木曜日にお風呂




またこん汚らしい子供がきたもんだ、と腕まくりをしながらバスルームの蛇口を捻ったのがもう20年以上も年前の話。








「あの頃のスクアーロは可愛かったわねぇ〜」
「…脈絡ないねルッス…。」
「いやね。初めてスクアーロが屋敷に来た日を思い出したの。」
と、小指を立て優雅にお茶を啜ったルッスーリアは懐かしげに目を細めた。
彼とマーモンがいるのはヴァリアーの談話室。重厚なイメージの強いヴァリアーの屋敷だが、この部屋はリラクゼーションを優先とするためか、他の部屋より明るめの家具や壁紙で統一されている。
そんな部屋の一角、柔らかいアイボリーのソファーに座る彼女(正しくは彼)は手に持った白亜の陶器のティーカップをテーブルに置くと中央に置かれた焼き菓子に手を伸ばした。香ばしい焼き菓子を口に運びご満悦な表情の彼にマーモンは話し掛ける。
「ルッスはスクアーロが初めてここに来た日をしってるの?」
「もちろん。」
ふっ、とルッスーリアは口角を上げた。
そんなルッスーリアを見て、もし彼が女で人並みの美人だったら、とマーモンは考える。
今の様な優しい笑みをしたなら、きっと男は彼を好きになるだろうに。ルッスーリアは女に生まれたほうがよかったんじゃないかな。
そう思うくらい、今のルッスーリアは穏やかで優しい。
「初めてスクアーロがここに来たのは…そうねマーモン。スクアーロの身長がここぐらいだった時よ。」
そう言って彼が示したのは自分の臍の当たり。
そんな小さな時だったのか、とマーモンは少しばかり驚く。
マーモンは彼がヴァリアーの先代を倒し、ヴァリアーに入隊したのは彼が青年の時だったと聞いていた。てっきりその近くにヴァリアー幹部にあっていたと思っていたのだ。
「懐かしいわねぇ」
驚くマーモンには気付かずルッスーリアは虚空を見上げ嘆息した。








「…こんにちは…」
「…………」

話しかけたと言うのに眼前にいる子供はそれに答えなかった。
しかもまだ幼いながらに殺気の漂う目でこちらを睨んでもいる。
まるでこちらが侵入者だとでも言うように。
全く。とルッスーリアはため息をつき、侵入者である子供と目線を合わせるため膝を折った。
改めて見た少年(多分男の子だろう)は、淡い銀の髪をしていた。しかし肩まで延びた髪の大半は赤茶色の斑に染まっている。ルッスーリアはその変色と錆び付いた匂いからこれは血だ、と冷静に結論づけた。
「…あんたどこからきたの?」
まさか正門を突っ切ってきたわけでもあるまい。とルッスーリアは問い掛ける。正門から着たわけではないだろうが、四方を森に囲まれたヴァリアーの屋敷は24時間体制で360度。ヴァリアーの敷地は管理され見張られているのだ。それこそ猫一匹だって入ってくることは困難なのだ。そんな中でこの少年があらゆるシステムをかい潜ってきたとは思えない。
「…ん。」
少年はめんどくさそうに後ろを指さす。示された道は真っすぐ、ヴァリアー本部の正門に繋がっていた。
「…大きな門をくぐった?」
ルッスーリアの問いにコクン、といささかしおらしく答える少年にルッスーリアは驚きを隠せなかった。正門から、と言うことはこの少年は相当のVipと言うことになる。
「誰と来たの?」
誰だろうと関係はないが一応、とルッスーリアは少年に聞く。どんな身なりであっても正門を開けたさせたと言うことはヴァリアーにとってこの小さな少年は何かしら大切な客であるのだ。
多分、状況からみて少年は付き添いの者とはぐれたのだ。
早く少年をそいつに渡さなくては。
「…ザンザス……」
「ああ……」
そうだった。合点がいき、なんとも抜けた声をあげてしまったルッスーリアを少年はキョトンと見上げる 。
「ザンザス知ってるか?」
「…知ってるも何も私の上司の上司の…息子よ。」
そうだ。確かザンザスが子供を拾った、と今朝幹部が騒いでいたではないか。
迎えに行かせていたのか。
「ザンザス様と来たのね?」
「ん。」
「どうしてザンザス様とはぐれたの。一緒についていかなかったの?」
「…車にザンザスはいなかった。」
「ああ………。」
今度こそ納得だ。ザンザスは一緒に迎えにはいかなかったのだ。少年は一人、屋敷に連れられて来て、それでほうっておかれてるのだ。
多分少年に嫉妬したもののせいだろう。次期ボス候補のザンザスに拾われたのだから将来、相当の位置を約束されたも当然だ。ただのやっかみ。大人の思惑など知るよしもない子供にとってはいい迷惑だ。
「あー…わかったわ。ザンザス様のところに案内するわ…」
と言っても自分は自由にザンザスと会える様な地位ではない。
誰か幹部にでも預けるのがいいだろう。
幹部ならば幹部塔に誰かしらいるだろうし。
ルッスーリアは少年の手をとった。少年は一瞬嫌がるそぶりを見せたが握られたルッスーリアの手を離すことは無理だ、と悟ったのかすぐに嫌がるのをやめた。察しのよさに何となくザンザスがこの少年を拾ったのが理解できた。握った小さな手にできたいくつもの凹凸もきっと剣技で身についたものだ。
「あんた…名前は?」
「スクアーロ。」
鮫か。少年の名付け親を称賛しながらルッスーリアは頷いた。確かに。少年の濃い灰銀の瞳は鮫と似ている気がした。
見つめていたら少年は、何だよ、と嫌そうに声をあげた。
あらごめんなさい、と返したルッスーリアは少年が妙に落ち着きなく目線を動かしていることに気付いた。
「どうしたの?なんかいる?」
ルッスーリアは少年の目線を一緒に追うが、そこにはなんの気配も感じられない。
不思議に思い少年を見ると少年はなんともばつの悪そうな顔をして言った。
「…あんたの横…なんかすげーぴりぴりする…。」
なるほど…確かにこの少年は拾われる価値がある。少年は自分が纏っている微弱な殺気に反応しているのだ。ヴァリアー本部にあっても気を抜いていてはいけない。それは半分、掟のようなものになっていて、ヴァリアーの隊員達はいつも僅かな殺気を発しながら生活しているのだ。
殺気を出したり、それを読み取るのにはそれなりの年月と経験がいる。
それをこの少年はこの歳でやってのけるのだ。しかも無意識に。今までどんな環境で暮らしていたのだろうか。とルッスーリアは思案するが、それは少年の斑に染まった髪を見れば大方の予想はできた。
少し哀愁めいたものを感じるが、自分も同じ様なものだった。
このくらいの歳の時は他人の同情は煩わしくて堪らなかった。
少年もそうだ、とは言えなかったが、どちらにしろ同情を溶かした言葉をルッスーリアは少年にかけなかった。
「ごめんなさいね。」
殺気を押さえると、途端、少年はほっと息をついた。
これでよし、と少年から目を離し、視線を前に戻すと、見慣れた男が向こうからやってくるのが見えた。
「ボス!」
「あぁ…やっと見つけた。」
ボス、と呼ばれた初老の男はルッスーリアの横の少年を認めるとふっと表現を緩ませた。
「よかったお探ししていたんです。」
「私もだ…スクアーロ…だったね。どうしていなくなったり?」
「…車から下ろされて、待つように言われたから待ってた。でも誰もこなかったから…ザンザスを探しに…」
「……。」
スクアーロの言葉に顔をしかめた男は、ルッスーリアを見遣る。
「お前は…」
見たことが…と言い淀む男にルッスーリアはふっと笑ってみせる。
「ルッスーリアですテュール様。」
「そうか…幹部候補の…」
「いいえ…まだ若輩者です。」
謙遜だな、と会話を終えたテュールは少年を見直す。
「ザンザス様がお待ちだ早くこちらへ…と言いたいところだが…お前は少し身なりを整えたほうがいいな…ルッスーリア。」
顎に手を置いたままテュールはルッスーリアの方を向く。
「はい」
「子供の世話は得意か?」
「えっ…さぁやったことがないのでなんとも…」
突然のことに少しどもってしまった。テュールはそんなルッスーリアを見て悪戯気に言う。
「もし不得意であったら悪いのだが…スクアーロを風呂に入れてやってくれないか?」
「…お風呂…ですか?」
「ああ…流石にこのまま屋敷に入れるのは気が引けるんでな。」
とスクアーロを見るテュールにつられルッスーリアもそれに習う。
確かに…このまま屋敷に入れるのはいただけないかもしれない。汚れた服もだが、何よりその髪だ。いくら暗殺集団ヴァリアーと言っても露骨に血の匂いを撒き散らすのは好かれない。
ルッスーリアはテュールに目を目を戻しわかりました、と告げる。
「よかった。助かる。」
悪いが君の部屋のバスルームでしてやってくれ、服や下着はすぐ届けさせる。終わったら私の執務室まで来てくれ。ああその子を連れてだ。
そう言い切ると剣帝と呼ばれる男は来た道を戻っていった。

「あいつ…偉いのか?」
テュールの背中が濃いモスグリーンの木々の中に隠れたのを見計らってか、スクアーロはルッスーリアに聞いた。
その問いにルッスーリアはため息混じりに答えた。
「ここで一番偉い人よ。」
「ふーん。」
ルッスーリアはやれやれ、と少年を見遣る、少年は男の地位にあまり関心も示さず自分を見上げている。
「ルッスーリア?」
それが自分を確認しての質問だと思いたったルッスーリアはええそうよ、と返す。そしてそういえば自己紹介をしてなかったと思い至った。
「ルッスーリア。」
「なに?」
「フロって何?」
「……。」

ああ…、と眩む頭を支える様に手を翳したルッスーリアをスクアーロは不思議そうに見上げている。
マンマミーア、と呟いたルッスーリアは少年を担ぎ上げ足早にバスルームに走っていった。

その10分後、幼い子供の叫び声とそれを窘める大人の声と言うヴァリアーには似つかわしくないものがヴァリアー本部全体に隈なく響いたのだった。







「懐かしいわあ〜。」
「ルッス…一人の世界に入らないでよ…。」
「あらごめんなさい。」
「おいルッス!ボスが呼んでるぜ!」
「あらスクアーロ。」
「今君の昔の話をしてたんだよ。」
「はあ!?」
「私がスクアーロの昔を知ってるっていったらね。マーモンが興味津々で。」
「おい…変なこといったら殺すからな!」
「まあ!かわいくない!そんなこという子は昔みたいにお風呂に投げ込むわよ!」
「……お風呂に入ってたのスクアーロ?ルッスと一緒に?」
「はっ入ってねえ!」
「あのころのスクアーロはかわいかったわねえ。」
「ルッス!!」

二人との距離をにじるように開けるマーモンと、高笑いをするルッスーリア。そのルッスーリアの胸ぐらをつかみあげているスクアーロ。
談話室に入ってきたベルフェゴールは、何となく談話室に来たことを後悔した。


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原作無視のスクアロ子供時代捏造。
剣帝も捏造。
全部捏造。







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