[携帯モード] [URL送信]



数年ぶりに訪れた生家は全くと言っていい程変化が無かった。

もしかしたら僕たちが出て行ってからずっと誰も寄り付かなかったのかもしれない。
そう思ったのだが、家の中は目立つほどほこりが積もっている訳でも無く隅まで掃除が行き届いていた。
一応定期的に誰かがここに訪れていたのだろう。
父親では無いと思う。自宅はおろか自分自身の事さえどうでもよく考えていた人だったから、たぶん雇われた使用人か何かだろう。
懐かしさに浸りながらも、微かな記憶を辿り昔使用していた自室へと向かう。
見覚えのある扉を開くと、覚えている映像と全く同じ光景がそこにあった。
いや、全く同じ、は少し間違いだ。
昔使っていた本棚に触れてみる。覚えている限りでは、見上げるほど大きかったのに、今では一番上に棚にも楽に手が届く。
随分と小さくなった。
「……いや、違いますね」
僕が大きくなったのか。
まさかこんな所で自分の成長を自覚するだなんて思っていなかった。
ここで暮らしていた頃と比べてどれくらい身長が伸びたのかなんて分からない。でも、もう昔と同じでは無いのだ。
時間の止まったようなこの空間の中で、僕だけが変わってしまった。変化を悪い事だとは思わないが、どこか郷愁にかられる。
暫くぼんやりと部屋の中を眺めていたら、背後から早く荷物を持って上がるようにと母親に言われた。
この家を出て行った時とは違って今回はちゃんと荷物を持参しての引越しだ。運ばないといけない物はたくさんある。

高校への進学と重なった不安定な時期であったため、母親が気を利かせてくれたのか引越しは三月末に行われた。
それでもまだ卒業式が残っていたから、休日に荷物だけ運んである程度ダンボールを片付けてから、僕だけ祖母の家に戻って卒業式を迎えた。




四月に入り、新しい生活が始まる。
こちらへ引っ越す前は進路について色々悩んでいたのだが、祖母の家に比べ断然田舎であるこの地方には高校なんて片手で数えられる程しか無い。だから、昔から高校進学と同時に町を出て行く子供が多かった。
僕もこちらへ来る事が決定した時、金銭面にも余裕が出てきた事だしどうせなら自分の行きたい進路を好きに選んでしまおうかと考えたのだが、結局地元の高校へ通うことにした。
昔住んでいた家とはいえ、早々に母親を一人にするのは気が進まない。それに好きな進路を選ぶのは大学からでいいと思ったからだ。

四月から新入生として入学するので、特に転校生として特別扱いもされる事も無く普通に入学式に出席した。
これから同じ学校に通う事になるだろう同級生たちの顔をぐるりと眺めてみる。見覚えのあるような、無いような人間ばかりだ。主にこの辺りの人間が多く通っているだろうから、小学校時代同じクラスだった生徒も何人か通っているはずだ。でも、昔のように僕を物珍しそうに見る生徒なんていない。もう何年も前の話だし、みんな気づいていないだけだろう。
でも、そんなのどうでもいいか。
人ごみの真ん中で、首を左右に振りながら特定の人物を探す。この学校に通っているだなんて証拠も何も無いけれど、もしかしたら……。
「……あ、」
ふと、視界に見覚えのある姿が横切った。
いや、見覚えがある訳では無い。僕の記憶の中にある姿とは随分違う。でも、なんとなく面影を見てしまって、咄嗟に腕を掴んでしまった。目の前の男子は突然腕を掴まれ、立ち止まって怪訝そうに僕を見上げる。
その顔を近くでよくよく見てみると、やはりどこか昔の名残がある。なつかしい。
髪の毛は少し短くなってしまっているかもしれない。でも、やっぱりあの人だ。
「……っ」
ここで初めて彼の名前を呼ぼうとした。教えてもらってから、ずっと口にしたかった言葉。
でも、僕が声を出すよりも先に向こうが口を開いた。
「……古泉?」
久しぶりに聞くそこから発せられる声に、思わず頬が緩む。
僕が呼ぶより先に、名前を呼んでくれた事がとても嬉しかったんだ。




あきゅろす。
[グループ][ナビ]
[HPリング]
[管理]

無料HPエムペ!