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その時こそ泣いていたものの、次の日には隣の席の女子は普段通りに笑っていた。僕に対しても、普通に笑いかけてくれる。本当は辛いだろうに、周囲の人間に心配をかけまいとしているんだろう。
本当に良い子だ。僕なんかにはもったいないくらい。

無理に笑おうとしている姿は見ていて心苦しい気分になる。でも、こうして新しく気持ちを入れ替えて先へ進もうとしている彼女は、とても凄いと思った。
自分自身を振り返ってみると、僕なんて未だに数年前の記憶に捕われたままだ。今更昔の友人を懐かしんでも仕方が無いのに。
自分の席に座ったまま、頬杖をついて教室の壁を眺める。廊下側に配置された僕の席からは窓が見えない。

……今、何をしているんだろう。

数年前の、幼いままの姿を記憶から掘り出してみる。夢の中では多少成長していたようだが、どんな姿になっているか想像もつかない。
同じ歳だから、この時間は普通に中学校に通っていて僕と同じように教室で過ごしているのは間違い無いと思う。でも僕とは違って、友人と一緒に暇を潰しているかもしれない。
最後に会った時から何年も経っているから、きっと背もかなり伸びているだろう。昔は僕よりも少し身長が高かったのだが、今はどうだろうか。
会いたいな、とふと思う。
だけど、そういえば僕は前住んでいた場所がどこなのか全く知らない。普段から母も祖母も昔の事は話したがらないからだ。夫婦の不仲が原因で別居したようなものだから、母親にとっては人生の汚点なのかもしれない。

ならば、自分で調べてみればいい。部屋のどこかを探ってみれば、昔のハガキや何かが出てくるかもしれない。
そう考えたのだが、思い出してみればここに来た時には鞄の中に適当に着替えを詰め込んだだけで、他のものは一切持ち込んでいなかった。
これじゃ昔の友人との再会なんて、絶望的じゃないか。
肩を落として落ち込んでしまいそうになったが、少し落ち着いて考え直してみたら、僕と彼は会わない方がいいのかもしれないと思えてきた。
今更どんな顔をして会えばいいのか分からないし、昔と同じように友人として接していられるのかも分からない。
思い出は思い出のままの方が良いとよく聞く。子供時代の記憶なんて年月が経つにつれて段々と美化されていくのだろうけど、彼にはいつまでも美しい存在でいて欲しい。
そう考えをまとめ、無理に自分を納得させる。その時は彼との再会はもう諦めようとした。

それから数年経過し、義務教育も終了する歳になった。
周囲の同級生が受験や進路で落ち着きが無くなり、今まで流されるままに生活してきた僕も、そろそろ自分で自分の進む道を決めないといけないなんて自覚を持つようになる。
どこの高校に行くべきか、学校から借りてきた資料に目を通しながらじっくりと考える。やはり自宅から近くて通いやすい高校がいい。その方が朝が楽だから。
学校の住所の欄に集中しながら考えていたら、自室の扉が開いて母親が入ってきた。何かと思って顔を上げてみると、顔色こそ悪かったがどこか気が抜けたような表情で僕に向かって口を開く。父親が死んだ、と。
ああ、そうですか。としか思えなかった。あの男性が家族だという認識なんて全く無かったから。さらに別居するようになって数年間、お互いに一切関わりを持たずに暮らしていたため、その顔すらあまり思い出せない。そんな相手が亡くなったと伝えられても、相槌を打つことしかできない。
用件がそれだけならば、早く部屋から出て行って欲しい。母親が側にいては、進路も選びづらい。でも、次に口にした言葉は父親の死よりも衝撃的だった。
どうやら父の残した遺産が僕と母に相続されるらしい。父親の方の家系は父以外既に他界しており、他に相続先がいないのだ。
だから、これ以上祖母の世話になるのも悪いから、父の残した家に戻って二人で暮らそう、と。





あきゅろす。
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