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卑屈なままの自分と、そんな僕の手を引いてくれる彼。
どこか心に杭の刺さったままの関係だったが、それでも僕にとっては幸せだった。
いつまでもこのまま、同じ時間が流れるといい。
そんな願いを持ってしまうぐらいに。

だけど、いつまでも不変の物などあるはずが無い。
僕が小学校の五年生ぐらいになった時の事だった。親同士の不仲が原因で、母親が僕を連れて家を出ることになった。
とても突然の出来事だったので、別れの挨拶もろくにできなかった。
出発の日に母親に頼んで彼の家の前まで連れて行ってもらい、ただ一言引越しをすると伝えた。あちらもそうかと返事を返しただけだった。随分とあっさりしたものだ。一緒にいた妹さんだけが元気良く手を振って、僕を送り出してくれる。

僕も手を振り替えしながら母親に手を引かれて車に乗り込んだ。車内で流れていく景色を眺めていたら、ふと疑問を感じる。
次にここに戻ってこれるのはいつだろう。
隣に座る母親に聞いてみる。母は僕とは目を合わせずに、もうここには来ないのよ。別の場所で暮らすの。そう答えた。
それはどういう意味なのだろうか。じゃあ、次に彼と会えるのは一体いつなんだろう。遠くに行ってしまうのなら、どうやって一緒に遊べばいいのだろうか。
母親に聞いてみる。返事は返ってこない。何度も同じ質問を繰り返すが、母は何も答えてくれない。

自分はここには戻って来れないのかもしれない。彼にも、もう会えない。

父親に会えなくなるのは特に何も感じなかった。元々仕事が忙しくて自宅には寄り付かない人だったから、僕にはあの男性が『自分の父親』だという実感すら薄かった。あんなたまにしか顔を合わせなくて、言葉すらろくに交わしたことも無い人間と、彼は違う。

明日、もう会えない。明後日も、明々後日も、その先も。

ぽろぽろと涙が流れてきた。悲しいとか寂しいとか、色々な感情が混ざり合って、目から溢れ出す。
僕にはどうする事もできない。どうしたらいいのかも分からない。ただ、泣くことしかできなかった。

「大丈夫。きっと、また会えるから。泣かないで」

移動の新幹線の中で、母が涙を流し続ける僕に向かってそう言った。優しく背を撫でながら。
大人はとても自分勝手だと思った。





母親の実家に移り、そちらでの生活が始まる。
母方の祖母は久しく顔を合わせていなかった孫が我が家に来たのが随分と嬉しいらしく、思い切り僕を甘やかしてくれた。
新しい学校も、前住んでいた場所とは違い季節はずれの転校生を優しく迎え入れてくれた。
欲しいものはすぐに手に入るし、前みたいに、僕を邪険に扱う人間もいない。みんな明るくて、暖かい。
でも、何故だか激しい違和感を感じる。僕はとても幸せなはずなのに、何かおかしい。

近寄ってくる子供は多かったが、個人的な付き合いができるくらい親しくなれた相手はいなかった。
もちろん積極的に遊びに行こうと誘ってくれる子もいた。でも、僕の方が自然と相手を避けてしまうため、段々と僕から離れていった。
誰かと話している最中に胸の中にどこか冷めた感情が生まれ、何もかもがどうでもよくなってしまう。
だってみんな、喋り方も仕草も何もかもが違うんだ。彼はそんな事言わないし、そんな事話さない。
誰かと顔を合わせていても、必ず何かと比べてしまう。自分のそんな思考を自覚する度に、激しい自己嫌悪に陥る。
その繰り返しだった。





あきゅろす。
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