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NKNSM(中野島)の歴史


中野島とはJR東日本中野島駅を中心として中野島1丁目〜6丁目で広域地名として布田、生田1丁目〜2丁目も含まれます。
中野島は神奈川県川崎市多摩区にある登戸と稲田堤(菅)に挟まれた小さくて閑静な住宅地であり、中野島駅近くには梨畑と元々株式会社キトー(現在の本社は山梨県)の本社跡地に1983年に住友商事が開発した高級分譲マンションの新玉川ハイムサミットがある。
地名の由来
多摩川は昔の流域が現在位置より南にあり現在の中野島と生田の境界付近に流れている二ヶ領用水が多摩川で、江戸時代に大洪水続き多摩川の流路が大きく北(現在の多摩川)に変わり、旧河流と新河流が挟まれた形の中洲が現在の中野島である。この洪水がなかったら今頃中野島は東京都狛江市になっていたかもしれません。

中野島の歴史

年表不明
 多磨群府中領中野島村が誕生
1875年 多摩郡から橘樹群に移管される。
1889年 明治の大合併で中野島村他5村を合併し橘樹郡 稲田村(詳細はwikipediaの稲田町を参照)
1889年 明治の大合併中野島村他4村(菅村、登戸村、宿河原村、堰(せき)村)が合併して橘樹群稲田村が誕生
1927年 南武鉄道 本線(現在のJR東日本南武線)の延伸に伴い中野島停車場が誕生し同時に多摩川の河原まで引込線が敷かれて砂利採取が始まる。
1929年11月1日 中野島停車場から中野島駅に正式に昇格する。
1932年8月1日 稲田村町制施行し稲田村になる
1938年10月1日 稲田村が川崎市に編入し川崎市中野島(まだ政令指定都市ではない)
1944年4月1日 南武鉄道線が国有化、国鉄南武線の駅となる。
1947年12月15日 現在地に移転。旧駅は約400m登戸寄りの地点であり、その名残で旧駅付近から中野島中央通商店街が伸びてる。
1955年7月1日 貨物取扱廃止
1960年代 人口が増加し登戸を境に市営住宅(中野島多摩川住宅)ができ登戸からカリタス学園までバスが通るようになる。
1972年4月1日 川崎市が政令指定都市に指定され、川崎市多摩区中野島になる
1983年 キトーが甲府に移転に伴い跡地に700世帯の分譲マンションの新玉川ハイムができる。
1987年4月1日 国鉄分割民営化によりJR東日本の駅となる。
1991年 住居表示実施により、中野島1〜6丁目の町名が誕生する。
2006年3月20日 マンション(リバーグリーン和泉)15階から小学生が突き落とされる事件が起きた。
2011年4月9日 南武線に快速運転が再開し中野島駅は停車になる。(元々2011年3月12日より運転開始予定だったが東日本大震災並びにそれに起因する福島第一原発事故により4月8日まで快速の運転中止)
2014年3月15日 南武線の快速の通貨区間が稲城長沼まで延伸し中野島駅は通過になる。



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