[携帯モード] [URL送信]
 





「これ、あなたのですよね?」
凍結から解除された古泉が、落ちていた本をご丁寧にも拾い上げ、袋に入れて返してくれた。
俺はそれを無言で受け取る。
こういう場合は礼の一つでも言うべきなんだろうが、何も言葉が出てこない。
俺は俗に言うフダンシ、と言う奴で、男のくせに男同士の恋愛が好きだったりする。そしてそれを今までずっと隠してきた。だって、そんな趣味を持っていると、そっちの人ではないのか?と勘違いされてしまいそうじゃないか。
だが、俺はあくまで紙の上での恋愛模様を見るのが好きなだけで、実際の同性愛の気は全く無い。そう断言できる。
古泉が無言で俺を見る。何見てんだよ、さっさと帰れよお前。
くそ、変な汗が出てきた。
何か言い逃れできないものか。
これは妹の本で、俺はただお使いを頼まれ…って小学生がこんなもの読むかよ!実際はどうか知らんが!むしろ母親が、いやいやいい年して息子に何頼んでんだようちの親!ではハルヒにパシリにされて…いやこれも駄目だ。ハルヒの趣味については俺より絶対古泉のほうが詳しい。嘘がばれる。じゃあ長門に新しい世界を教えてやるためー…って意味わかんねえよ俺!!
ぐるぐると使えそうも無い言い訳が頭の中を駆け巡る。何か、言わないと。
「こ、古泉、あのな…」
「あなたも、そういう趣味がおありだなんて知りませんでしたよ」
だから何なんだ。お前に人の趣味をとやかく言われる筋合いは…!
そこまで考えて、古泉のセリフを脳内で反復する。
あなた、も?あなた『も』?
ってことは、こいつは。
「…お前も、そうなのか?」
眉を寄せて笑いながら、お恥ずかしながら、と言った。
この瞬間、俺の中で古泉の株が爆発的に伸びた。例えるなら、ヒエラルキーの最下部に位置していた存在が、真ん中より少し上に移動したようなものだ。
仲間、仲間だ。今まで同じ趣味の人間には出会ったことが無かった。
「古泉…」
普段ならば小憎たらしい存在だったのに。
今や背景が輝いて見える。
ぎゅっと古泉の両手を握った。
「お前、これから暇か?よかったら俺の家に来い。色々と語り合おうじゃないか」
え、と古泉が目を丸くする。
「い…いいんですか?いきなり、そんな」
「いいんだよ。どうせ今日は親は夜遅いし妹は友達の家に行ってるから、何も気する必要は無い」
せっかく同じ趣味の人間に会えたんだぞ。語り合わなくてどうするんだ。
「そうですか。それなら遠慮なく…」
じっと俺を見つめながら、古泉は俺の手を握り返してくる。手のひらに感じる古泉の体温に、何故だか背筋に悪寒が走った。





「ほれ、上がれよ」
古泉を部屋まで案内して、適当に荷物を床に放り投げる。
何かすぐに出せる菓子や飲み物はあったかな。台所に行けば何かあるかもしれない。
「何か食えるもの持って来るから、適当に座っていてくー…」
そこまで言いかけた所で、突然背後から回ってきた腕に捕えられた。首筋に生暖かい息遣いを感じる。
瞬時に俺の腕に鳥肌が立った。気持ちが悪い!
「いきなり何しやがるっ!」
身体をひねって振りほどこうとしたのだが、なかなか離れない。
「何って…こういうことをするために、僕を呼んでくれたのでしょう?」
なにやらぬめったものがうなじを通る。これはアレか、口の中にあるアレなのか、こいつやりやがった。信じられん。
全身の血の気が引いていく。もう鳥肌どころじゃない。吐気がしてきた。
「違うわっ!!何を勘違いしてるんだこの馬鹿野郎!!」
一旦前屈みになってから、勢いをつけて頭を思い切り後ろにのけ反らせる。ゴンッと鈍い音と共に、鋭い痛みが後頭部に響いた。
「っばふ!」
うめき声が聞こえ、俺に回されていた腕が解かれる。痛む後頭部を押さえながら振り返ると、古泉が自分の鼻を押さえながらひっくり返っていた。
「お…前は、何もわかっていない!」
頭の後ろが痛い。くそっ、やりすぎた。こぶになっていなければいいんだが。
「な、何がですかぁ」
朝比奈さんばりの舌足らずな声で聞き返してくる。
多少イラっとしたが、全く理解していないらしいこの哀れな男に堂々と言い放ってやった。
「やおいはな…ファンタジーなんだ…!」
「…は」
何言ってんだ、とでも言いたそうに俺を見上げ聞き返してくる。
駄目だこいつ。腐の風上にも置けない奴め!
「空想の世界だからこそいいんだよボーイズラブは!興味本位で俺と実践してみようとしたみたいだが、それじゃ意味が無い!駄目なんだ!紙の上のファンタジー故のあの魅力!お前は今まで何を見てきたんだ!!」
「あ、え?え、え」
「ナマで実践でもしてみろ、行き着く先は出血、切痔、脱腸、挙句に性感染症だぞ!尿路感染症の危険性もある」
「…く、くわしいですね」
「当たり前だ。お前もそれぐらい理解しているだろうが」
いつの間にか正座した古泉が、ちらりと俺を見上げる。
「話には、聞いたことがあります…けど」
「けど、何だ?お前はそれを理解した上で俺で試そうとした訳か?」
「た、試そうだなんてそんな…違いますよ!」
焦ったように否定してくる。だが、それ以外にあの行動に何の意味があるって言うんだ。
「僕はただ、あなたが…!」
立ち上がろうとする古泉の両肩を掴む。こいつの言い訳なんて聞きたくない。
「お前は……俺を肛門科に通わせたいのか」
はっ、としたように古泉が俺を見上げた。
震える唇から、言葉を漏らす。
「…ごっ」
視線を逸らすことなく俺を見つめ、眉を寄せた。心なしか目に涙が溜まっているかのようにも見える。
「ごめんなさい…」
目に見えるほどがっくりと肩を落として、それだけ口にした。
まぁ、分かればいいんだ。








あきゅろす。
[グループ][ナビ]
[HPリング]
[管理]

無料HPエムペ!