ああ、リボーン。
俺があんたに伝えたくて堪らないものがあんたに伝わったことなんて一度も無い。
なのにあんたは俺を全部わかってる、みたいに笑うんだね。
全く不条理さ。
だからね、おれは思うんだよ。
「魚が陸に上がったのはまちがいだったんだ。」
結構本気でね、俺は思うんだよ。



進化的
  アイロニー




いつだったか、とランボは思案する。
水に浮かぶ夢を見た。水の中で自分は息をすることが出来、自分は首の横にある鰓で呼吸をしているのだと、教えられたわけでもないが知っていた。
水は深い色をしていた。例えるなら夜の始まりの色。
空色でも、黒でもない。
深海の色だ。
水の中は涼やかで柔らかった。それでランボは正しく、今の自分にはこれが空気なのだと感じた。
水の中は自由だった。
なんていい気持ちなんだろう、と思ったのは覚えている。

その気持ちよさはすぐに夜中なのに無断で訪ねてきた馬鹿に妨げられたのだけど。
その時の不快な気分を思い出して、哲学な気分を殺がれたランボは読んでいた本をベットの上に放った。投げられた本は一度白いシーツの上ではねると動かなくなった。
目を閉じあの夢の柔らかな水の感触を思い出す。
あれは少しリネンのシーツと似ていた。それよりも実態がなくて、軽くて。
今自分が寝ているベットも大概、柔らかくていい感じだが、あの柔らかさとは比べ物にならない。
なんだかひどく水に潜りたい気分だ。太陽が降り注ぐような明るいスカイの海じゃなくて。少しだけ物悲しい気分にさせる、深い色の海だ。
海へ行こうか、と考えベット脇の時計を見るが、銀の針が指しているのは真夜中。
だめだ、暗すぎて水の中は見えたものじゃない。とランボはため息をつく。
そもそも、海へ行きたくなったのも、水で泳ぐ夢を思い出したのも全部これのせいだ。
放った本を手に取り、ぱらぱらとページを捲る。
時代に忘れられたある生物学者の論文だった。持ってきたのはあの俺様ヒットマン。
いつものランボなら気にもとめないような本だったが、あの男が妙に熱心に読んでいたものだから少し興味を持った。四方が茶色に焼けた本は大分年季が入っていた。本の題名は要約すると「水に住む」。進化論の本だ。
人は陸上で住むのには向いていない、とその本には書いてあった。猿人が始めた二足歩行は食の欲求に負けた重力に逆らっての行動だと。
読みながらなるほど、と納得した。
確かに、上に伸びたヒトの体より、蜥蜴のように四肢を地に伏し、はいつくばった体の方が陸で暮らすには楽な気がした。
ヒトの体の作りはむしろ、水の中にいるほうが適している、とも書いてあった。
長い手足は水を掻き、細い身体は抵抗が少ない。
ここでランボの回想は初頭に戻るわけだ。
そこの記述にもランボはとても納得した。
あの夢のように、水の中ではとても自由なのだ。
体形うんぬんより、感覚的に、水の中に柵はない気がした。
際限なく続く水。
元から、地球には陸より海の方が多いのだし、どうして昔の魚はわざわざ陸になど上がったのだろう。ぼんやりと考える。
天敵が?いやそれは陸も同じだ。・・・いや始めは陸には何もいなかったのだっけ・・・。
ランボはあまり進化に詳しくない。進化はダーウィンにでも任せとけばいい。自分はどちらかというと人間になってからの歴史の方が好きだ。アメンホテプ4世は初めての宗教改革者だし、シュリーマンはトロイを見つけた。クレオパトラは毒蛇で自殺。チェーザレ・ボルジアは妹を愛した。
そこまで考えランボはまた本を投げた。綺麗に向かいのソファーに着地した本を見てあの男は怒るだろうか。
―いや・・・怒るのはむしろ自分のほうだ。
ランボは瞠目し、今日夕飯に来ると言っておきながら夜中まで電話一本寄越さなかった男を思った。常に深くボルサリーノをかぶり、少しだけ口角を吊り上げて笑う男。人によってはオリエンタルと評されるその顔。悔しいが自分よりも男前。
(いや種類が違うのだ。顔の作り的に。)
言うなら、あの男は美しい。自分は可愛い。だ。
ああ、そんなことどうでもいい。
ともかく、自分はあの男のせいで酷く不快なのだ。
約束を破ることがこのごろ無くなっていたので油断していた。
そうだ、あの男はそうゆう男だった。平気で約束を破るし、女と寝る。男と寝ないのがまだまし、というくらいで・・・。
この半年、あの男と恋人と言われる関係になってからは、そういったことがなくなっていたのに、約束に間に合わない時は電話が入ったし、そうしたら元々心の広いランボさんは優しくそれを許してやるのに。
変に意地を張って夕飯に手をつけないなんてそんなこと、もうすることなんてないと。
「ああもう・・・。」
あの男と付き合うようになって本当にため息が多くなったと思う。
セックスフレンド(もちろんランボはやつを愛してはいたが)だった時の方が楽と言えば楽だった。こんな風になったときでも、まあ仕方ないと思えたのに。その時、奴には俺より懇意にしている女性がいたし、自分の優先順位はやつの中でもだいぶ下のほうだ、と承知だったから。
欲張りになったということなのだろうか、この半年、あいつはおかしいくらい優しかった。
自分に愛してる、と告げた時の男の顔を思い出し、ランボは少し泣きたくなった。
少し俯いて、あまりにも弱弱しく、自分と目を合わせようともせずに。
大げさではないが、無視出来ないくらいの事故にあった。二、三日気を失っていた自分が目を開けて一番に見たのは少しやつれた男だった。
「リボーン、」と呼ぶと、ランボ、とらしくなく呟いた男がとった行動はさっきのとおりだ。
吊り橋の恋とでもいうのか、なにあともあれ、自分はリボーンの恋人となったのだ。
信じられない、というのが正直な感想で、それは嬉しすぎる、といった正の感情でなくて、まじかよ、に近い感情だった。
まじかよ。あんた本当に俺が好きなの?
雰囲気に流されて聞けなかった言葉だけど、今になって聞いておけばよかった、と後悔している。それまでのリボーンは、俺のこと愛しているとか、そんなこと微塵も感じさせない振る舞いだったから。
そんなリボーンが悔しくて、俺すら愛してる、は言わなかったのに。

ああ。苦しい。

突然の愛も。突然の告白も。俺には全部苦しいよリボーン。
結局、あんたがくれるものは全部。みんな苦しい。
まだ混乱の途中なんだ。
あんたの心がわからないよ。ずっとだ。
陸の上では息ができない。自由にどこかへ行くことも。なんでも困難で。

海に行きたいな。

暗くて。青い。
水にもぐって、どこまでも際限なくどこまでも。
海に同化して、消えてしまいたいんだ。
リボーン。あんたのことなんか全部忘れて。


扉の開いた音で目を覚ます。音だけで目が覚めるなんて便利な身体だな、と思案しそちらに視線をやる。
「ああ・・・リボーンだ。」
扉を開けて入ってきたのはやっぱりリボーンで。
こちらを見たリボーンは起きていたか、と呟いた。
「連絡しなくて悪かったな。携帯がいかれちまった。」
何かに踏まれたのか、幾分か平べったくなった携帯を示しながら言ったリボーンはこちらの反応を待っているのかそれ以外なにも言わない。
「・・・海の夢を見た。」
リボーンは俺の突飛な発言に少し瞠目したけど、すぐに思い至ったのか
「本を読んだのか?」
と聞いてきた。
「うん。・・・リボーン。どうして魚は陸に上がったんだろう。陸は辛くて苦しいのに。」
「・・・お前と着眼点が被ったのは初めてだな。」
「そう。リボーンも思った?」
「・・・ないものねだりだ。魚は水の中が苦しかったんだろ。」
リボーンが妙に静かに言うので、そうだったのかもしれないな。と頷いた。
ベットに入り込んでくる男を止めもせず、あえて入りやすいように横にずれてやる。
黒いスーツからはきつい硫黄の匂いがした。
匂い、気になるか?とリボーンが聞くからううんと首を振る。
少し乱れた髪を後ろに撫でつけてやる。漆黒の瞳と目が合う。瞼をなでると目を閉じた。
いやに従順なその態度を少し怪訝に思ったが、問い詰めはせず唇に少し触れるだけのキスをした。
リボーンは瞑った目を少し開け口角を上げた。
首をかしげると小さく、押しつぶされた声でごめん、と言われた。
もう怒ってないのに。
でも自分はそれを言葉に出すほど野暮じゃないので。
先ほどより、もう少し深いキスをおくった。


ああ、リボーン。
そのあとに続く言葉を自分は皆目わかりはしなかったので。
明日海に行こう、と言い目を閉じた。
わかってる。あんたがどんな顔で今笑ってるか。
おれにはわかってるんだ。
きっとあんたもこんな感じなんだろうね。
だから明日は海に。
魚になって泳いでみるのもいいだろう?


ラブラブなだけのリボラン。
好きすぎてお互いやばいだけのことです。






あきゅろす。
無料HPエムペ!