本当、こんなことで生活を繋いでいるだなんて、どうかと思う。
平日の昼間から、自室でパソコンに向かってだらだらと文章を入力する。できるだけ相手の情動を誘うように、この文章を読むだろう相手に自分を重ねながら、からっぽの頭から単語を捻り出していく。
大切なのは、綺麗な文章を綴る事では無い。どれだけ読み手に感情移入させて、感動させるかだ。その為には、頭の悪い言い回しも必要不可欠。
……ここまで読むと、なにやら物書きとかたいそうな職業を想像してしまうかもしれない。
が、しかし。実際に俺がしているのはそんなお綺麗な仕事では無かった。至極残念な事にな。
件名の部分に、『今、とても寂しいの』なんて、言葉に出すと反吐が出そうな台詞を打ち込みながら、本文にも頭の弱そうな寂しがりやの女性を装った文章を入力する。その文章を作成していく俺の指先には、何の迷いも無い。だってもう半年も同じような作業をしているのだから、手馴れたものだ。
結局のところ、これも単純な反復作業のようなもの。別の相手なら同じ文章を使い回しできるから、パターンに慣れてしまえば後は楽に仕事が進められる。
『あなたに会いたい。私は恋人に捨てられたばかりで、誰でもいいから慰めて欲しい。おねがい』
あのタイトルにそんな本文を添えて、送信ボタンをマウスでクリックする。
ここまで説明したら、俺の職業もだいたい想像がつくかもしれない。
出会い系サイトのサクラってやつだ。
親元を離れて一人暮らしをしながら自宅でできる適当なバイトは無いものか、とネットで探してみたらヒットしたのがこれ。
最初はとりあえず自宅で出来るから楽そうだし、まぁ毎日飯が食えればいいか、程度の気持ちで始めたのだが、案外儲かるんだ。
新規顧客に対してメールを一通送信すると20円。
さらにその顧客から返事が帰ってくるとプラス30円。
メールのやりとりが出来るようになったら、一通送信につき25円。
で、俺の推薦で顧客が有料のポイントを購入するとさらにボーナスが……と、まぁこんな感じだ。
さらにチャットというシステムもあって、それは一分会話するだけで20円貰える。つまり時給に換算すると、1200円。
だから一日パソコンに向かっていれば、結構な額が貰える訳だ。
あと、その給与の支払いが月に二回あるのも嬉しい。
自宅でできて、中々の高収入で、15日間隔で金も入る。文句無しのバイトだ。
唯一欠点があるとすれば、相手を騙しているという罪悪感、ぐらいだな。
今日も朝……とは言っても起きたら既に昼前だったので、もう昼だな。からパソコンの画面に向かって、メールの本文に同じ文章を何度もコピー&ペーストして、適当なアドレスに送信する。今日は何通ぐらい返事が届くかね。
会社から俺に届くメールアドレスは、どこの出会い系のサイトなのか、それともどこかから拾ってきたアドレスなのか、全く知らない。最初に説明を受けたときに、何か言っていたような気がするが、もう覚えちゃいない。出会い系のサイトを運営している会社とは違うみたいだから、仕事を委託でもしているんじゃないだろうか。ま、俺には関係無いけど。
メールボックスを眺めながら、適当に更新ボタンを押す。メールの返事が早い男ほど、良い会員になってくれる。相手には悪いが、良いカモって奴だ。
「……お」
早速1通、メールが届いた。
結局毎回似たような文章を入力する事になるのだが、一応メールは開いて確認はする。
全く違う内容を返信したら、相手におかしいと思われてしまうから。
最初のメールなんて、当たり障りの無い事しか書かれていない。まだ向こうもこっちの反応を見ているんだろう。
このメールも、ただの平凡な挨拶文しか書かれていなかった。
ただ、気になったと箇所と言えば妙に礼儀正しい。どこの会社に向けたビジネス文書かって突っ込みたくなるぐらい丁寧だ。
1通目から軽い文章で、遊び目的だっていうのが分かる相手なら気軽に返信できるのだが、いかにも本気です！って文章を送ってこられると、少し引いてしまう。
金払って女の子とやりとりをするようなサイトで、何をそんなに身構えているんだ。本気で彼女欲しいのなら、身構える相手も金の使いどころも違うだろうが。
「ま、いいか」
パソコンの画面越しで金の絡んだ付き合いしかしない相手だ。考えるだけ時間の無駄。
まずはこちらから自己紹介を、と思って、メール本文の中に空想の女性を作り出す。これは俺の好みそのままを入力しているだけなので、難しくもなんでも無い。
最後に『こんな私ですが、よろしくおねがいします』と一文を添えて、メールを送信した。
ひらがなを多めに使用している所が微妙にポイントだったりする。若い子を装う時はひらがな多めに、年配を装う時は漢字を多く。どうでもいいかもしれないが、これが俺のこだわりだ。
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