「ねえビア姉。」

あの時は、と懐古する。
自分の周りは確かに慌しく危険ではあったが、同時に暖かく穏やかだった。
平安を知らずに育った自分に、唯一といえる居場所を作ってくれたのは、他ならぬあの人だった。



デットラインの

こう側






「十年前のツナ兄達って、もしかして僕より年下?」

あまりここは好きではないな、と思いながら自分のとなりを歩く女性に話し掛ける。
ずっと続くように思われる白く長い廊下は見ていて単調で、地下ということもあり息がつまりそうになった。かつかつと、規則的に聞こえる自分と相手の足音に空間が満たされるのがなんだか不快だった。
「・・・でしょうね。」
昔から少しも変わっていないように見える女性、ビアンキはフゥ太の問いに興味なさそうに答える。
「ふふ・・・なんだか変な感じだね。」
先ほどボンゴレの組員であろう人からリボーン連名の連絡があった。
十年前の綱吉たちがこちらにやってきたと、連絡を受けたときは信じられなかった。
まさか、死んでしまったあの人が、と。
十年バズーカの威力に驚いたのもそうだが、もう一度生きているあの人に合えるのだと、胸が詰まるくらいにただ嬉しかった。今なら神を信じてもいいと思うくらいに。
今会いに向かっているその人はやはり自分より年下で、姿も幼いのだろうか、想像すると変な感じだ。今の自分に馴染みあるのは、イタリアスーツを着こなし、威厳ある立派なボンゴレ十代目、だ。
十年前を逆算すると彼らは、まだ中学生だ。
中学生の彼らと言えば、自分と出会ってまだ間もない頃だったはず。
初めて会ったときのことを思い出す。全てにおいてだめだめで、しかも欲がないお人よし。マフィアのボスどころか、マフィアの最下位層にもにも相応しくない、綱吉はそこらへんにいるただの中学生だった。
誰が想像できただろうか、あの幼げな少年が、こんな基地を作るドンになったのだ。

「なんだかうれしそうねフゥ太。」
「・・・うれしいもの。」

だってね、と彼が死んだ日のこのことを思い出す。
イタリアらしく晴れ渡った空、不吉な影の忍び寄る隙のなかったあの日。
陽気な天気に幸せすら感じていた自分に入った一本の電話。虫の知られなんか無く、とった電話は彼の死を告げる訃報だった。
その時悲しみや驚きを超えて自分が味わったのは、深い絶望だった。

「ツナ兄は僕の初めての居場所だったんだ。」
「・・・・・・。」
「僕を情報屋じゃなくて、フゥ太として見てくれた。初めての人だったんだ。」

信じられないほどの安心感。充足感。
家、というものをもったことがなかった自分にとって、綱吉は本当の居場所を作ってくれた人だった。
それが失われた。
それは、はっきりとした絶望だった。
もう会えないのだ、と思ったら、涙しか溢れてこなかった。
彼が身に纏う心地よいブランケットのような空気にもう触れることはないのだ。
もうあの人に名前を呼んではもらえないのだ。
もうあの人はいないのだ。

「ビア姉・・・。」
「何?」
「泣いても・・・笑わないでね。」
「・・・笑うわけ・・・ないでしょ。」

綱吉の棺を目の前にして、震えが止まらなかった。
お願いだから、うそだと。そういうように山本や獄寺に縋った。
でも彼らは悲壮に暮れた顔をして涙を流した。
嫌だ、と子供のように駄々をこねた。嫌だツナ兄、行かないで。
縋りついた棺桶に入れられた綱吉は、いつもどおりの髪の色をしていて、いつもどおりに口元に笑みを浮かべていたけれど、その大きな瞳が開くことはなかったし、肌の色も白かった。
失われたのだ、と悟った。
もうだめなのだ、と。
彼を生き返らせることが出来るなら、それこそ悪魔にでも手を貸そうと思った。
しかし、悪魔は現れなかった。神も。何も。

「ツナ兄・・・!」

だけど彼は現れたのだ。十年の時を超えて。

あの時、と懐古するのだ、
何もかもが暖かく優しい時代があったのだと。
少年だったあの人は、その時を包んでいた穏やかな空気をまだ纏っているのだろうか、

「フゥ太・・・!」

振り返ったその人は、変わらず、微弱な光を纏っているように見えた。
そして、今も昔も、彼は同じように自分を呼んでいたのだと、今更ながらに自分は気付いたのだった。

死を超えた向こう側に彼はいたのだ。






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