持田と愉快な子供達(それと幼なじみ)



「持田さん!試合してよ試合!」
「まだはえーよ。師範いないからってさぼんな。あと50回追加―。」
ええーと批判の声が聞こえるけどオール無視だ。
道場に並ぶ小学生は1年から6年まで全員で20名弱。みんな自分の方ぐらいまでしか身長がない。
なんか全体的にミニマム。
道場にいる大人、と呼んでも差し支えがないのは自分だけで、あとはみんな子供。
免許もないのに子供に剣道教えてていいのか?とため息をつく。
しかし師範も師範だ。免許持ってないやつにまかせんなよな。
師範はなにかのあつまりでお出かけ。
俺は休日にもかかわらず「お前受験やら終わったんだろ?手伝いにこい」の一言で手伝い決定。でも当の師範がいないとか聞いてないぞ俺は。
持田は手に持っただけで振りもしない竹刀を支えに前かがみになる。
子供の相手は苦手だ。なんか妙にハイテンションで、勝負を挑んでくる。
自分の力量を鼻にかける気は毛頭ないけど、子供相手に手加減して勝負というのは存外難しいのだ。
そんな理由から、持田は投げられる果たし状をかわしながら指導の真似事のようなことをしている。
素振りのあとは同じ学年同士の打ち合いだっけか?
昨日師範に言われた日程を思い出す。
道場の塾生の数は偶数。人は残らない。
あーやっと一息つける、と持田はまたため息をついた。
「持田さーん。素振りみんな終わったよ。」
「よし、じゃあ少し休んで打ち合いな。」
はーい、と子供は素直にきびきび動く。
すれてないんだよなあ。子供って。と持田は思う。
自分にこんな時代あっただろうか。少し考えていやになる。
自分はかなりいやな子供だった気がする。いや実際そうだった。
へんなとこ意地張ったり、考えたりして。
自分ではいっぱしの大人のつもりだったけど。
あの中で一番がきだったのはたぶん自分だ。
幼馴染の二人を思い出す。そういえば、自分のせいでギクシャクした時期があった。
あれは確か小5の時で。全体的に自分と、タイミングが悪かった気がする。
いやな思い出だな、と視線を子供たちに戻す。
子供達はお茶を飲んだり、休憩したりいろいろしてる。
悩みなんかこれぽっちもないような顔で。
―いろんな悩みとかあんだよな。やっぱり。
あたりまえのことを思う。子供とか大人とか関係なく。悩みは尽きない。
自分だって。いろんな悩みがあるわけだし。
今は主にあの幼馴染たちのことで。
今自分とあの二人のあいだにある微妙な空気を思い出して、持田はまたため息をつきたい気分になった。
このまえの登校日の昼休み。半分寝てた自分の上でかわされた会話。俺が関係してるのに俺がまったくわからない話。
ひとしきり寝てから、呆れる雲雀に起こされ、覚醒さて開口一番に聞いた。
『沢田が俺になんだって?』
軽いのりで聞いたはずなのに、了平は固まるし、雲雀は殺気ぽいものを放出しはじめるしで、その場の雰囲気は最悪。その言葉につきるくらいの寒さだった。
「今はまだ言えない。」
俯いた雲雀はそういった。了平もそれに習う。
なんだよ。お前ら。ほんとになにしてんだよ。
聞こうとしても、なんかだめだった。
結局俺が言えたのは「わかった」だけ。
なにがわかっただ。何も解かってないっての。
ため息をつく。ため息をつくたびに幸せがなくなっていくとか、多分ほんとうだ。
気が重い。目を上げれば子供達が合図を待ってる。
おっと。と立ち上がり、悪い、と呟く。
「はじめ!」
出来るだけ声を上げて言う。はじかれたように子供達が動き出した。
道場いっぱいに広がり打ち合う。
練習でもだらだらしてなくていい雰囲気だ。
持田は肩の力をふっと抜いた。
これでしばらく自分はお役目ごめんだ。
一息つこう、と思い道場の入り口に目をやる。
「えっ?」
「おう持田。」
「君んち行ったらこっちにいるって。」
道場の入り口には、自分の悩みの種である幼馴染の雲雀と了平が立っていた。

「なんだよ。お前ら二人揃ってめずらしい。」
「うん。ちょっとな。」
了平の少し遠慮した態度に、なんとなくあの話だ、と思った。
「長くなる?」
雲雀が聞く。
「ああ。まだ始まったばっかだ。」
「そう。待ってていいかい?」
「おう。あー中入れよ。」
いいのか、と聞く二人にかまわない、と応える。
こんな木枯らしふく中、外で何時間も待たせるほど自分も鬼じゃない。
「じゃあお邪魔します。」
入ってきた二人に気付き、道場の子供達に少し緊張が走る。
大丈夫だ、続けて、と言うと子供達は、何事もないように打ち合いを再開した。
その様子をみて、雲雀がなつかれているね、と含みありそうな発言をした。
普通だ、と応えると、そうか、と妙に静かに返された。
三人で子供達を見る。
了平はなんか楽しそうだ。ときたまおお、ナイスコースとか、あいつはボクシングをとかいろいろ言ってる。雲雀はあんまり興味なさそうにたまに了平に返事したりしている。
おれは、というと子供達に注目しているようにしながら実際は横の二人に全身系を集中させている。
あー集中できない。
雲雀が黙ってるのはいつものことだけど。了平がうるさいのもいつものことだけどさ。
なんか微妙にぴりぴりしてる。多分気のせいじゃない。
あー本当お前らなにしてんだよ。
自分が想像できないようなすごいことを言われそうで、どうも落ち着かない。
「無邪気だね、僕らあんな風だったかな。」
「えっ?」
「いや。なんとなく・・・。」
「・・・多少の違いはあっただろうけどな。」
「こんな感じだったろ。」
了平が言う。
「・・・そうか。」
「多分な。」

「剣介。」
一泊おいて、雲雀が口を開いた。
名前で呼ばれ、一瞬身体が強張る。
きた。
さあ何をいうつもりだ。
馬鹿げたことだったら切れるぞ俺は。
心臓がなる。雲雀は口を開かない。あーほんとになにしてるんだお前ら。
「持田。俺と雲雀はイタリアへ行くぞ。」
「は?」
「高校を卒業したら。」
とっさに見た了平は、ふだんとは比べ物にならないくらいに静かだった。
イタリア?なんだそりゃ?
「留学・・・ってことか?」
「少し違う。」
また了平が言う。
「多分帰ってこない。」
静かに淡々と自分を見つめながらいう了平に、強い違和感を持つ。
というかちょっと待て、俺が聞きたいのはそんなことでなくて、たまにお前らが怪我して帰ってくんのはどうしてだよ、とか、たまに消えるのはどうしてだよ、とかそ。沢田がなんの関係があるのかってことで。てゆーかなんで二人そろって同じ所に、つかなんでイタリア?ボクシングにしても、普通アメリカとかだろ。えってーか留学じゃねーって?
ん?
「ちょ、ちょっと待て。それもそれで驚きだが、お前ら俺の質問に答えてねーよ。俺が聞いたのは沢田が俺に何を言っていたかで、」
「持田さん!そろそろペア変わっていい?」
「へっ?あっああいいぞ。」
塾生の中でも一番の年長が言った。
自分の出したまぬけな声に雲雀と了平が笑う。
いやな緊張を孕んでいた、空気が霧散したのを感じた。
ほう、と息をついて堪えきれなくてへたへたと竹刀を軸にして座り込む。なんだか脱力だ。
二人のほうを見るとすこしほころびながらも、緊張の抜けない顔でこっちを見てる。
「・・・なんでイタリアよ。」
まず至極当然な疑問を口にする。
了平は少し口篭もる。
「やりたいことがあるんだ。」
雲雀が言った。
「少し強制な部分もなきにしもあらず、だけど。やってみたいんだ。」
「だれからの強制だよ。」
「・・・ちょっと違うけど沢田?」
「はあ?」
全く意味がわからない。どうしてそこであの沢田が出てくるのか。
二人が存外沢田と仲がいいのは知っているけど。沢田の親戚がイタリアでなんかしてんのか?つかあいつ日本人だよな。
「・・・わけわかんねんだけど。」
「まあ・・・そうだろうな。」
了平が呟く。
「・・・いつかの逆だな。」
二人は一瞬意味のわからない、といった顔をしたけど、間をおいてなるほど、と笑う。
「ああ、そんなこともあったね。」
「あれは気まずかったな。」
「結局並盛中に来てたしね。」
「うるせー。俺だって結構悩んだんだよ。」
くすくすと二人は笑う。なんだか俺も怒る気がうせた。
同時にもう二人の中であの事件は、すでに消化されていて、思い出話として話せる事実がうれしかった。
「もう少し待ってくれないか持田。」
「あっ?」
「俺も雲雀もまだ少し悩んでるところでな。」
「いつまでよ。」
「あーまずは卒業式までだな。」
「・・・あと一ヶ月もあんだけど。」
カレンダーを思い浮かべる。今はまだ二月の始めだ。
「人生の内のたった一ヶ月だよ。」
薄笑い浮かべた雲雀が言う。
「・・・わかったよ。」
「持田さん!!」
「ああ、わりい、今いく。・・・えっと、暇だったらそこの戸開いたとこに部屋あっから、そこで休んでろよ。」
「・・・じゃあ、そうしようかな。」
「課題持ってきてよかったな。雲雀教えてくれ。」
「ん。じゃあもっちーがんばってね。」
開き戸の奥に消えていく二人に、ん、と返し前を見る。
気付けば子供達が打ち合いを止め、こちらを何か言いたげに見ている。
思ってることを隠そうとしない子供達を少し笑って声を上げる。
「さぼんなよ!打ち合いはじめ!」
持田さんだって!と口々にいいながら打ち合いを始める子供達がなんだか愛しかった。




結局なかよしになっちゃえよな三人組。


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