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それから、僕の生活が一変した。
いままではまともに僕と話そうとしてくれたのは、母親ぐらいだった。そこに他人が一人入り込んできたのだ。最初は戸惑うことばかりだったけど、すぐに慣れる事ができた。そのうち朝も待ち合わせをして一緒に登校するようになり、僕らは朝から夕方までずっと一緒にすごした。
変化があったのは僕だけではなかった。母親も何か僕の変化を感じ取ったのか、以前より積極的に話しかけてくれるようになった。学校ではどうなのか、とか、友達はできたのか、とか。母さんはつたない言葉で話す僕に、嬉しそうに相槌を打ってくれた。


「う、わっ」
いつものように、一緒に下校をしていた時だった。
普通に歩いていたはずなのに、気がついたら世界が逆転して僕の目の前には地面があった。何が起こったのか分らなくて、思考が混乱する。
「何やってんだよー」
頭上から呆れたような声が聞こえてきた。少しずつ頭が状況に追いつく前に、じくじくとした痛みが足から伝わってくる。
転んだんだ。そう気づいた途端、足の痛みと手のひらの痛みが、一気に強まった。意識がそちらに向いてしまったからだろう。
「……うっ」
座り込んで傷口を見てみると、少しずつ血が滲み出てきている。怪我、しちゃったんだ。
「う、うー……」
痛い、痛い。立ち上がれない。
だって、血が出てしまっている。立ち上がったら絶対にもっと痛い。無理だ。
「泣くな!」
声を出して泣き出してしまいそうな所に、空気を響かせるような怒鳴り声が響いた。
思わず身体が竦み、涙が止まる。そしてゆっくりと隣に立つ彼を見上げた。
「まったく……」
僕の泣き顔を見て、大きく息を吐くとその場に膝を立ててしゃがみこむ。何をする気なのかと見ていたら、ズボンのポケットから何かを取り出した。そして、正面から僕を見る。
「ほら、足を出せ」
座りこんだまま怪我をしている足を立てると、傷口に何かが触れた。ぴり、と少しばかり痛みがあったが、それも一瞬だけだ。
何をされたんだろうと足を少し傾けて、膝を見てみる。そこには小さな青い絆創膏が貼られていた。
「これでいいだろ? 立てよ」
先に立ち上がって、斜め上からそう促す。でも、絆創膏を貼られようが痛いのには変わりが無い。
僕は座り込んだまま、彼を見上げた。
「……しょうがない奴だな」
呆れたように頭を掻きながら、僕に手を差し伸べてくれる。
口は悪いが、彼はとても優しい。目前に出された手のひらを握ると、ぐいと身体を引かれた。
「ありがと、う、ございます 」
出かけた鼻水を啜りながら、お礼を言う。
僕の顔を見ながら少し顔を下げて、はぁと溜息をついた。
「これぐらいでべそかくなよ。お前も男だろうが」
軽く頬を抓られる。痛みは無くて、むしろそこから彼の体温が伝わってくるようで、転んだ事で荒れかけていた心が落ち着いてきた。たぶん以前の僕だったら、もうとっくに泣き喚いている事だろう。それで泣きながら自宅に帰って、母さんに慰められる。その繰り返しだった。
でも今回は違う。泣いてすらいない。僕にとってはとてもすごい事だ。もしかしたら、彼には不思議な力があるのかもしれない。
溜まっていた涙を拭おうと目元を擦っていたら、自然と目の前の顔が笑顔になった。
「お前、うちの妹みたいだな」
そう言って、がしがしと僕の頭をかき混ぜる。とても楽しそうに。
そういえば、いつだったか妹がいるという話を聞いたことがあった。三つ年下で来年幼稚園に入園するとか。
「今度、会わせてやるよ。あいつもお前みたいにすぐ泣くからうっとおしいけど、弄りがいはあるぞ」
それは、暗に僕もうっとおしい存在だと言われているような……。
胸に引っかかるものはあったが、それでも家族を紹介してくれるのは嬉しい。これも親しくなれた証拠だろう。
だから僕は勢いよく首を縦に振った。






あきゅろす。
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