く知り得た二人だからこそ。 那岐。 もう二人では会えません。 …いいえ、那岐様。 ダメです、それ以上言ってはいけない。 (ああ、風早。) (またこの夢を僕に見せようっていうのか。) 伸ばした手は届かない。 振り向いた風早の顔が見えない。 漸く振り返っても、その表情はあの時と同じ。 そんな顔をさせたい訳じゃないんだ。 そんな顔、もう見たくないのに。 そうやって、また、那岐を突き放そうと―――、 「っ、…」 小鳥の鳴き声。 不意に目が覚めて、那岐は隣に目を向けた。 そこには残った温もりは感じるのに、風早の姿がない。 上半身を起こして、そのまま布団を剥ぐ。 また、あの夢を見た。 前よりは大丈夫になったが、未だ那岐の心を蝕んでいる。 那岐は風早を捜す為に裸足のまま部屋を出る。 そこには濡れた髪を拭う風早の姿があった。 「風早」 「あっ、那岐。起きちゃったんですか?」 「…どういう意味」 「昨日は疲れてるみたいだったから、もっと寝てても良かったのに」 「疲れてたらあんな事しないだろ。それに、だったら今疲れてて休まなきゃいけないのは風早じゃないの?」 「なっ、那岐!」 那岐の言葉に、顔を少し赤くした風早は諌めた。 それに那岐は素知らぬふりをして、べ、と舌を出した。 相変わらずの二人の様子に、先に笑ったのは那岐だった。 そして那岐は風早に近づくと、そっと手を伸ばす。 「……さっき。あっちにいた時の夢を見たよ。あんたに嫌われた夢だった」 「…那岐…」 「―――ごめん、嘘だよ」 那岐に触れられて指が震える。 あの突き放した時の怖さを、思い出していた。 だから震えた。 この優しく触れる手を失うのが怖くて。 風早だけではない。 それは那岐も怖い事だった。 もう一度突き放されたら、どうしたら良いんだろう。 呼吸する事すら、那岐には出来なくなるのではないだろうか。 怖い。 もう一度、この手に突き放されるのが。 許されぬ恋をした。 決して結ばれない運命だった。 けれど、変えた運命は、時に幸福と恐怖を運んでくる。 だけど恋をとった。 何に許されなくとも構わない。 だから恋をとった。 それがどう自分達をこれからを傷つけるかもしれないと、知っていても。 その恋が、彼らにとっては、始まりなのだから。 「風早、腹減った」 「はいはい、朝ご飯にしましょう。その前に、那岐も身体洗って来て下さいね」 「面倒」 「那岐」 「…はいはい」 「今日は良い天気ですから、後で散歩でもどうですか?」 「風早が一緒ならね」 「ふふっ…勿論ですよ、那岐」 (僕たちは許されない恋をした。) 感情に揺れ、自分のエゴを押し付けていたのかもしれない。 ただ変わらなかったのは、好きという気持ちだけ。 突き放そうとしても、突き放されても、本心は変わらない。 隠した感情も。 失いそうになった恋情も。 君が居なくては大切なものだと、気付かなかった。 好きだよ。 きっと、それが、許されなかった恋だったとしても。 今、こうして、共に歩んでいける。 それだけが今喜ぶべき、事実であるという事を、幸せとしよう。 諦めそうになった恋。 苦しくて、手放したくなくて、抗った恋。 許されなくても、消えない“好き”。 傷つけてしまった時もある。 傷つけられた時もある。 だけどその傷を、癒すのは、何時もは君だった。 君だけだった。 許されぬ恋。 けれど、一番愛しくて、失うのを恐れた。 それは紛れも無い。 たった一つの恋、だった。 許されぬ戀―結末は始まり― >>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>> 許されぬ恋がなければ、きっと僕はこんなにも風早を愛していると、気付かなかった。 最終話。 長かった物語は、全てはきっと始まりなのだと思います。 [グループ][ナビ] [HPリング] [管理] |