[携帯モード] [URL送信]
 


その時はもうどうすればいいのか分からなくて、その場から走り去ってしまった。そして自宅に着いてから、後悔する。せっかく向こうから話しかけてくれたのに、僕はそれを蔑ろにした。明日からはもう話しかけてくれないかもしれない。どうしよう。
僕は玄関に立ちすくんだまま動けなかった。また涙が溢れてしまいそうになる。僕自身がこんな調子だから、いけないんだ。
靴も脱がずにその場で静かに泣いていたら、外出するつもりだったのか母親が鞄を持って僕の目の前に現れた。そして驚いたように僕に駆け寄る。学校から帰ってきた直後らしい息子が、家にも上がらずに泣いているんだ。驚かない方がおかしい。
僕の肩を摩りながら、ありきたりな慰めの言葉を口にする。大丈夫よ、大丈夫だから、と。何が大丈夫なんだか。僕が泣いているのはいつものことだから、もう理由なんて聞いてこない。

次の日、僕は学校に向かうのがとても嫌だった。もう僕から話しかけたとしても、相手にされないかもしれない。
早めに登校して、自分の席に座る。昨日の彼はまだ登校してきていない。
周りの生徒と顔を合わせたくなくて、僕はじっと自分の机を眺めた。
暫くして、隣の席から物音がする。たぶん、彼が来たんだ。
何か話しかけられたらどうしよう。もしかしたら、昨日のことで怒られてしまうかもしれない。怖くて仕方が無い。
そう怯えていたのだが、次に僕にかけられた言葉は予想と反していた。

「おはよう」

なんと彼は普通に挨拶をしてきたのだ。
「え」
驚いて顔を上げる。僕の隣の席に座る彼は、特に怒っている様子も無く僕を見ていた。
ああ、驚いている場合じゃない。挨拶をされたのなら、僕も返さないといけない。
「お、おはよう、ございます……」
そこ一言を言うだけなのに、とても胸がドキドキした。


今日は普通に授業があった。
勉強は、意外と楽しい。机に座って先生の言われた通りのことをする。僕はもう家である程度文字の読み書きを教えてもらっていたから、教科書もだいたいは読めたし、授業の内容も難しくは無かった。
そして、教科書を鞄の中に入れてから立ち上がる。家に帰って、今日学んだところをまた読み直してみよう。何か、新しい発見があるかもしれない。
「古泉」
そして帰ろうとした時に、突然名前を呼ばれた。古泉って僕の名前ですよね? あれ、でも僕の名前を呼ぶ人なんて……
振り返ってみると、隣の席の彼が僕を見ていた。
何か僕に用事でもあるのだろうか。いや、僕なんかに用があるはずが無い。もしかしたら、昨日の事を何か言われてしまうのかもしれない。
罵倒されるのを覚悟していたのだが、やはり僕の予想は外れた。
「お前、家はどっちなんだ? 一緒に帰ろうぜ」
「……は、え? ぼ、僕と?」
僕が誘われているのか? 信じられなくて、思わず聞き返してしまった。だって、今まで無視される事はあっても、誘われる事なんて無かったから。
「嫌なのか?」
「い、いえ! 嫌じゃないです!」
ここで断ったりまた逃亡しても、後で後悔するだけだ。昨日の二の舞は嫌だ。
そして、僕は彼と一緒に下校をした。どうやら丁度良く住んでいる家の方向は同じみたいで、途中まで一緒に帰れた。
ここまで僕に積極的に接してくれる人は初めてだ。今までは、どんな人も僕を遠くから見るばかりだったのに。
でも、彼も僕の親の事を知ったら、他の人みたいに離れていってしまうかもしれない。
別れ際に僕に向かって手を振ってくれる彼の姿を見ながら、いつか来るかもしれないその時を想像する。それが、とても怖かった。




あきゅろす。
[グループ][ナビ]
[HPリング]
[管理]

無料HPエムペ!