「………、何、それ」 那岐は目を凝らした。 それは目の前のそれを疑わしく思ったからだ。 見間違いではなかったら、恐らく那岐にとっては厄介事だろう。 目の前のそれ。 つまり風早が手にしているゲージのようなものなのだが。 どうやら動いている―――、つまり、生き物のようだった。 しかもハムスターみたいに、掌に乗るような小さい生き物ではない。 それは白い兎。 雪で作るそれのように、真っ白な毛。 泣き腫らしたような、真っ赤な目。 何処からどう見ても、兎にしか見えなかった。 ゲージに入っている兎はとても大人しそうにしている。 可愛いものだな、と普通なら思うのだろうけど。 那岐は面倒事が手元に入って来た、と嫌そうな顔をした。 「そんな顔をするものではないですよ、那岐。佐々木先生からの預かり物なんですから」 「佐々木って…ああ、あの先生」 「一泊旅行に行くんだそうです。預かり先を探して困っていたようなので。一泊くらいなら、と思ってね」 「…だからって、何で兎なんだ…」 テーブルの上にゲージごと置くと、風早はネクタイを緩める。 その所作を眺めてから、那岐はゲージに目をやった。 本当に兎である。 どう見ても。 やはり面倒事が増えたと思い、溜息をついた。 一泊といえど、世話をしなければならない。 「一泊くらい、餌大量にあげとけば大丈夫なのに」 「駄目だそうですよ。兎は寂しいと死んでしまうらしいですから」 「…絶対ソレ、嘘だから」 否定してから、目の前で鼻をひくひくと動かす兎を見る。 真っ白いそれは、見るからに愛らしい生き物だ。 兎は寂しいと死んでしまう、なんて。 一体誰が言い出したのか、と那岐は悪態をついた。 寂しいくらいで死んでしまうなら、誰だって長くは生きられないだろ、と。 (それならもう自分だって死んでしまっている) 那岐はゲージの兎を見てから、風早を見た。 そういえば風早は寂しいと思った事はないのだろうか。 何時も笑顔の風早には、寂しいという感情が無縁に思えたのだが。 風早はそういった感情を口にはしないから。 何故なら先に彼の大切なお姫様が寂しいと泣いてしまうから。 それを宥める方が、彼にとっては先決な事だ。 「…あのさ、風早は寂しいと思った事はないの」 「はい?いきなりですね。…うーん…でも俺は兎じゃないから、死にはしないかな」 「知ってるよ、そんなの」 (それに何だかんだ、兎の防衛本能だってあるんだ) だから嘘っぱち。 ゲージの兎の鼻をつついてから、立ち上がる。 そしてスーツの上着を脱いだ風早を那岐は抱き締めた。 急な事で多少驚いた顔をするも、風早は笑った。 「どうしたんですか、那岐」 「んー…別に寂しくないだろうなって。だって風早には僕が居るし、僕には風早が居るからね」 「那岐」 「何、不満?」 「…いいえ、嬉しいですよ」 寂しくないよ。 例え寂しくなっても、互いがいるんだから。 寂しくない。 それで充分。 君が居て、それで笑ってくれるなら。 (僕には、それで充分なんだ。) 抱き締めた姿を、兎は静かにこちらを見ていた。 兎と寂しさは関連がある? >>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>> 「あ、でも俺には他に大切な姫が居れば寂しくないですよ」 「………。」 (期待を裏切らない返答をどうもアリガトウ。) 那岐×風早。 兎は寂しいと死んでしまうかはわからないですが。 動物は群れから長く一匹だけ隔離すると早死にするらしいです。(…と、友達に聞きました) [グループ][ナビ] [HPリング] [管理] |