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僕の足元まで転がってきたペットボトルを、拾い上げる。
床はすっかり水浸しになってしまっていた。
せっかく持ってきてあげたのに。こんなに溢してしまうなんて、もったいない。
「こうやって僕に当たっても何の意味もありませんよ。むしろ、僕の機嫌を損ねてしまっては、あなたにとっても都合が悪くなると思いますが」
彼は何も言わない。自分を弁解する気も無いのだろう。
まぁ、僕もこの程度で彼に何かをしようとは思わないから、別に構わない。
「次にまた、水が欲しいと言ってももう駄目ですからね」
特に腹を立ててはいないが、何度も同じ動作をさせられるのは面倒臭い。誤って落としてしまったのならまだしも、自分から投げ捨てたものをまた持ってきてあげるほど、僕は優しくない。
何も言わずに顔を伏せる彼を放って、僕は自分のパソコンの電源を点けた。
僕も、自分のやらないといけないことを済ませなければ。
今日は邪魔な人間が側にいないから、作業が捗りそうだ。

どれくらいの時間が経ったの。少し体調が良くなってきたのか、顔を伏せたままだった彼が首を上げて僕を見る。
「……なんで、そこ…に、いるんだよ」
乾いているらしい唇を動かして、そう呟く。
「あなたが体調を崩していたからですよ」
「お前、俺なんて…ぅ、でも、いいんだろ。こんな場所にこも……ってないで、ちゃんと、仕事しろ、よ」
途切れ途切れの台詞を、必死に紡ぐ。まだ喋るのは辛いのかもしれない。
わざわざ我慢してまで、僕に話しかけてくれなくてもいいのだが。
「最近は戦況も安定していて、忙しくはありませんから。別に僕がどこにいようと、連絡の取れる場所であれば問題はありません」
「…………」
目を細めて、壁に寄りかかる僕を見据えるように睨む。
「く、そっ…………」
そして悪態を吐き出しながら、また顔を伏せた。
一体、何が言いたかったのか。
「……俺、が……どうなろうと、関係無いというのな……ら、どっかに……っちまえよ、胸糞悪ぃ……!」
「…………」
明らかに僕を嫌悪する言葉に、怒りや苛立ち以前に、どこか驚愕する。
これは当たり前のことなのに。自分をこんな目に合わせた人物に対して、憎しみ以外の感情を持つ訳がない。
だが、彼から初めて聞く存在自体を拒絶するような言葉に、何か疑問を感じてしまった。
傷ついたとか、そういうものじゃない。ただ、ああ、彼にも感情というものがあるのだな、と、思った。
そういえば、今まで他人の意思や自分に向けられる感情に対して、何の興味も無かった。涼宮閣下は別だが。
良い成績を収めて、人当たりの良い笑顔を浮かべていれば、周りの人間は勝手に僕を「よい人」と決め付ける。僕に好感を持って接し、良いように扱ってくれる。
だから、ここまでむき出しの憎悪を向けられたのは、初めてだった。
「……あなたは」
気がついたら、口を開いていた。
「僕が嫌い、ですか?」
返事など聞く必要も無い。むしろ、こんな質問自体聞くまでも無いだろう。
「…………」
無言。
それは肯定なのか、否定なのか分からない。とはいっても、肯定以外考えられないが。
嫌われている。他人に、初めて。
「…………」
それは悲しい事のような気がするが、僕にとってはなんでもないらしい。
どこか不可解な感覚が残ってはいるものの、不快感は感じない。だって僕も彼の事が憎いから。嫌いな相手に嫌われても、それは当然のことだ。
そう結論付けて、僕は膝の上にある画面に視線を戻す。





あきゅろす。
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