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小さい頃、僕はとても泣き虫だった。
幼い時の記憶なんて途切れ途切れにしか覚えてないが、そのほとんとが泣いている思い出ばかりだ。

当時住んでいた町の一帯は、僕の父親の土地だった。
地域のシンボルにもなってしまう程大きかった僕の家は、その大きさ故か家族同士が顔を合わせることもあまり無かった。とくに父親なんて、自宅で顔を見た回数なんて数えれるほどしか無かった気がする。
父はとても厳格な人だった。厳しさゆえに、その地域に住んでいる人々には恐れられ、僕ら家族は距離を置かれていた。
思えば大人たちにはいつも異様なものを見るような目で、遠巻きに観察されていた。親の感情に敏感な子供達にも、何か伝わってしまったのだろう。気がつけば僕はいつも一人だった。
大人たちに距離を置かれていた僕の姿は、他の子供には異質な存在に見えたらしい。興味津々に僕を眺める割には、直接的な接触をしてこようとはしない。それがとても寂しかった気がする。楽しそうに遊んでいる同世代の子供を見ているだけで、目に何かが溜まってきたと思ったら、ぽろぽろと涙が流れてきた。
そんな僕を見て、子供の一人が言うんだ。こいつ、ないてるって。なきむし、うっとおしい。僕を取り囲んで、そう言う。

小学校に上がった時に、その境遇に少し変化があった。
新品の鞄を持って、初めて通う校舎に、見慣れない教室。初めて会う友人に挨拶をする同じクラスの生徒たち。
それらすべてが僕には関係が無かった。だって、僕に話しかけてくる人間なんている訳が無いから。
登校初日は、これからの説明だけで終わる。担任教師が退室すると、あとは子供だけの時間が始まる。
みんな早く新しい友達を作ろうと、自分の近くに座っている生徒に話しかける。さっそく一緒に帰る約束を取り付けている生徒もいた。
……まぁ、僕には関係が無いか。
どんなに違う環境に移ろうとも、僕が他人に受け入れられる事などあるはずが無い。分かっている。
それを考えると、少しだけ泣きそうになる。僕は軽く鼻をすすって、鞄を持って帰ろうとした。

「……お前、名前は?」

何だか、声をかけられた気がする。
いや、そんな訳は無い。だって僕は…・・・。
「無視すんなよ!」
その場に立ったまま考え事をしていたら、目の前に回りこまれた。そして、僕の顔を睨みつける。
まさか自分に話しかけているとは思わなかった。
「あっ、あ……」
「なんだよ、喋れない訳じゃないんだろ?」
「はい……」
僕が口ごもっていたら、話しかけてきた彼のほうが先に自分の名前を名乗ってくれた。
他人の名前を聞くのなんて、久方ぶりだ。何と呼べばいいのか分からなくて、僕は口を開こうとしたまま固まってしまった。
「キョンでいいぜ。妹も他の連中も、そう呼んでるし。あまり好きじゃないけど」
「わ、わかり、ました……」
それでいいと言われても、どう口から出せばいいのか分からない。
普段、人の名前なんて呼ばないから。
「で、お前は?」
「こ……古泉一樹です」
「古泉か。席も隣みたいだし、これからよろしくな」
片手を差し出してくる。これは、僕と握手しようとしているのか?
僕も手を出してみると、軽く握られた。人の体温が、そこから伝わってくる。そういえば名前を呼ばれたのも、人とこうして触れ合ったのも久しぶりだった気がする。
あったかい、なぁ……。
「…………っ」
彼の体温を意識すると、途端に目元から水分が溢れてきた。
初対面の相手に、こんな顔を見せたら嫌われてしまうかもしれない。泣いてはいけない。
なんて考えると、余計に悲しくなって涙が流れてくる。もう、どうしようもない。
「な、何で泣いてるんだ? 俺、何か悪いことしたか?」
目の前で、彼が慌てている。当然だ、話しかけた相手が突然泣き出したのだから。
あなたが悪いんじゃないんです。そう伝えたかったのだが、口を開くと引き攣った嗚咽しか出てこなかった。





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