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何の面白味も無いテレビをつけっぱなしにしたまま、ソファに横になる。少し背を丸めて横になれば、丁度良く身体が収まった。とても寝心地が良い。
流れていた番組が終わって、また別の番組が始まる。テレビの真上にかけられた時計を見てみると、長い針が七の数字を差していた。そろそろあいつが帰る時間だ。
起き上がってソファに座りなおす。別に、あいつが帰って来るから構えている訳では無い。その証拠に、俺はあいつが帰ってきても「おかえりなさい」も言ってやらない。あいつはそれを言って欲しいみたいだけど、勝手に出かけて行って勝手に帰ってくる奴に、何で労いの言葉をかけてやらないといけないんだ。
もうすぐ外の世界と繋がっているあの扉が開く。俺に無視をされると分かっていても、あの男は元気良く扉を開いて無理に声を張り上げるんだろうな。全く滑稽な奴だ。
カチャリ、と鍵の開かれる音がした。やっと帰って来たのか。勢いよく扉が開かれて、あいつの声がリビングに響く。うるさい。
無言のまま間を置いてから視線をあちらへ向けてみたら、肩を落としながらのろのろとした動作で靴を脱いでいる。玄関から上がってこちらへ近づいてきた。目が合わないように、テレビへと視線を戻す。
今日もスーパーに寄って来たらしい。がさがさとビニール袋の音がした。今日もあいつの晩飯は弁当なのか。毎日同じだと栄養が偏ってしまうだろう。
ぱしりとソファを叩いて、あいつを呼びつける。名前を呼ばなくなったのはいつからだったか。昔はあいつの名前を呼ぶのが大好きだった。その言葉を口にするだけで、幸せになれる気がしていた。
子供だったんだ。夢ばかり見て、現実なんて何も見えてなかった。
あいつの優しさに溺れて一緒にいるだけで嬉しくて楽しくて、ずっと二人一緒にいられると信じていた。そんな訳、無いのに。
あいつにとって俺はただの飼い猫でしかない。いつか誰かと一緒になって、俺を置いて行くだろう。見知らぬ女と幸せそうに笑うあいつに、俺はおめでとうって言ってやらないといけないんだ。
嫌だ、そんなの。
食事を運ぶついでのように、さり気なく頭を撫でられた。その手を思い切り叩き返す。
前は頭を撫でられるだけでとても暖かくて気持ちが良かったのに、今はあいつの体温を感じる度に、痛くてしょうがない。










「明日はお休みですし、一緒に出かけませんか?」
一緒にソファに座って晩飯を食ってから、腹立たしいほどのにこやかな笑顔でそう提案された。
先日のまたたびの一件があってから、こいつは妙に強気になった。前は俺の前では常にびくびくしていた癖に。あの時ぽろりと漏れてしまった俺の本音に、何か自信を見出してしまったらしい。あれからどんなに拒絶しても、しつこく寄ってくるようになった。
いい気になりやがって。だいたい出かけませんか、ってどこに行くんだよ。どうせろくな場所じゃないんだろ。
「面倒臭い」
「そんな事言わずに、ね?」
顔を近づけて、甘えるように囁かれた。吐息が俺の頬を撫でて、途端に動悸が激しくなり息苦しさが増す。この程度の事でここまで反応をしてしまう自分の身体が恨めしい。外出に誘われた程度で、少なからず浮かれている俺自身も気に入らない。
一緒に出かけたって、楽しいのは最初だけだ。すぐに自分の置かれた立場に気づいて、虚しくなるだけだってのに。
「…少しだけなら」
何で最後まで断る事ができないんだろう。意思の弱さに嫌になる。
できるだけそっけなく返事を返したつもりだったのに、満面の笑顔を向けられた。
そんなに俺と出かけるのが嬉しいのか。いつまで経ってもお子様みたいな奴だ。俺はお前なんかと出かけたって別に嬉しくなんてない。嬉しくない。自分に言い聞かせるように、何度も同じ言葉を繰り返した。













あきゅろす。
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