[携帯モード] [URL送信]
 


その週末には彼の家に招待され、実際に妹さんを紹介してもらった。
兄妹だというのに、思っていたよりあまり外見は似ていない。異性だからだろうか。
キョンくん、キョンくん、と彼の後をついてまわる姿はたしかに可愛らしい。ほら、うっとおしい奴だろ。そう言いながら自分の後ろにくっつく小さなおでこをこつんと叩くと、妹さんはだるまのようにころりと後ろへ転がった。そして、封を切ったように泣き出す。
その泣き声を聞きつけたおばさんがやってくるまで、慌てて妹さんをあやそうとしていたのだが、間に合わない。おばさんに叱られて、あいつがすぐ泣くのが悪いのに、とふくれっ面で呟く姿は、いつも僕と一緒にいる落ち着いた物腰の彼と少し違っていて、とても新鮮だった。

それから、何故か僕が妹さんに似ていると言われる回数も増えた。
昼食の時間でもそうだ。
僕はまだ箸の持ち方が拙くてうまくご飯を食べられずに、ぼろぼろとこぼしてしまう。
その食べ方を見て、また言う。妹みたいだな、と。そして嬉しそうに僕の箸の持ち方を直してくれる。
こうして僕の悪いところを正してくれるのは嬉しい。でも口でお礼を言いながらも、内心では複雑なものが渦巻いていた。だって僕は妹さんとは違う。もしかしてこうして僕と仲良くしてくれているのも、僕が妹さんと似ているからなのだろうか。そんな事は無いと分かっていながらも、ついついそんな考えを持ってしまう。
「お前も、俺がついていてやらないと駄目だな」
そう呟きながら、自分の机から身を乗り出して僕の衣服に付いたご飯粒を指でつまんで取ってくれる。
たぶん普段から妹さんにも同じ事をいているのだろう。僕は一人っ子だから、年下の家族がいる感覚は全く分からない。でも、お兄さんがいたらこんな感じなのかな、と思った。
「……なんだよ」
ずっと顔を見つめていたのを不審に思ったのか、訝しげに僕を見つめた。
「あ、いえ……本当に妹さんが大切なんですね」
お兄さんみたいだと思ってしまった、なんて言えない。適当に思いついた事を口にしたら、何故か勢いよく顔を上げる。そしてばしんと机を叩いた。
「は? 大切なわけないだろ、あんなやつ。生意気だし、わがままだしすぐ泣くし、俺のおやつ食べるし……」
ぶつぶつと妹さんへの恨み言を並べてはいるが、その発言も愛情の裏返しにしか思えない。照れているんだろう。
思わず笑ってしまいそうになったが、頬の筋肉に力を込めてなんとか耐える。ここで吹き出してしまったら、余計に機嫌を損ねてしまうだろうから。



彼と一緒に過ごすのはとても楽しい。
しかし、楽しい時間を過ごしながらも、ふとした瞬間にいつか来るだろう別れの時を考えてしまう。
彼も、僕があの家の人間か知ったら……なんて不安を常に抱えていたのだが、僕が思っていた以上に彼は偉大な人だった。
いつもみたいに彼と一緒に通学路を歩いていた時だった。たしか、自分の部屋が欲しいと言う話をしていたと思う。
「何でか俺は妹と同じ部屋なんだよな。家帰ってあいつの顔を見ていたら、余計に疲れる」
「そうですか? 僕は家に帰っても一人でいる事が多いので、羨ましいです」
父親は基本的には仕事でいないし、母親もだいたいは買い物や隣町の集会に出かけていて夜まで家にいない事が多い。だから、家に自分以外の人間がいる場面があまり思い出せないし、想像もし辛い。
「おばさんも働いてるのか? お前の家、でかいもんな。親父さんも忙しそうだし」
普通に返されたその言葉が、引っかかる。お前の家、でかいもんな? 何故彼が僕の家を知っているのだろう。
僕は足を止めてその場に立ち竦んだ。誰か同じクラスの人間にでも僕のことを聞いたのだろうか。それとも、彼の親が僕の家庭について気づいてしまったのか。様々な疑問が頭の中を廻る。
もしかしたら、このまま別れを告げられてしまうかもしれない。そんな不安まで湧いてくる。
今までの周りの人間が、そうだったから。
「どうした?」
少し前に立ち止まり、振り返って僕を見る。その表情はいつもと変わらない。
「い、いえ、僕の家を知っていたのだな……と、思いまして」
「そりゃそうだろう。お前の家有名だし、古泉なんて苗字珍しい」
「そ……そうです、ね」
あまりにもあっさりと肯定されてしまっては、次に何を言えばいいのだろう。
「いいなぁ、自分の部屋もあるんだろ?」
「一応……」
「そうだよな、あれぐらい家が広かったら、部屋の一つや二つぐらい貰えそうだ」
さすがに二つは無い。何でも無いように彼はそう答えてくれているが、本心はどうなのだろうか。何で僕と仲良くしてくれているのか。他の子供たちのように、僕と距離を置こうとは思わないのだろうか。
「こ……怖くないんですか? 僕があの家の子供で」
もしかしたら、仲良くなってから僕を捨てるつもりなのかもしれない。今までの付き合いで、彼はとてもいい人だと知っている。だけど、それすら演技なのかもしれない。そんな疑問まで持ってしまう。
「怖い? 何言ってんだ、お前みたいにひ弱そうな奴、怖くもなんともねえよ」
いや、そうじゃなくて……そう言い出そうとしたのだが、出かけた言葉を飲み込んで口を噤んだ。何でも無いように返事を返してくる姿を見ていたら、とてもどうでもいい事のように思えてきたからだ。
僕がこうやって考えを巡らせている間にも、目の前の友人は全く別の話題を喋っている。






あきゅろす。
[グループ][ナビ]
[HPリング]
[管理]

無料HPエムペ!